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(18) 対決

「問題発生!助けてアリシア!」


 昼下がりの午後、ぽかぽかと暖かい陽気の微睡を破るかのごとくレベッカが走ってきました。


 勢いそのままに、私の膝枕で寝ているアリシアを揺さぶる。


「えーっ。イリーナ様のお膝の上で気持ちよくなってたのに…。」


 そう言いつつ起き上がり、「仕方がないな」と眠そうについていくアリシア。可愛い。


 移動しながらレベッカの説明を聞く。


 なんでも、武術課程第一学年の数名が第二学年の先輩と揉め事になったらしく、闘技場で決闘するとのことです。それを止めに入って欲しいのかと思ったのですが、


「参加して!!」


 …さすがはレベッカ。そんなパターンなのですか…。


 詳しく聞いてみると、戦いの方法は武術系4人、魔術系2人まで。武具、防具、魔道具の持ち込みは無制限。また、騎獣2体まで持ち込み可。負けた方の学年は1年間パシリという条件らしいです。


「って、殆ど何も用意できない第一学年が不利じゃん。なんでそんなの受けたの!?」


「いやー、話すと長いんだけど、第一学年のリーダ決めることになって、トーナメントしたらさ、偶然、自分が優勝しちゃって…。」


「まあ、レベッカの実力なら当然よね。」


「アリシア、ダメです。レベッカを調子に乗せてしまいます。」


 相変わらずのアリシアとティアが笑いながら話す。


 私は、この雰囲気がすごく好き。


「ははは。ありがとう。まあ、強い子同士が潰し合った結果なんだ。で、自分がリーダってことになったんだけれど、納得のいかないヌアクって子と他数名が暴れて、偶然そこに居合わせた先輩と揉め事になって、こうなっちゃった。」


「なるほど。やんちゃな部下の責任を取るのも、リーダとしての責務というわけですね。」


「仕方ないわね。問題は騎獣でしょ。《――――》」


 アリシアはどこかに連絡を入れているようでした。当てがあるのでしょうか。


「いや~。話が早くて助かるよ。武術系は自分と、知り合いのダット、それから問題を起こした子からヌアク。あとはアリシアでよろしく!」


「あのさ、私は魔術課程の人間だよ。騎士団長の息子いたでしょ。そいつにしてよ。」


「ああ、ソルティオーク君ね。口だけはエラそうに生意気だったからトーナメントで当たったときにボッコボコにしたら、不貞腐れちゃってさ。授業に来なくなっちゃった。」


 そんなことになっていたとは…。


 1度目の人生とは大きく異なる展開に進んでいるのかしら…。頭の中の“私”に問いかけてみる。


《かもしれないわね。こんな決闘騒ぎもなかったし…。でも、いい方向じゃない?》


 確かに、私はローズの逆ハーレムのメンバーであるソルティオークには関わりたくありませんでした。ソルティオークが現れないのはいいこと。…ただ、そのせいでアリシアが引き出されるのは不本意だわ。


「あの、さすがに先輩相手ですし、負ける可能性の高い戦いでアリシアに無理させるのは気が引けますわ。」


 私はレベッカに懸念を伝える。


「えっ?アリシア自分より強いよ?」


「はぁ?《はぁっ!?》」


 いけない、予想外の答えに令嬢ならぬ反応をしてしまったわ。


「んなわけないじゃん。この前なんか風の魔法で補助まで使ったのに全部先読みされて…正直悔しいわ。やっぱり私、対人戦は向いてないのかな。」


「へへっ。それは自分らの付き合いが結構あるからだね。アリシアの動き、大体は息遣いでわかるし。でも、だからこそ攻撃魔法有りなら接近戦でもアリシアのほうが強いのはわかっているぞ!」


「しかし、出来る限りわたくしたちの手の内は誰にもさらさない方が良いかと…。」


「えー、じゃあどうやって勝つんだよ。」


「あーそこは…、今は詳しく言えないけど、私の騎獣が一発でやる。でも、なるべく見られたくないからなんか作戦ない?」


「では、わたくしにお任せいただきましょう。」


 互いに信頼しあった関係だからこその余裕なのでしょう。改めて思う。皆と友達になれて良かったわ。そんなことを思いながら闘技場に向かいました。




「逃げ出さずにやってきたか。褒めてやろう!」


 代表格の先輩が挑発しにやってきた。後ろで武術系の2人の先輩が腕を組んでいる。


 奥ではテイマー?の先輩が騎獣と言いながらサーベルタイガー用意している。


 あれに勝てるの?私は少し不安になったわ。


 ただ、相手の魔術士2人はおどおどしている。無理やり連れてこられたのかもしれない。


「勝負の条件を決めてなかったね。」


 負けずにレベッカが言い返す。


「審判は無し。相手全員を戦闘不能にするか、降伏させれば勝利だ。」


「いいよ。あと、お互いが逃げられないように闘技場は全封鎖。ただし、騎獣は闘技場の上を飛んでもいいってことで。」


 そう言って空を差すレベッカ。


 見上げると、ちょうど鳩が2羽飛んでいる。


「お前らが用意できたのは鳩か?ぷっははは。いいぞ。おい、お前ら、出入口をロープでがちがちに縛れ。」


 観客席に野次馬にきていた数名の第二学年の生徒たちが出入口の扉をガッチリ縛った。下品な笑みを浮かべている。


 一方、第一学年の武術課程の生徒たちは、全員が不安そうな顔で見に来ていました。あ、ソルティオークはいないわ。


「おい、レベッカ。そんな挑発すんなよ。」


 冷静に指摘する青年。彼がレベッカの幼馴染みダットさんのみたい。


「て、てめえら!」


 ちょっと短気っぽい青年ヌアクさん。まったく、貴方のせいで…。


 ともかく、私はティアを守るようにして立つ。一応、魔術士としての頭数2ですからね。


 アリシアが用意する騎獣が一瞬で終わらしてくれるから心配ないって言っていたけど…、鳩にはビビらないよ?本当に大丈夫かしら?


 アイコンタクトをとると、アリシアは満面の笑みを返してきた。大丈夫ってことなのでしょう。


 それを確認したレベッカ。打ち合わせどおりに、最後の文句を発する。


「ねえ。お互いに、両サイドギリギリまで離れようよ。で、1年間のハンデとして、こちらが“始め”って言ったら始めでいいかな?」


「ふん。何を考えているのか知らんが、両サイドギリギリまで離れるんだろ。いいぜ!」


 よし、これでこちらの打ち合わせどおりのはずです。


 あとはアリシアが…。空を指さした。


 自然と皆が空を見上げる。先ほどまで晴れていた空に、急に雲が集まって渦巻き始めた。雨でも降りだしそう。


「おい。あれは…」


 誰からともなくつぶやく。


 音もなく伸びてくる黒い雲。その中に何かいる。何か、抗えないすごい何かが…


 黒い雲はついに闘技場の中央に接する。先輩たちと私たちの間に、黒雲の塊が出来上がる。


「いいよ。防音の魔法かけた。《フウガ、“下降暴流(ダウンバースト)”解除。》」


 アリシアがそう呟いた瞬間。


「GUYAooNN!」


 ものすごい咆哮とともに黒雲の塊は晴れた。衝撃波、水しぶきに思わず目を閉じて耐える。


《あ…、あ…っ》


「っ!?」


 頭の中の“私”の震える声がして…恐る恐る目を開けば、そこにいたのは絶対的な恐怖の存在、ドラゴンでした。


「始め。」


《…!?》


 …ねえ、アリシア。今それ言うの?




 結局、勝負になどなりはしませんでした。


 直接殺意を向けられた第二学年側、騎獣も観客席も含めて全員が気絶していた。第一学年側も観客席は全滅。意識を保っていたのは私、レベッカと、意外なことにヌアクさんでした。


 で、この惨状を起こした本人、アリシアはドラゴンの鼻頭を撫でてじゃれている。


「ありがとう。じゃあ、“光学迷彩”で帰ってちょうだい。」


 じゃれ終わったアリシアが謎の言葉を発すると、今度はドラゴンの姿が消えた。恐らくは飛び去ったのでしょう、風圧だけが残りました。


「ねえ。今みたのは幻想よ。幻なの。わかる?ヌアク君。」


 満面の笑みを浮かべたまま近づいてくるアリシア。怖い。


「は、はい。」


「じゃあ、復唱して。私が今見たのは幻想です。雲で幻を見てしまいました。私は頭がおかしいので、絶対に誰にも言いません。はい。」


「わ、私が今見たのは幻想です。雲でま、幻、を、見てしまいました。わ、私は頭がおかしいので、絶対に誰にもいいません。」


 身体を震わせながらも、なんとか復唱するヌアクさん。


「私は今から、幻想を見た先輩方が暴れないように全員を一人一人、ロープで縛りあげます。はい。」


「わ、私は今から、幻想を見た先輩方が暴れないように全員を一人一人、ロープで縛りあげます。」


「では、かかりなさい。」


「はいっ!」


 弾かれたように飛び出していくヌアクさん。


 あれちょっと脅迫だわ。


「イリーナ様、レベッカ。あと、目を覚ましたのに気絶したふりしてるティア。」


「ひゃいっ!」


 レベッカが飛び跳ね、支えてられていたティアが苦笑いしながら身体を起こす。


 私はアリシアに正対した。


「今見たのは幻想じゃないけれど、誰にも言わないでいてくれると嬉しいな。」


そう言ったアリシアは少し俯く。「あと、できれば、これまで通りの友達でいてくれたら嬉しいな…なんて。」


 力なく笑い、さみしそうに言う姿。それは見捨てられそうな子犬が震えているように見え、庇護欲を掻き立てられた。


「そんなこと!」


私は思わず彼女を抱きしめた。「当たり前よ。私はあなたと永遠に友達です。約束します。」


 第二王子から守ってくれた。闇の魔法の使い手だってことも受け入れてくれた。私は絶対にアリシアを離さない。


「「わたくし(自分)たちも」」


 ティアとレベッカが力強く頷く。


「ありがとう。えへへ。」


 恥ずかしそうに私の胸に顔をうずめるアリシア。


「っていうか、アリシアがいろいろヤバいのは今更だよね。」


「アリシアに関しては驚きなれていますので。」


「ちょっとひどくない?」


 あらあら。ふくれっ面のアリシアもかわいい。


「ねえ、あれって自分も触れたりする?乗れたりとか?」


「あーごめん、私以外を乗せるつもりはないみたいだし、触るのも…私以外では私のお母様くらいにしか許してないんだ。」


「あれは…、116年前の魔の森からのスタンピードを記した文献に載っているエンシェントドラゴンという種ですよね?」


「そう。前のスタンピードには関与してないらしいけれどね。」


 …やっぱり、エンシェントドラゴンだわ。


 つまり、あのドラゴンって、1度目の“私”が、この後、アーティファクトの笛で叩き起こしてしまった…スタンピードの元凶になるドラゴン。私がやったゲームのラスボスだよね。破滅的な結末の決定づける…。


《そ、そうね…。》


 頭の中の“私”が戸惑いながらも答える。


 そのドラゴンがここにいるということは…、今から繋がる未来は…。


「アリシア…、あのドラゴンがきっかけで、御実家のキルシュバウム領の隣の魔の森から魔物のスタンピードが起こったり…」


 恐る恐る聞いてみます…。


「あーイリーナ様、鋭いですね。本当に大変だったんですよ。8歳なんて子供のときにフウガと戦うはめになって…なんとか契約して、でも魔の森の生態はぐじゃぐじゃになってしまっていて、フウガと領軍が全力を出してようやく魔の森を制圧できたんですから。」


《あのドラゴン…フウガって言うんだ…。ってか、契約!?アリシアって何者なの?》


 どう考えても、サポートキャラクターって域超えてるわね…。


 そんなアリシアが、今世では私のお友達だなんて、…ものすごく心強いわね。


《っていうか、最大の難関だった魔の森からのスタンピードが既に解決済みじゃないの…。もう、普通に学園生活を楽しんで卒業してもいいんじゃないかしら?》


 …そう、かしら。そうよね。せっかくこんな素敵なお友達に恵まれたことですしね。


 背負っていた見えない何かが軽くなった気がしました。


 きっとそれは、ここに居る大切なお友達のおかげ。


 私は感謝の気持ちを込めて、アリシアの頭をひたすら撫でつづけた。


----------


「問題発生!参加してアリシア総隊長!」


 下校前の夕方、闘技場の観客席から自主練中のレベッカを眺めていたのですけれど、


 なんだかデジャヴ。


「アリシアはお休み中です。現有戦力で戦線を維持しなさい。」


 今日のアリシアの膝枕担当はティア。


 物騒な言葉で切り捨てるティアは頬を膨らませて抗議している。


「頼むよー。」


「えーっ。私この前、ダットとヌアクにも負けたよね。必要なくない?って言うか、そもそも、私みたいなタイプが大剣やハルバード相手に打ち合うのはアウトなんだけど。」


「そんなことありません総隊長。我々の内輪だけの訓練ではマンネリ化しますので、どうぞ御指導を!」


 そう言って礼の姿勢を示すダットさん。


「アリシア様は、狙いがえぐいので緊張感のある訓練ができます。ぜひとも参加してください。」


 ヌアクさんのほうもピンと直立して言う。あれから2週間でずいぶん丸くなったわね。


 先輩方には「幻想だった、誰にも言わない」で強制的に納得してもらいました。「変なことを漏らせば、連帯責任で…わかってる?」みたいに脅迫のようなことを言ってたけど大丈夫かしら。


 ちなみに、先輩方への脅迫を見ていた同期の武術課程の生徒たちだけど、全員が横一列になって自発的に「私たちも幻想を見ていました。誰にも言いません」と言っていたわ。


 武術課程の生徒って、素直な子が多いのね。


 こうしてソルティオークを除く武術課程の生徒全員が一つに纏まりました。


 そんな彼ら、訓練中の試合だけで見ると一番強いのはダットさんだと思う。次いでヌアクさん、レベッカ、数人が続く。剣技だけの試合で見ればアリシアは22名中の6,7番手くらいかしら。


 ただ、それが剣技縛りなのを彼らは十二分に理解していたみたいで、いつしかレベッカがアリシアのことを総隊長と呼び始めれば、全員がそう呼ぶようになっていたわ。


 私自身のことではないけれど、私の大切な友達が認められて、嬉しいわ。


 ただ、独占欲からくるのか、ちょっと嫉妬してしまいそう。


「ねえ、いつから総隊長になっているわけ?私、魔術課程だよ?」


 アリシアが念押しする。


「そんなの関係ありません。」


「是非!」


 セントレア学園では毎年、武術課程と魔術課程の生徒同士が対立を起こしているらしい。私たちの学年は、この子たちが素直すぎるせいで問題なく協力できそうだわ。


 気が付けば、武術課程の全員が訓練を止め、片膝の礼をしていた。


 「はあ~仕方がないな」と深いため息をついたアリシアは立ち上がり、闘技場の中へと進んでいく。


「そもそも、私は礼をされるような人間じゃないから。その仰々しい礼は次から止めてちょうだい。」


 …アリシア、そんな簡単に応じるから、総隊長なんて呼ばれるようになるのよ。実は、今年の武術課程には幻の23人目の隠れ生徒がいるって社交界に広まっているわよ。


「皆そろそろ、魔術士との戦いを学んでもいいんじゃない?ティア、イリーナも加わってよ。」


 レベッカっ!?なんてことを言いだすの。


「いいねそれ。」


「「是非ともよろしくお願いいたします。」」


巻き添えを食らったわ。私とティアはレベッカに手を引かれ、訓練の輪に加わるのでした。


----------


 入学式から1ヵ月。


 私は相変わらずの2人と授業にでる日々を過ごしていました。


 学園の中では常に3人でいるせいか、あれから第二王子とは一切関わらなくて済んでいます。


 それに、悪役トリオとも付き合ってないので、ローズが階段から突き落とされたり、服にお茶をかけられたりなんていう話に私は絡んでいません。悪役トリオとその取り巻きたちだけで断罪コースに入ってもらうわ。


 ちなみにアリシアたちから聞いた話では、ローズは、お茶会襲撃事件に絡んでいる可能性があるとのこと。であれば攻略対象を落とすためには手段を選ばないタイプの人間かもしれない。


 もうローズがバーク殿下やソルティオークなどの攻略対象を落とすこと自体には関わらないわ。


 できるだけ距離をとって、私に破滅が来ないように、あるいは来たとしても直ぐに逃げられるように準備しておくだけよ。


 ただ、気になることはあります。


 ローズの王子攻略が早すぎるのは私の動きのせいなのか?それとも、実はローズも転生者なのか?


 そして、目の前の2人はかなりの高スペックなのだけれど、1度目の“私”の記憶とは大きくちがう…。それは私の動きのせいなのか?それとも、まさか、2人も転生者だったりするのかしら?


 片方の答えは今、ここでも聞ける。


「『あの…。突拍子もない話なのですけれど…。』」


「『なに?』」


 私は決心して問いかける。


「『2人は転生者なのでしょうか?』」


「『転生者…ですか?』」


ティアが不思議そうに言う。「『それは…物語や御伽噺である、輪廻転生のことでしょうか。』」


 ああ、この感じ、違うようです。


「『あ、ウチのひいお爺様、転生者でしたよ。』」


「『えっ?』」


 私はアリシアの言葉に驚いた。


「『もう亡くなりましたけど。イリーナ様も転生者なのですか?』」


「『う、うん。』」


 そこから私は、アリシアのひいお爺様の話を聞きました。日本という国から来て、領でいろいろな実績を残し、幸せに暮らして亡くなったと。元の世界には戻っていないと。


「『差し支えなければ、イリーナ様の前世、お伺いしても?』」


 アリシアが抱き着いてくる。


 暖かい抱擁。


 …打ち明けてもいいよね。


《…うん。》



 私はこの世界にきて初めて、私の前世と、これまでの苦悩を他人に話したわ。


----------


「聖女様ありがとうございます。」


「俺、聖女様のためなら何でもします。」


 王都北西の平民街の古教会。


 半年前から始まった炊き出しは毎日昼と夜に行われており、王都の市民たちの間で話題になっていた。


 無償で食べ物や服が貰え、さらには古教会で寝泊まりまでさせてもらえるとあって、北西部の市民たちは次々に仕事を辞め、ここに集まっていた。


 その中心で炊き出しを行っているのは皆を“魅了”した聖女と呼ばれるピンク髪の男爵令嬢。それに、この国の第二王子、騎士団長の息子、それから宰相の息子だ。


「私だけじゃないですよ。バークやソルティオーク、ムックの協力もあったから…。皆、この国の指導者に相応しい人間ですね。」


「そうだろう!そうだろう!なのにパパもママも、あの女との婚約破棄をするなら僕を王太子にはできないなんて言うんだ。君との真実の愛に目覚めたというのに。それにネルソンの奴も僕をバカにして…君のことを疑っているんだ。」


「俺の父も、俺を認めないどころか、君のことも認めようとしない!」


「まあ!王都の民は皆、バークやソルティオークの味方ですよ!両陛下が間違っているのです。それにネルソン殿下も、騎士団長も…。そうだ、間違いを正せる素敵なお薬を差し上げます!」


聖女は第二王子たちを護衛してきた近衛騎士たちから小瓶を受け取り、3人に渡す。「両陛下が席につく直前に食事に混ぜてください。あ、でも自分の食事にかけてはダメですよ。」


 さも当然のような流れだが、何故近衛が小瓶を持っているのか、何故近衛がウェルナーク共和国の蛇の文様が彫られた短剣を装備しているのか、誰も疑問に思わない。


「わかった。」


「ソルティオークは騎士団長のお父さんへ、ムックは仕えている第一王子のネルソン殿下の食事に混ぜてあげてください。」


「さっそく試してみるよ。」


 小瓶を受け取った3人が、近衛と共に王城へ帰っていく。


「若いとはいいですね。」


 教会の裏から出てきたのはローブ姿の男。


「あら、スニーフ先生。皆いい人よ。」


「なるほど周りの人間、皆ですか?」


 ローブ姿の男が大げさに周囲を指す。


 明らかに怪しい現場であるにも関わらず、周囲に集まった市民たちは老若男女問わず皆、ただ聖女を崇め続けるだけだった。

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