(13) 14歳 再会
「…リシア、アリシア!起きなさい。」
ううん。もう朝か…。
「お嬢様、もう7時30分ですよ。」
「アリシア、今日は王都の日曜市見て回るんじゃなかったの?」
ユーリとお母様が急かす。
はっ!?しまった!
私は跳ね起きて時計を見た。あと30分しかない!
昨日、ちょっと期待して、お父様が作った王都散策マップを読んでたら、なかなか眠れず…。
って、旅行前の子供か。
「お嬢様。朝食と昼食はお弁当ができています。お化粧とお着替えも列車の中でできるよう準備ができております。」
「さっすがユーリ。ありがとう!」
ああ、優秀なメイドがいてくれて私は幸せだ。
私は改めて気が利くメイドに感謝する。
「はいはい。感慨にふけってる暇はないでしょ。とりあえず外出られる格好に着替えて、その寝ぐせ髪は帽子で隠しなさい。装備はユーリが用意しているわ。」
お母様が呆れながら手をたたく。
うわっ。変なくせがついている。まあ、ともかく、着替えなくては。
慌ててネグリジェを脱ぎ捨て、外行きのジャージを着る。あとは化粧水だけでもつける。
「とりあえず今晩は王都の公館に泊まるのよね。明日以降も好きにしていいけど、予定決まったら早めに鉄道郵便で教えてちょうだい。」
「わかりました。必ず連絡します。」
お母様と一緒に玄関まで歩く。
玄関ではお父様と執事兼近衛隊長のワイズマンさんがコロ付きのスーツケースとリュックを持って待っていた。
「こっちのスーツケースに着替えとかが入っている。リュックのほうは弁当と水筒といろんな許可証。あと、切符だ。」
「うん。ありがとう!」
私がリュックと切符を受け取り、ユーリがスーツケースを受け取る。
いやあ、家が駅の交差点挟んで向かい側でよかったわ。もう余裕で乗れる。
お父様とお母様にハグし、頬にキスをする。
「じゃあ、行ってきます!!」
「無茶するんじゃないぞ。」
「楽しんできなさい。」
「はーい!」
私は手を振り、小走りで公邸の門をでた。すぐさま交差点にかかる陸橋への階段を上る。
振り向くと、ユーリはスーツケースを軽々と抱えて上ってくる。
いや、やっぱうちのメイドすごいわ。
道路を超え、まだシャッターの降りている市役所2階入り口の前をスルーして、駅方面への陸橋を渡る。駅はもう目の前だ。
駅舎を見れば大型エレベーターに荷馬車が乗せられて3階に押し上げられていくのが見えてくる。貨物の積み込み中なら、もう少し時間はあるかな。
小走りのまま2階自由連絡通路から入ると直ぐに改札へ向かう。
「お疲れ様です。ユーリと2人、お願いしまーす。」
駅員に切符を2枚渡す。
「はいはい。右の階段を上がって7番乗り場からね。」
「ありがとう。」
切符を受け取り、軽く会釈して改札を通り抜ける。
階段を上がると8両編成の列車が見えてきた。
ちょうど貨物の積み込みが終わったようね。行先に王都と書かれた4つのコンテナが貨車に積まれており、さらに馬を外した4台の荷馬車が車輪を固定されてそのまま積まれている。
ホームでは2人の車掌さんが柱時計を見ながら談笑している。
よし。セーフ。
私は切符を確認し、2号車に乗り込んだ。
車両の左側は通路になっており、右側に5つのドアが並んでいる。さらに、デッキにはトイレもついていた。さて、切符だと2号車の3番個室を予約しているはず。
車両の中を進み、3番個室のドアを開くと、2段ベッドと簡単な机がある3畳程度の部屋があった。
「ふーっ。」
私は荷物を置き、ブーツを脱ぎ捨ててベッドに飛び込んだ。
「…お嬢様…。」
ユーリがあきれたようにつぶやく。
それにしても、汗一つかいていないのはどういう仕組みなのか…。
お互いになんとも言えない状況で見つめあっていると、ホームで車掌さんが笛を吹いた。出発だ。私たちの乗る客車はガコンッと音を立てて引っ張られたかと思うと、そのまま加速を始める。
「『ご乗車ありがとうございます。』」
部屋に設けられた伝声管から車掌の声が響く。「『この列車は、0800発、さくら1号王都行きです。途中1300ころに外宿着、1340に発車し、1400ころに終点の王都公館に到着予定です。列車は8両編成です。前から1号車モータ車、2、3号車客車、4、5、6号車貨車、7号車タンク車の順で、一番後ろが8号車モータ車です。お手洗いの設備は2号車客車前寄りと、3号車客車後寄りにございます。お客様にお願いがございます。間もなく列車は地下に入ります。地下に入りましたら開いております窓は閉めていただきますよう、ご協力お願いします。これより車掌が切符と出領許可証を拝見に回らせていただきます。それでは王都までしばらくおくつろぎください。』」
おお。なんかこういうの聞くと旅行に来たって感じがするよね。
しばらくすると列車は3階ホームの高さから2階高架橋の高さまで坂道を下って加速する。
快適だわ。そう思っていると、さっそくドアがノックされる。ああ、検札か。
ユーリが扉を開けると、先ほどの車掌さんがいた。
「失礼いたします。切符と出領許可証をお願い致します。」
私は先ほどの切符と、リュックに入っている出領許可証を見せる。
この出領許可証は、領内の情報が外に漏れることを防ぐ制度。
とっさのときに下手に領の情報を漏らしてしまうと面倒なことになるからね。
まあ、私たち、キルシュバウム辺境伯爵家の関係者か、チェリー商会の商人くらいしか、わざわざ領の外に出ようと思う人はいないのだけれど。
許可証を確認した車掌さんは一礼して出ていった。
さてと、王都まで6時間も地下を走り続ける。寝るか。
「お待ちください。」
私がベッドに再度飛び込もうとするとユーリが笑顔で腕をつかむ。「お休みになるのは朝食を食べていただき、王都での打ち合わせをしてからにしてください。それから、到着の1時間前には起こします。昼食を食べて、あとはお着替えとお化粧、髪をとかしていただかないといけませんので。次は寝坊厳禁ですよ。」
笑顔が怖い。
「ううっ。わかっているわよ」
とりあえずリュックを開ける。一番上の箱に入っているのはサンドイッチ。
ああ、柔らかいパンを作れるようになって良かった。
私たちはしばらくの間、列車の旅を満喫するのだった。
王都に着いた私には先に仕事があった。
特務隊のマーティンと一緒に、ギルドから依頼のあった魔の森のブラックスネーク5体をお届けする。
列車に載せてきた荷馬車の1台に積んでいたので、早速、馬をつないで王都の冒険者ギルドに来た。
査定が終わるまでは暇だ。マーティンはサブマスと何か話し込んでいる。
暇つぶしに依頼ボードで薬草採取の依頼書を眺めていると、
「あーっ!」
どこかで聞いた快活な声。
案の定、緋色のベリーショートヘアの女の子がそこに立っていた。レベッカだよ。
そして後ろのほうで申し訳なさそうに立つティア様も一緒のようね。
「こんなところで会うなんて奇遇だね!」
嬉しそうに寄ってくるレベッカ。相変わらずだわ。
あ、しまった。私たち同士の会話までは口止めしてなかった。
仕方がない。
私はサブマスにお願いして3階の応接室を借りることにした。マーティンは…ひょっとして、今挨拶しているのはあちらの護衛の方かな?
「自分たち、これから東のダンジョンに行くんだけどさ。一緒に行かない?」
「すみません。ご迷惑をおかけしたようで。」
相変わらず、説明を端折るレベッカと、申し訳なさそうにするティア様。
とりあえず、遠慮のないのレベッカは置いといて、ティア様に説明を求める。東のダンジョンは未だ行ったことがないから、実は興味があったりする。
「助けていただいてから、不思議と魔素の巡りは良くなったのですが、念のためにわたくしたちで魔石を集めることにしまして。」
ティア様はあの後の状況を説明してくれた。魔素も自然に回復するようになったこと。
もう魔石はいらないのだけれど、最近、王国内での魔石の流通量が極端に減っていることから、念のために魔石を集めていることを。
「で、ダンジョンで魔物を狩って、魔石を集めるんだ。君、さっき薬草採取の依頼書を確認していたでしょ。ひょっとして冒険者登録しているのかなって。」
得意げに言うレベッカ。
一緒に行きたくてうずうずしているようだ。
「こう見えて、自分、結構やるよ。一応、ミニアーノ侯爵家の令嬢として鍛えられてきたし。ティアも一人でゴブリンとかワイルドボア倒せるよ。」
「冒険者登録されているのでしたら、今回の成果をお分けできますので、薬草採取されるよりはメリットがあるかと。」
ティア様もメリットを強調して言う。「ご予定があったり、気が進まなかったりすれば構いません。御家の許可を取られるのでしたら、待ちますので、良ろしければ御恩を少しでもお返しできないでしょうか。」
うーん。ウチの許可、いるのかな?多分、護衛してくれているマーティンに聞けば早いけど、どちらにしろ家に帰ったほうがいいかしら。
「わかりました。東のダンジョンには行ったことがないので興味はありますが、一旦は家に帰って確認させてください。」
冒険者ギルドに登録しているような、領民を守る気概のある貴族は殆ど居ないって言われてただけに、この2人となら一緒に行ってみたい。
私は公館に帰ることにした。
既にブラックスネークの見積もりは終わっているようで、私はサブマスから渡された買い取り書にサインをし、ギルドを出る。
もちろん、荷馬車に積んできていたブラックスネークは引き取られていた。
代わりに、なし崩し的に乗り込んできたレベッカと、それに頭を下げるティア様をジト目で睨みつつ、私は御者台に座り、馬を進ませた。
マーティンは、あちらの護衛と思しき人と話しながらついてきている。
「そういえばさ、君、名前なんて言うの?」
案の定レベッカが纏わりついてきた。
「アリシアです。」
「何歳?あ、自分たちは14歳なんだ。」
「…。私も14になったばかりです。」
「あ、同い年!へぇー。仲良くしてね。」
「ティア様となら、考えます。」
私はティア様のほうを向く。
何故か顔を赤らめるティア様。
「あの、できれば、わたくしのことは、ティア。と。ぜひ仲良くしてください。」
「ええ。よろしくティア。」
笑顔で笑いかける。領の外で初めてできた友達?かな?
「あれ?自分は?自分とは??」
「「レベッカ、うるさい(です)。」」
そんなこんなで荷馬車はキルシュバウム家公館に着く。
いつものように敬礼で迎える門番さんに答礼を行い、鉄門を開けてもらう。
「なになに?今のカッコいい!」
「チェリー商会関連の方だとは思っていたのですが、まさかキルシュバウム家の方だったとは…。」
思い思いに呟いているが、2人にもお仕事がある。
「とりあえず、貴女たちの護衛を呼んで。ここから先、隠れて入ったら殺されるわよ。」
「うっ。」
気まずそうにするレベッカ。
さも当然といった顔をして手を上げるティア。
それが合図だったのだろう。後ろからついてきていた男が駆けつけてきた。ついでに、角の向こうからも1人。やっぱり。なんかそれっぽい気配感じてたんだよね。
「アリシアとはお友達になりました。今後お付き合いさせていただくのだから、キルシュバウム家の護衛の方に、わたくしたちの護衛の存在も明らかにする必要があります。ついてきてください。」
「「御意。」」
あら、意外と反発しないのね。4人には執務館の応接室で待っていて貰うことにする。
サモナ王女も侯爵家令嬢も格上だしね。それなりの対応はするよ。
とりあえず、お茶とお菓子でも出しておくことにして、私はマーティンとユーリを呼んで事情を説明した。
まあ、見守ってくれていたマーティンは既に察しており、あちらの護衛とはコンタクトを取り終えているそうだ。なら安心ね。
じゃあ、私はティア、レベッカと東のダンジョン行くから、影から護衛よろしく。
あと、お父様とお母様に手紙だしといて。お友達ができたって。
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第二王子との婚約を決められ、何日かふさぎ込んでしまいました…。
1度目の“私”の体験したおぞましい記憶がフラッシュバックしてきて…。
父、母や兄にも心配をかけました。「何かあったら力になる」とは言ってくれたものの、現時点での婚約の解消は難しいとのこと…。
第一王子が病から回復する、もしくは第二王子がもう少し賢くなるか、私の代わりに第二王子のお目付け役を担ってくれる令嬢を見つける必要があるらしいです。
その後、いろいろと調整が行われましたが、週に何度かは王城に登城して第二王子の相手をするようにと…。また、第二王子が出席する公の場には婚約者として同席するようにとのことでした。
唯一の救いは、現時点では王妃教育を受けなくてもよいこと。第二王子に嫁ぐ最低限の教養が備わっていればよかったらしく、…バーク殿下に嫁ぐために懸命に学んだ1度目の“私”の記憶が役に立ってしまったようです。
その代わり、王宮からマナーの講師として、1度目の“私”にもついた侍女が派遣されてきました。
1度目を経験したからこそわかる。彼女は貴族派から私に選民思想を植え付けるために派遣されたスパイだわ。
陰謀に巻きこまれないよう、早速、父に告げて解雇しました。
いろいろとあって、婚約してからバーク殿下と顔合わせするまでに1ヵ月ほどかかりました。
今世で初めて会った感想は、やはりイケメンだなとは思いましたが、好きになれそうにありませんでした。
開口一番、「僕の婚約者になれることを光栄に思え。」なんて言われました…。
それでも、今世の私が接し方を変えて、仲良くなれば、少しは未来が変わるのかと期待しましたが…。
下手に出れば、「やっと媚びへつらうようになったか」とか、「お前は俺のことが好きなのだろう。婚約者なのだから、俺より目立つな、俺を引き立てろ!」とか…。
どうして1度目の“私”はこのような人に惚れ込んで犯罪に手を染めてしまったのでしょうか。
ただ、今世では、1度目のときと違い、私が惚れて婚約したわけではなく、お目付け役として婚約者になったことを認めたくないようです。
…頭が痛くなりそうだわ。
私には、貴族派の陰謀、魔の森からのスタンピード、他にもいろいろと考えないといけないことがあるのに…。
なんとか殿下とは距離をとりつつ、破滅的な結末を回避するために備えなくては…。




