(16) 仕組まれた襲撃
(ここまでが第二部。ついに乙女ゲーム?の世界がスタート。次回から舞台は学園へ。)
初めての公的なお茶会。なんだか面倒な3人に絡まれた。やっぱり、貴族社会って、身分だとかそういう上下関係でマウントとるのが普通なのかな。
面倒そうなので無視しようと思ってた。ただ、その3人にウチの領のことを馬鹿にされてカチンときた。舐められたら負け。経済制裁してやろうかと思ったわ。
そこに割って入ってきた人がいた。私は別に相手が何人追加になっても構わないわよ?と思っていたのだけれど…。
意外なことに、相手側に付くのではなく、私を助けてくれるみたい。
他人ごとのトラブルなど放置すれば良いのに…。
改めてまじまじと見ると、止めに入ってきたのは、ゆるふわロングの青紫色の髪が特徴的で、銀の刺繍が入った高級そうなドレスを纏った、背が高くて、優雅で、モデルみたいな人だった。
相手の言葉を逆手にとり悠然と撃退する様は見事だった。…これが貴族の戦いか。
思わず見とれた私は少し冷静になれた。
イリーナ様と仰るのですね。わざわざ助けていただきましてありがとうございました。今回の件は個人的に覚えておきます。
そこからのイリーナ様との会話は思いのほか弾んだ。
なんとイリーナ様、あのカエルラ公爵家の御令嬢。つまり、以前私たちが行ったリーナタベルナのオーナだった。やるわね。あの化粧品にはお世話になっております。
私のことを知ってか知らずかはわからないけれど、チェリー商会が納品する絹の品質や、直営店のジュースやアイスを褒めてくれた。ありがとうございます。そろそろ新作スイーツが出ますので。
そこからは流行のファッションだの、最近のトレンドだのでかなり盛り上がった。
話し込んでいると、「第二王子殿下、御入場。」の声が掛かった。
全員が起立するので、私も立ち上がる。
なんだかイリーナ様が嫌そうな顔をしていた。大丈夫かな?
殿下が従者を引き連れて会場に入ってきた。どちらも私たちと同年代みたい。
「皆の者、よく集まったな。」
第二王子殿下が口を開く、が、その次の言葉は続かなかった。
殿下と隣の従者の後ろに、それぞれ短剣を突きつける給仕が居たから。
2人の給仕は殿下と従者の腰から突剣を奪い取る。
「な、なんだ。お前たちは。僕が誰かわかっているのか?」
殿下が動揺を見せる。
「ええ。わかっていますとも!」
今度は私の直ぐ前の男が給仕服を脱ぎ捨てながら言う。
下から見えるのは革鎧、そして殿下に突きつけられているのと同じような短剣。よく見るとウェルナーク共和国の蛇の文様が。
このままでは面倒なことになる。
私はテーブルに予め置かれていたステーキナイフを隠す。
「全員大人しく人質になれ。動くな!動いた奴の責任で第二王子が死ぬぞ!」
革鎧を着た男の野蛮な声が響く。
さらに2名の男が給仕服を脱ぎ捨て、最寄りの子女を捕らえ始めた。
「来いっ」
革鎧を着ていた男がイリーナ様の腕をつかむ。
「いやっ!」
イリーナ様が必死に抵抗する。
チャンスは今。私は革鎧の男の背後に回る。
いつもならば風の魔法でサポートしながら強引に進めるけど、この場所では魔法が使えない。慎重にいかなくては。
革鎧の男はイリーナ様を捕まえようと体勢を屈ませている。狙うは頸動脈。一思いにやる!私は男の首にナイフを突き立てた。
浅いっ。
「がああああっ。」
革鎧の男が悲鳴をあげて転がった。素早く距離をとる。
首を押さえてうずくまる男。
そこに追い打ちをかけるように大皿が飛んできた。
ゴンっと鈍い音を立てて男の頭部に命中する。
「おい、動くなと言っているだろう!聞いているのか!おい!!第二王子を殺すぞ!」
アドレナリンが出まくっていて、よくわからないけれど、ここで止め!
罪悪感だのなんだのかんだのは既にチトセ市で置いてきた。
再び接近して同じところを刺す。男は動きを止めた。
男の短剣を奪取。すぐさま周辺を確認する。
「っ。」
イリーナ様が別の給仕につかまっていた。
私が睨むと動揺を見せる給仕。ならば一気に畳み掛けるのみ。
「ち、違います。」
私が短剣を前に突き出すと、男は両手を上げて無抵抗を示した。
見れば、イリーナ様は自ら給仕に抱きついて震えていた。護衛かっ。
そう言えば。
「レベッカ。ティア。」
私は2人の親友の名前を呼ぶ。
「ここだよ。」
返事はすぐ傍らから帰ってきた。私と同じくナイフを構えながら奥の男と対峙している。
さすがはレベッカ。他の敵に対してけん制してくれていたようね。この辺は一緒にダンジョンに通ったおかげかしら。
一方のティアは大皿を2枚持っていた。いつもと変わらぬ援護ありがとう。
「ティア、それもういいわ。レベッカ、これ持って。」
レベッカに短剣を渡し、2人に壁側を差す。
「あっちに走って。」
短い言葉に、2人は頷き、直ぐに走り始めた。
私はドレスの中に隠した鞄から9mm回転式拳銃を取り出す。
「おいっ。待ちやがれ!」
2人の男が捕まえていた令嬢を放ってこちらに向かってきた。
壁際まで50m。もう行き止まりだ。
振り返れば、短剣を抜き、ゆっくりと威圧するように歩いてくる男たち。
「行き止まりだぜ。大人しくしなよ。」
安全装置を外し、撃鉄を起こす。
狙いをつけるのは手前の男。距離は20m、必中距離。
引き金を、引く!
パァン!と乾いた音が鳴り響き、弾丸が撃ちだされる。
次の瞬間には男の頭に命中。ピュンっと血が飛び、男は倒れる。
「なっ!貴様っ!」
後ろの男が怒りに任せて走ってくる。狙いをつける余裕はない。
連続で引き金を引く。
パンッ、パンっ、パァンっと、3連続で撃てば、男は胸から血を流して倒れた。
“私たちの敵”は他に居ないようね。
まだ、第二王子殿下と従者に剣を突きつけている男たちがいるけど、助けてあげる義理はない。
「レベッカ、ちょっと守って」
「ほい来た!」
前へ出てくれたレベッカに感謝し、後ろに下がってシリンダーを開く。
鞄の中から新しい銃弾をつまむ。
空薬莢は鞄の底に捨てた。できるだけ情報は残さない。
「よし。逃げるわよ。」
私はティアをつれて裏庭へと向かった。
レベッカが後ろを守りながらついてくる。当然ながら周囲には誰もいない。
ただ、目の前には壁に寄せて停められた1台の荷馬車がある。幌には血痕がついていた。
なんだか嫌な予感がする。慎重に荷台を確認すると、血のにじむ5つの麻袋が乗せられていた。
「ひどいことを…。」
ティアが口を押える。ティアも思い当たったのだろう。
恐らく、先ほどの襲撃に参加した5人は、ここにいる5人を殺して入れ替わったんだ。
「あれ?非常口が開いてる…。」
反対側を覗いていたレベッカが呟いた。
見ると、荷馬車の横の壁には扉のようなものがあって、閂が外されていた。
「誰かが内側から手引きしたのですね。」
私もそう思う。
「そう言えば、さっきピンクの髪の女の子が裏庭に向かっていたけれど…」
「えっ!?」
聞くと、レベッカが裏庭に向かうピンク髪の女の子を見かけたのは第二王子が出て来る前。給仕の服を着ていたらしい。
タイミング的には微妙なところ。偶然か、それとも、計画を実行する直前で誰かに荷馬車を見られていないか確認するために向かったのか…。もし偶然なのだったら、馬車を見つけて悲鳴の一つでも上げたのでしょうけれど。
ともかく、自分たちの身の安全が優先。私たちは周囲を警戒し、大きく迂回しながら受付へと戻ることにした。
「お2人とも、暴力では何も解決しません。何か理由があるのでしょう。落ち着いてお話しましょう。」
お花畑な声が聞こえてきた。
残った2人の襲撃者に対して説得が試みられているようだ。
そんな言葉で解決するなら襲撃なんて実行してないって。
そう思って見ていると、なんと2人の襲撃者は殿下と従者に突きつけていた剣を下し、奪った突剣を渡したじゃない。えっ?嘘っ?
「あ、あの娘。私が見たピンク髪の女の子。」
レベッカが小声で指さす。
それは先ほど襲撃者を説得していた給仕の娘だった。
うわー本当にきな臭いわね。
「ああ、殿下。大丈夫でしたか?」
ピンク髪の給仕が殿下に近寄る。
「ふ、ふん。あ、お、お前の名前は?」
「わたしはローズと申します。殿下。」
「そ、そうか。今回の功績の褒美だ。お前を貴族として取り立てる。」
すり寄られてデレデレと鼻の下を伸ばすだけの殿下。「何。不安もあるだろうが僕が手取り足取り教えよう。」
「素敵です!よろしくお願いします。それから…、そちらの従者の方は?」
「彼はソルティオーク・ニジル。騎士団長の息子だ。」
「よろしく。」
紹介された騎士団長の息子とやらもデレデレとしていた。
これは駄目なやつね。予めシナリオが組まれた茶番みたいな感じだわ。
「あら?第二王子と言えば、先ほどアリシアが話していた公爵家の御令嬢の婚約者だったと思うのですが…」
ティアがボソッと言う。
え?そんな立場でデレデレしてるの?信じられない。
慌ててイリーナ様の姿を探すと、変わらず護衛の給仕にしがみついているのが遠目で見えた。ひょっとしてつらい思いをしているのかも…。
でも、私がこの場でできることは、イリーナ様の幸せを祈ることくらい。
私たちは姿勢を屈ませ、植え込みの陰に隠れたままこの場を去ることにした。
もちろん、入口の受付で必死に助けを求める演技はしておきました。
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唐突に止めに入ろうと思いたったけれど、一瞬躊躇してしまいました。
《っ!?何あの娘…お人形さんみたいに可愛い。》
頭の中の“私”が思わず呟くのも頷ける。
目の前に、琥珀のような透き通った瞳に整った顔、雪のような銀の長髪のちょっと小柄な娘が座っていたから。
でも、漂わせている雰囲気は、幼さからくるカワイイじゃない。身に着けている紺色のシンプルドレスと相まって、大人びた美しさを纏っていました。
そんな娘に突っ掛かったのは、1度目の人生で“私”の取り巻きになり、最後に私を裏切ったグレゴリー侯爵令嬢を筆頭とする悪役トリオ…。悪役トリオのほうはフリフリのお姫様ドレスにじゃらじゃらとこれ見よがしにジュエリーを身につけている。よくもまあ喧嘩吹っ掛けたものだわ。
突っ掛かられた銀髪の娘が、悪役トリオに臆することなく、「へぇ…。家に喧嘩を売るってことでしょうか。キルシュバウム家と敵対するなら、どうなるか知りたいんですね?」と、冷徹に言う。
何やら不穏な空気…。
1度目の“私”の知識でも、葵のゲームの知識でもなく、今世の私の公爵令嬢としての知識が警告を鳴らしている。
今世は私がカエルラ領でジャガイモの増産を提案して冷害からの飢饉を乗り越えた影響か、価格や物流が変わってしまい、今、王都の食糧の9割はキルシュバウム家が運営するチェリー商会を通って供給される流れになっていたはず。一部の家に売らないなんてことになったら、王国中が混乱に陥る。
悪役トリオの筆頭、グレゴリー侯爵令嬢が凄い形相でブドウジュースの入ったグラスを掲げる。
「ちょっと、貴女たち、止めなさい。」
未来を変えるためでもありますけど、こればかりは止めないといけない。「貴族令嬢としてみっともない。貴女たちがそのような下品なことをされる方だとは知りませんでした。」
「なっ」
「あら?跪かないのですか?私が誰かはわかっているのでしょう?先ほど貴女たち自身が「上位貴族の前に下々の愚民は跪き、言われた通りにするべき」と仰られていたではありませんか?」
こういう場では、嫌味ったらしく高圧的に畳みかけるのは1度目の“私”の十八番が活きてくる。
「しかし、イリーナ様だって野蛮人と一緒にお茶など飲みたくないのでは?」
「私にとっては、キーキー騒ぐ貴女たちのほうが野蛮人ですわ。これ以上、私の優雅なお茶の時間を邪魔するのなら、カエルラ公爵家を敵に回すことになりますが?」
カエルラ公爵家の名前に効果があったのか、悪役トリオは脱兎のごとく去っていきました。
「あの!」
目の前で、私自身がやり過ぎたと思うくらい高圧的な対処が繰り広げられたのに、銀髪の娘は引くこともなく、まるで私に憧れるような眼差しを向けてきた。
「助けていただいたようで、ありがとうございました。」
銀髪の娘が頭を下げる。果たして私が助けたのはどちらなのかは若干微妙だったけれど。
「いえ。余計なお節介でしたわね。えーっと…」
「失礼いたしました。私、アリシアと申します。キルシュバウム辺境伯爵家より参りました。」
「そう、アリシアさんですのね。なかなかいい性格してるわ。私はイリーナ・カエルラ。」
“辺境”の部分を強調しながら言うアリシアさん。
堂々と私に正対する態度は、これまですり寄ろうとしてきた令嬢とは明らかに違っていた。
「ほんと、ああいう輩の対処方法がわからなくて…。勉強になりました。」
「私のやり方が正解とは限らないですけれどね。」
緊張の糸がほぐれた私は、賊のことを忘れて、そこから王都のスイーツだとかファッションとかの話題でアリシアさんと2人、盛り上がってしまった。
1度目の“私”は、こんな素敵な娘を地味だなんていじめたのかしら?
《ち、ちがうわよ。確かに面影はあるけど、もっとオドオドしていて、髪はくすんでいて…服も…。それよりも、この娘がゲームではサポートキャラになるの?》
目を閉じて1度目の“私”に問いかければ、もの凄い勢いで否定されたわ。
それに、私、葵がやったゲームの記憶をたどっても、サポートキャラの顔は出てこなかったから…、この娘がそうなのかわからないわね…。
《なによそれ…。でも…、未来を変えるためとかじゃなくても、良かったんじゃないかしら。》
そうね。おかげで、ここ数年、ずっと出来なかった何の変哲もない普通の会話を楽しめた…。こんなお友達が欲しかったなと思う。
ただ、その思いを伝えることはできませんでした。
バーク殿下の入場直後、やはり襲撃事件が起こって…。そして、狙われているかのように私はまた、賊につかまれて…。
でも、そこからは予想外の急展開でした。さっきまで楽しく私と話していたアリシアさんが、私を捕まえようとしていた賊の首に躊躇なくステーキナイフを突き刺しました。
状況から、私を守ってくれたのは十分にわかっている。でも、衝撃的な光景だったわ。
そして、アリシアさんが賊から奪い取った短剣に描かれていたのはウェルナーク共和国の蛇の文様…。まさか、ウェルナーク共和国の陰謀だったわけ!?
戸惑う間もなく、護衛のベックに「見ないでください」と覆われたため、そこからはわかりません。
わかっているのは、アリシアさんが走って逃げた方角から、パァン!と乾いた銃声のような音が鳴り響いたこと、さらに2人の賊が倒れていたことだけ。
勢いを失ったのか、残る2人の賊はローズの呼びかけに応じて投降を選んだ。
こうして私は、全ての始まりとなるお茶会を終えたのでした。
1度目やゲームと同じで、バーク殿下はローズを気に入ったみたい…。
でも、止めたり邪魔したりはしないわ。むしろ放置しておけば、このまま穏便な婚約の解消に繋げられるかもしれない。
1度目と違って、そもそも私はバーク殿下のこと好きでもないし、今回のお茶会で選民思想を拗らせるようなトラウマを植え付けられたわけでもない。
バーク殿下とローズのことは無視が一番よ。
それよりも、今回、私を悪女に仕立て上げ、破滅的な結末へとつながった陰謀の手がかりを見つけることができたわ。
ひょっとしたら、私は1度目のウェルナーク共和国の陰謀に乗せられていたのかもしれない。
少し調べてみる必要がありそうね。
そう言えば、後からアリシアさんが何者なのか探ったりもしたけれど、これまで社交界に一切現れていなかったキルシュバウム家の令嬢という情報しか得られませんでした。
《だいたい、今世では、チェリー商会を運営するキルシュバウム家の令嬢ってだけで優位なのに、あんなに可愛くって、しかも物怖じしないし頼りがいのありそうな娘なんて…チートすぎるでしょ。ゲームの展開からすると、1度目のとき、あの娘はローズのサポートに付いたってことでしょ。謎のサポートキャラクターってレベル超えてるわよ。ずるいっ!》
そうね。でも…、そういうのをのけても、私はあの娘と仲良くなりたい。腹の探り合いなんてしなくてもいい、対等な普通の会話…。もし、あの会話が嘘偽りではないのなら…、
「《私の初めてのお友達になって欲しいわ。》」
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「第二王子が聖女を見つけたと。」
お茶会から数日。オステン王国の王城の一室で宰相のビガー公爵が配下の兵たちから報告を受けていた。
「ふむ。お前たちは今後も第二王子の護衛に当たれ。ああ、余計なことはせずに傍観していればいい。騎士団長をやりこめて、お前たちを近衛に入れてやったのは私だということを忘れるな。常に私の指示に従って動け。」
ビガー公爵は兵たちに念押しした上で、同席していた息子に向き直る。「ムック、お前は引き続き第一王子の側近だ。ああ、あと聖女にも上手く接触しておけ。」
「…わかりました。」
公爵の指示に短く答えた息子のムックは、兵たちを引き連れて部屋を出ていく。王国の近衛の装備を身にまとい、堂々と城内を移動する彼らの腰の短剣には何故か隣国ウェルナーク共和国の蛇の文様が彫られていた。




