(14) 東のダンジョン
「ぐぇへへっ」
迫りくるゴブリンの群れ。さらにはファイヤーリザード。
それを長剣で難なく捌くレベッカは、やはり武に秀でたミニアーノ侯爵家の子供なんだろうなと思う。
そして、後ろから“ファイヤーボール”や“ウォータボール”を的確に連発するティアも凄い。…貴女、つい半年前まで魔素欠乏症で苦しんでなかった?
王国にはダンジョンと呼ばれる特に魔素の濃い地域が4か所ある。北の魔の森、西の遺跡ダンジョンは知っている。南は孤島らしい。そして、王都から東へ馬車で3時間しか離れていないのがここ、東の洞窟ダンジョン。
ダンジョンっていう名が付くけど、ただの深い洞窟に魔素が溜まり続けた結果、魔物の群れが住み着いただけ。トラップも無ければ、宝箱もないぞ。
ただ、結構な深さがあり、魔物のすみわけが明確なため、浅いところは初心者向けとして素材採集に活用されていた。
洞窟の入口には普通に宿や出店が並んでいたし、行き交う冒険者の数も多い。というか他の3か所へ行くのは割に合わないのが明らかなので、王都の冒険者の行先は大抵こことなっている。
そりゃそうだ。私たちのお隣の魔の森は、冒険者たちからは「遠い、深い、迷う、魔物が強いし多い」って言われている。南の孤島ダンジョンは、「周囲の海流が複雑&濃霧な上、海の魔物が巣食っていて船で行こうものなら即沈没」らしい。そして、この前“咲羅”の皆で行った西の遺跡ダンジョンは、初っ端から猛毒サソリの魔物や、ドレイクなんかが住み着いている上に、遺跡の内部では古代のトラップが稼働している「危険地帯」だった。
あの時は、そんな危険地帯で、私が隊長になって探索することになった。次期領主、指揮官としての経験を積むためにって…。「指示は明確に」とか「決めた後で迷うな」とかダメだしされまくった。
砂漠の遺跡って言葉だけに興味を引かれたのがマズかった。折角だから異世界転生の醍醐味、遺跡探検を皆と一緒に味わいたいって言ったけど…。次から皆での旅行先は普通に海とかにしたいわ。
確かに、遺跡のロマンは楽しめた。偶然見つけた隠し部屋で古代のアーティファクトの魔道具をゲットできたし、はるか昔に巨大ゴーレムが鎮座していたという地底湖は魔石の結晶が露出して綺麗で幻想的だった。その時ばかりは皆で来れて良かったって思っていたけどね。
まあ、二度と行くことはないでしょう。王都からの距離もかなり遠かったし。私たちはフウガにお願いして連れてってもらったけど、あとで特務隊のマーティンが揉み消すのに苦労してたっぽい。
私が思い返していると、ホクホク顔のレベッカが戻ってくる。
「どうよ!こんなに魔石手に入れたよ。」
ゴブリンの内臓をさばいて取り出したのか、血だらけの小さな魔石が10個はあった。
そんなレベッカをティアが水系統の“クリーン”の魔法で綺麗にする。
「こんな感じで、わたくし、いろいろな魔法を使えます。」
ティアが誇らしげに言う。
もともと火、水、雷の3属性への適正を持っていたし、保有できる魔素の容量もかなり大きくて、将来はサモナ諸島で優秀な魔術士になれるはずだった。ただ、何らかの理由でティアの身体には魔素が溜まりにくい体質だったらしく、魔素は減る一方だったとのこと。
もう空になりそうなところで私に出会い、魔素の譲渡を受けてからは体質も治って普通に魔素が回復するようになったらしい。
うん。それは良かった。将来有望な友人ゲット!
手に入れた魔石はカバンに入れ、先に進む。
ちなみに、私たちの護衛は少し後ろをついてきている。経験は積んだ方がいいってことで、私たちだけで相手にできる程度の魔物との戦いに手出しはしないって事前に取り決めた。
「レベッカとティアはいつもこんな感じ?」
「うん!自分が前衛で、ティアが後衛。」
「アリシアはどうなのですか?戦闘経験はあるのでしょうか?」
「ええ。一応は。」
「そうなのですね。あ、申し訳ありません。この前は一歩も動かれず、護衛のユーリさんが少年をボコボコにするのを見られていただけだったようなので。」
移動しながら互いのことを確認する。
うーん。友達になったわけだしいいっか。別に隠しているわけでもないし。
ちょうど広い空間に出た。4層下まで吹き抜けのようになっているみたいだけど、一番下に見たことある魔物がいた。
「じゃあさ、あれ、私が殺るわ。」
そう言って指さす。ビックオークだ。何やら食事の準備中の様子。棍棒で叩き潰している人型の肉がグロテスク。
「うげっ。なんでこんな浅いところにっ!?」
「待ってください。あれはCランクの魔物です!」
「う~ん。ヤバかったら戻るし。ティアは援護の準備はしておいて。」
私は“クリエイトゴーレム”を唱え、大きな石を投げ込む。石は地面に当たり音を立ててバウンド。私の意思に従って床を転がりまわる。反応したビックオークが不思議そうに見ている。
はいオールOK。私は風の魔法を発動しながら飛び降りた。いつものように揚力を発生させ、落下をコントロールしながら、ビックオークの頭上に飛び込む。
まだ気が付いていない。チャンス!私は細剣を抜き、重力のままに脳天に振り下ろした。
「ウガーっ!!」
悲鳴を上げて倒れるビックオーク。
その悲鳴を聞きつけたのか、憎悪に満ちたビックオークが5体でてきた。
「わっ。1体だけじゃなかった。」
「アリシア、逃げてください!」
「大丈夫だから。ティア。奥の3体殺って!」
洞窟内に声が響く。
間を置かず、“ファイヤーボール”が連射され、3体がひるむ。
その隙に私は高位魔法の“アイアンニードル”を行使し、3体を串刺しにした。
ものすごい悲鳴を上げる3体。さらにティアが追い打ちをかけていく。
ぎょっとして振り返った手前の2体。敵を前にして命取り。この至近距離なら剣がいい。
私は手前の2体の足を切りつけた。もんどりうつビックオーク。
…弱肉強食の世界。逆の立場なら、お前たちは私を容赦なく嬲り殺しただろう。慈悲はない。
周囲の警戒をしつつ、私は2体の首をはねた。ついでに内臓から中くらい魔石をとりだすと、揚力の魔法を使い、勢いをつけて崖を上る。
唖然としていたティアだったが、“クリーン”の魔法で綺麗にしてくれた。
「ティアありがとう。こんな感じ?」
私は首をかしげる。
「かっこいい!」
レベッカが飛びついてくる。
寄るな!暑苦しい。
「ごめんなさい。わたくしたちよりも上の実力だったのですね。」
「一応、このまえ制限付きでCランクになったわ。」
私はCという刻印の打たれたギルド証を見せる。
とは言え、私一人の実力ではなく、“咲羅”として皆と一緒に行動したからってのもあるので、私は”咲羅”の他のメンバー無しでのCランク依頼受注は不可という制限を設けてもらった。
「ふわっ。自分たちより2個上…。」
「魔石集めてるんだよね。あっち、行ってみる?」
「やったー!」
飛び跳ねるレベッカ。掛かっていた縄梯子を掴み、一番に降りようとする。
こういう場合、長年放置された縄梯子は朽ちているのだ。
「「待った。」」
ティアがレベッカの首根っこを掴み、私は縄を確かめる。比較的新しいものでよかった。
「えへへ。」
と照れ隠しをするレベッカ。
常習犯だな。こいつ。
第5層?と呼ばれる階まで来た私たちは、お互いの連携を確認しながら進んだ。
先ほどからビックオークしか出てこないけど、魔石は結構貯まったかも。
「ねえティア。高位魔法って使える?」
ふと気になって聞いてみた。先ほどから“ファイヤーボール”や“ウォータボール”、“ライトニング”などの低位魔法しか使ってないからだ。
「いえ。家の書庫の魔導書は全て読んだのですが…高位はイメージが難しくて…。」
聞けば、ティアは幼いころに実家の書庫の本は殆ど読み終えていたらしい。
魔導書や兵法から、釣りの指南書、恋愛ロマンスに至るまで幅広いジャンルがあったとか。
さすがはサモナ王家の書庫。…でも、いくつか王様と王妃様の趣味が混じってるよね。
「だから、ティアの知識は凄いんだぞ。」
自分のことでないのに誇らしげにするレベッカ。
「ですが…、私が魔素の欠乏症だったこともあり、魔導書は読むだけで実践の機会がなかったのです。」
やっぱり。この前まで、消費量の多い魔法なんて御法度だったわけだしね。レベッカはあんなんだし、周囲に高位魔法の指導をしてくれる人がいないんだ。
でも、低位魔法というのはどれも弱い。さっきのビックオークに低位土系統魔法の“グランドニードル”を撃っていたら、多分土槍のほうが崩れてたと思う。
魔物と戦う上では、高位魔法の習得は必須だ。
「この魔石に火属性注げる?」
先ほど倒したビックオークの魔石を差し出す。
頷いたティアは上手に火属性の魔素を注いだ。コントロールは十分に良いみたいだ。
「やっぱりイメージが大切だからね。ちょっと見ててね。」
そう言って私は遠方の壁に巣食うポイズンスパイダーを指さす。
火属性はあまり使ったことないけど。マグマのイメージをもって…
「“メルト”!」
魔石から凝縮された火属性の魔素が放たれ、黄白い高温のマグマと化す。
イメージ通り上手く発動できた!こういう時、前世でゲームとか転生系の小説とか読んでて良かったって思うよね。
壁に張り付いていたポイズンスパイダーは、一瞬で溶け、蒸発した。
「おおーっ。」
相変わらずレベッカが感嘆の声を上げる。
「…。さすがですね。わたくしも練習してみます。」
一方のティアは、決意を新たに、頑張るようだ。
まあ、折角の機会だし、いろいろ教えちゃおう。
そこから、私たちの目的は魔石集めからティアのレベルアップに変わっていた。
幸いかどうかはわからないけど、最近東のダンジョンでは、浅い階層まで高ランクの魔物が出てくるような変化が起きているらしく、かなり効率のいい周回ができた。
王都に戻った私たちは、翌日、南西の商用区をぶらついていた。
昨日の日曜市を見れなかった分、ティアのおすすめの店に案内してもらう約束をしたからだ。ちなみに、今日はちゃんと令嬢っぽい恰好をして堂々と護衛をつけている。
まずはチェリー商会に行く。商用区の地図を貰わなくちゃ。
相変わらず敬礼されるので胸に手を当てて答礼し、中に入る。
ちなみに、レベッカとティアも敬礼とお辞儀の答礼を覚えた。レベッカがウキウキしてたわ。
「お待たせしました。こちらが商用区の地図です。金色のマークがここ本部、銀色のマークが直営店、銅色のマークが提携店です。」
応接室で待っていれば直ぐに支店長さんがやってきた。
「忙しいところごめんなさい。ありがとうございます。」
「いえいえ。直営店はキルシュバウムの人間なので安心です。他の店に行かれるなら、是非とも後で情報を。」
「了解。」
「では、ごゆっくりどうぞ。」
ついでにジュースとアイスクリームが運び込まれた。
昨日の夜の便でウチの領から届いたイチゴをふんだんにつかった生絞りジュースだ。採れたての新鮮なイチゴ、それを大量に仕入れるルートが無ければ作れない至高の品。そして蜂蜜が贅沢に掛けられたバニラアイスも。
「いただきまーす。」
「いただきます?」
レベッカが首をかしげる。
「ああ、命に、そして生産者、料理人の方への感謝を伝えるウチの領のしきたりみたいなものよ。こう、手を合わせてね。」
私が説明すれば、レベッカとティアも手を合わせた。
「「いただきます!」」
では、早速アイスを一口。ああ、最高。
「じゃあ、ティアのおすすめ聞かせて。」
「えーっと、わたくしのおすすめ、こちらのジュースだったのですが…。チェリー商会の直営店だったのですね。」
苦笑しながら手を伸ばすティア。ストローからイチゴジュースを飲めば幸せそうな表情に早変わりした。
「食べもの、飲み物系は全部チェリー商会関連だね。それ以外、行ってみる?」
ソファでアイスを頬張るレベッカ。
それ以外とは?
「う~ん。ドレスとか?この前、新しいお店がオープンして流行っているらしいんだよね。」
「レベッカがドレスに興味を示した!嵐が来るわ。」
「失礼な!そろそろお茶会とか学園とかに来ていく服用意しないとまずいんだよ!」
レベッカが真っ赤になって言い返す。
「あ、レベッカもセントレア学園行くの?確か同い年だったよね。」
「ってことはアリシアも!?やった!じゃあさ、入学前のお茶会、一緒に行こうね!」
レベッカが嬉しそうに跳ねる。
ソファで跳ねるな。子供かっ!?
とりあえず私はチェリー商会でダラダラと過ごしたのち、街へ繰り出すのだった。
あ、ウチの商会とは言え、もちろんジュース代とかお金は払ったよ。
「へえ!なんか綺麗な服がいっぱいだよ?」
レベッカがショーウィンドウにかぶりつく。
店の名前はリーナタベルナ。確か、カエルラ公爵の令嬢が始めたという話題の店だったはず。
「レベッカ、おやめなさい。もうじき入れます。」
「本当にレベッカが服に興味を持つって…なんか意外。」
私たちはちょっとした行列に並び、店へと入った。
列になるほど混んでいたのかと思いきや、中は意外と空いていた。ああ、入場制限を設けていたのか。メモメモと。
「ようこそいらっしゃいました。必要でしたらご案内いたしますが…。」
なんと制服の店員さんが出て来た。しかも案内を強要しない。これは高得点ね。
「う~ん、どうする?」
「とりあえず、いろいろ見て、用があったら呼ぶわ」
「承知いたしました。当店、1階がドレス、2階が化粧品となっておりますので、どうぞごゆっくり。」
そう言って完璧なカーテシーをして下がった。
おのれ…。あとでここがライバルになりそうな提携店に指導入れるように支店長に言ってやる!
まず私たちは既製服が吊られたコーナーに回る。
「あら?」
ティアが真っ先に声をあげた。
視線の先には真っ赤なスレンダードレス。宝飾はついておらず、刺繍の装飾が高級感を引き立てている。手に取ってみる…当然、綿じゃなくてシルクね。しかもキルシュバウム産の絹。そう言えば最近、チェリー商会の取引先にリーナタベルナってあったよ。
「レベッカにとても似合いそう…。」
「すみませーん!」
私とティアは頷きあった。
店員さんを呼び、試着をさせてもらう。
「ど、どうかな。」
試着室から出てきたレベッカ。緋色の髪に真っ赤なドレスが良く似合う。快活そうなレベッカにはこんな感じがぴったり。
レベッカもまんざらでもなさそうで、早速丈を直してもらうようだ。うかうかしてられないわ。レベッカの美レベルが凄く上がった。
絶対にティアは綺麗なドレス持っているはず。…そういえば私、ドレス持ってないわ。ぐぬぬ。
私もキルシュバウムの服飾店にシルバーワームの糸でドレス作って貰おう。あれは領外の人には売らないことになっているから、レベッカに劣らないはずだ。
私は密かに決意し、あと、2階で化粧品を買いあさって帰るのだった。
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第二王子バーク殿下との婚約を決められてから3年半…。破滅的な結末を回避することで頭がいっぱいでした。
カエルラ公爵家の人間は代々、闇属性に適正があります。私は、万一のときのために“影飛び”や“影収納”など、前世の知識を応用した闇魔法を究め、さらには、お店を経営して資金を貯めています。
断罪から逃げるのにも、スタンピードからの復興にもお金は必要ですから…。
そんな私のお店、リーナタベルナの経営状況を確認するために足を運べば、店内から楽しそうに笑いあう3人の女の子たちの声が聞こえてきたわ。
私も…何も考えずに、あの娘たちのように、同世代の友人と青春を謳歌する普通の幸せを手に入れることはできるのでしょうか…。
ですが、今の私には…とても無理なのでしょう。
今世でも領の皆…、執事や侍女、専属の御付きのベルやベックとは気心を許せる仲になれましたが…どうしても、主と従者という線引きがあります。
でも他家の貴族の子女は、もっと論外です。私が公爵令嬢であるということと、第二王子の婚約者ということもあるのでしょう…。公のパーティに出れば、見え透いた魂胆で私にすり寄ってくる方たちばかり…。
友人になりたいわけではなく、甘い蜜を吸いたいだけ。
実際に、1度目の人生で私にすり寄ってきて取り巻きとなった宰相の息子の婚約者クラリア・グレゴリー嬢や、騎士団長の息子の婚約者ケイなどは、私が断罪された瞬間に手のひらを返しました。
それに、1度目のときに私が陥れられた貴族派の陰謀が怖い。
だからこそ私は、今世では派閥や取り巻きを作らず、近寄って来る子女を断り続けました。
その結果、私は裏で、冷徹な公爵令嬢なんて呼ばれているそうです。
「はぁ…。」
私は深いため息をつきながら、3人の背を見送りました。




