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(12) 王都に来ました

 さすがはウチの拠点。久しぶりにお風呂に入れた。ベッドはふかふかでよく眠れたわ。


 私はカーテンをあけて2階からの眺めを堪能する。


 南向きの窓からは王都の北西の外郭が彼方に見える。100年以上も前にスタンピードから王都の人々を守った外郭の壁。高いところでは7,8mくらいはありそう。


 そして外郭の向こうに見える尖塔が王城かな。


 一方で外郭の外。王都に入れなかった人たちがテントを張っており、直径6km程度の外郭に沿ってテント村が広がっている。


 なお、外郭西側は直ぐそばをウチのセタ川から続く川がセブル川に名前を変えて流れている。川幅は100mほどにまでなっており、王都の重要な水源になっているらしい。セブル川にかかる橋は1本だけ。これが西門から伸びていて、人々がひっきりなしに行き交っているのが見える。


 改めて現在位置を確認すると、ここ外宿と名付けられた屋敷は、王都外郭の外、北西の位置にあるチェリー商会の拠点だ。外郭の外とはいえ、一応ここは王家直轄領ね。


 で、この外宿は、商会に属する商隊が王都外郭内に入るにあたって、混雑の時間を避けたり、門が閉まっている夜間だったりの時間帯に泊まることができるようになっている。


 いくら王都の目の前とはいえ、弱い魔物や魔獣、あとは盗賊が出ることもある。


 商隊が安全に滞在できるように屋敷の敷地は堀と3mの高さの壁で囲われていて、敷地の中に馬車10台を余裕で引き込めるようになっていた。


 私は着替えを終え、貴重品をもってロビーへと降りて行く。


 朝食はワイルドボアの豚汁とご飯だった。ああ、沁みわたる。


 お父様とお母様は既に朝食を済ませており、受付の人と談笑していた。


 ほかにお客さんは見当たらない。


 昨日あった荷馬車がないことを考えると、ほかのお客さんは既に出発したのかな。


「おはようございます、お父様、お母様。」


「おはようアリシア。よく眠れたか。ここはウチの拠点だから、快適だったんじゃないかな。」


「備え付けのお風呂も良かったでしょ。」


 お父様とお母様がは満足そうに言う。


「はい。やっぱりウチがいいですね。早く帰りたくなってしまいそうです。」


 雑魚寝、風呂無し、お米無しを連続で経験して悟った。外の世界なんて出るもんじゃないわ…。早くも心が折れそうになっている私だった。


「まあまあ、今日はこれから王都に入るから、ちょっとは気が変わるんじゃないかな。王都は比較的目新しいものが多くってね。アリシアの今後のためになるかもしれない。準備が出来次第行ってみようか。」


 そう言ってお父様が励ましてくれる。


「わかりました!」


 既に準備はできていたので、急いで部屋に戻り、寝間着をリュックに押し込む。


 さあ、ようやく王都だ。私は部屋の鍵を受付に返し礼を言う。


「いってらっしゃいませ。良い一日を。」


 と日本的な挨拶を返されたので、笑顔でお礼を返して外へ出た。




 混んでいる西門は避け、王都外郭内へは北門から入った。


 比較的スムーズというか、優先して入れてくれた。


 外宿から荷馬車を変え、商会の旗を掲げていたからなのか、中の検分もせずに通されてしまった。いいのかよ。


「アリシア、そっちに行って見てごらん。」


 お父様に指さされ、御者台に出る。


 わぁ、すごい。


 目の前には広場。前世でいうところの西洋風の噴水があり、周りを囲むように屋台が出店している。石畳の道が王城へ伸びており、両サイドには石造りの家々が並ぶ。


 キルシュバウム辺境伯爵領とは違い、制限を受けなかった建物群は、上へ横へと何度も拡張されたのだろう不揃いだった。でも、それが両脇にずっと立ち並ぶ景色は圧巻で、王都の繁栄を物語っている。


 宿屋や大衆食堂のような店が軒を連ねる大通り。一方で一歩奥の路地を見てみれば、やっぱり治安が悪いのかな。薄暗い道には食べかすや木切れが散乱し、やせ細った子供が座り込んでいた。


 しばらく進むと町の雰囲気が変わってくる。家々の高さが低くなり、脇に馬車を止められるようなスペースを持った家も出て来る。角にはオープンスペースが広く取られたカフェが出店しており、サンシェードやパラソルの下にラウンドテーブルとイスが置かれている。


 さらに進めば、堀がある。どうやら川から引き込んだ運河が王城を囲むようにひかれているみたい。木製の橋で堀を渡れば、内塀に囲まれた家々が規則正しく配列された街並み。貴族や有力な町人、商人の居住区に入った。


 うん。王都の構造、大体わかった。


「同心円状に広がっているのですね。」


「うん。中心に王城があり、内郭がある。内郭の門は南側の1か所のみだ」


お父様が王都の構造の概略を説明してくれる。「それから貴族街。これは南東側が広く取られているな。で、内堀があり、一般市民街、外郭の順。外郭の門は東西南北4つだ」


「ちなみに、南西側は海外との交易品を扱う商館が多くあって、市も開かれているわ。チェリー商会の本部もそこね。あと、北西側は一般市民街が広くって、北東側は冒険者ギルドとか鍛冶屋とかがメインよ。」


 なるほどね。結構ちゃんと区割りされているんだ。


 馬車は内郭に突き当り、T字路を左に曲がって内郭に沿った環状路に入った。1件だけ平屋の建物が見える。あ、この雰囲気、これですね。


「さあ、ついたぞ。王都の公館だ。」


「思ったよりも広い!」


 白壁に囲われたキルシュバウム家公館。王都の北東側。内郭沿いの環状路と内堀の間が狭くなっている土地を殆ど占有している。そりゃ平屋建てでも十分だわ。


「北側の貴族街は土地が安くってね。」


「ああ、南東側がメインなんでしたよね。」


 お父様に手を引かれ、馬車を降りる。


 敬礼で迎えてくれる門番さんに対し胸に手を当てて答礼し、鉄門をくぐる。


 正面にあるのが応接室や貴賓室、食堂などを揃えた執務館だ。普段は使わない。


 で、執務館の横を通り抜けると、裏手にある、私たち用の寝室や食堂がある別館が見えてくる。さらに別館の裏手には大きな倉庫。…。奥にヘリポートと格納庫が用意されているのは見なかったことにしておこうか。


「あの倉庫か?お察しのとおり地下に駅があるぞ。」


「…いえ、気になったのはヘリポートのほうです。」


 何度でも言ってやる。このチートめ!


「あ、そっちは揉み消すのが面倒だから今のところ一度も使ってないぞ。」


「そうですか。」


 早くもいろいろと疲れた。ちょっと部屋で休むわ。


 私は別館に用意された部屋に入り、ベッドへダイブするのだった。




 さて、午後になって私たちは全員で冒険者ギルドに行くことになった。


 再び荷馬車の御者台に乗せてもらって、王都の街並みを眺めながら内堀を渡る。冒険者ギルドはキルシュバウム家公館と内堀を隔てて向かいにあった。


 敷地は丸太を刺しただけの武骨な柵で囲われており、メインの石造りの3階建ての建物と倉庫のような建物の2棟があった。手前側には馬車の駐車スペースもある。


 再びお父様に手を取ってもらって荷馬車を降り、メインの建物に向かった。


 分厚い木の扉を開けて入る。この時間、人はまばらなようだった。正面には受付カウンターが5つ見える。“依頼”と“受注”と“確認”に分かれているみたいで、3人の男が受付業務を担当している。そのうちの隻眼のムキムキの男がこちらを向き、私たちに気づいたみたいだ。


「こんにちは“咲羅”です。ギルドよりご注文の品、お届けに参りました。あと、よければ買い取りをお願いしたい素材があります。確認をお願い致します。」


 ユーリが代表して言う。


「お。定期便だな。少し待っていてくれ。」


 隻眼の男が指示を出すと、残る2人の男が荷馬車に積んであった木箱を運び始めた。


 蓋を開けて中身を確認している。あれは、1週間前に魔の森で狩ったギガントタイガーの頭部みたいね。


「そうそう、上質紙が足りなくなってきたんだ。納品してくれや。」


「…それはチェリー商会に言ってちょうだい。私たちが流すのはチェリー商会が市場に流さない商品よ。」


「結局のところお前らが代表の組織だろうに…。あーわかった、わかった。ギルマスに言ってくるわ。そっちの箱は買い取り依頼だな。裏に運んでくれ。」


 そう言って隻眼の男が上の階に向かう。今回ついでに持ってきたワイバーンから剥がれた鱗は裏の倉庫へ持っていかれて査定されるようだ。


 待っている間、私は右側のボードに張られた依頼紙の数々を見てみる。


 草引き、蜂の巣駆除から、護衛や農園の警備など、多種多様だ。


 ん?“店舗の警備。毎日Dランク以上1名。要ギルドの推薦。”ってチェリー商会の名前で依頼がある。持ちつ持たれつね。


 あとは、こういう薬草や魔獣の素材が欲しいという医薬ギルドからの依頼、鉱石や魔物の素材が欲しいという鍛冶・錬金ギルドからの依頼なんかがあったりした。


 貴族からの依頼もいくつかある。珍しい素材とか、大きな魔石が欲しいとか、いろいろあるみたい。ランク不問になっているんだけれど、ここに残っているってことは難しいのかな?全部ウチの領で普通に流通しているけど。


「待たせたな。ギルドマスターが礼を言いたいと言っている。ついてきてくれ。」


先ほどの隻眼の男が階段の上から言う。「ああ、興味があるならいくらでも受注してくれていいぞ。大歓迎だ。」


 ははは。私は愛想笑いをするだけにとどめ、皆と一緒に階段を上る。


 通されたのは3階だった。応接室がいくつか続き、一番奥にギルドマスターの部屋がある。


 ちなみに、2階は事務所になっていて、職員がバタバタしていた。


「入るぞ。」


 隻眼の男に連れられて入った一室。


 まず、目に飛び込んできたのは迫力あるレッドコングの幼体の剥製。…どこかで見たような。


「ウガー!」


 まじまじと見ていると突然剝製が襲い掛かってきた。


 とっさに細剣(ブロードソード)を抜き、抜刀の勢いそのままに首を切り落としにかかる。


 キィーンッと高い金属音がなり、剣がはじかれた。右腕が痺れるが絶対に剣は放さない。左に身体を捩り一回転して距離をとる。


「どういうつもりですか。」


 私の剣を弾いた隻眼の男をにらみつけた。


 レッドコングの剥製の前で大剣を構える隻眼の男。弾かれるまで大剣が見えなかった…。明らかに技量は相手が上だ。


 窓を割って逃げるか。


 あれ、でも皆がいるならゴリ押しできるじゃん。


「まて、悪かった。」


 突如としてレッドコングが両手を上げていった。


「これ、姫がキルシュバウム支部に納品した奴ですよ。」


 マーティンが小声で教えてくれる。


 あ、そうですか。


 見ると、隻眼の男がやれやれと大剣をしまい、レッドコングの腹のボタン?を外し始めた。


 中からむさ苦しそうな髭の男が出て来る。


「つい嬉しくってな。」


「ギルマス。キルシュバウム家として抗議する。次やったら二度と取引しない。」


 お父様が冷たい声で言う。こいつがギルドマスターか。


 一応、弁解の機会は与えてやった。


 キルシュバウム支部から届けられたこの剥製。支部長から私が狩って処理した奴だと聞いていたらしく、私に興味を持ったとか。だからって、こんな脅かし方はないでしょ。


「いや~、しかし、貴族令嬢にしては見事な剣筋。魔法も使えるのだろう。このまま成長すればCランクに昇進させても良いな、ルーデンドルフよ。いろいろ面倒な依頼もたまってるし。」


 ギルマスが嬉しそうに隻眼の男を叩く。


「しかし、今ので本人には警戒されてしまったようですが?」


「まあまあ、“咲羅”はリーダのメルちゃんがBランクで、他もCランクでしょ。一人だけDのままってのも嫌でしょ。」


あ、皆、高ランクなんですね。いいですよ。私は相応のランクで。


「おい。今日はアリシアにギルドを見せるのと、ついでに納品しに来ただけだ。余計なこと考えているなら帰るぞ。用事を言え。」


「あ、ごめん、ちょっと脅かしたかっただけ。」


「サブマス。これは貸しだ。これまでの迷惑も含めて、この依頼をお前に受けてもらう。」


 そう言ってお父様が封筒に入った紙を隻眼の男に渡す。


 中を開いて読んだ隻眼の男は、ため息をつきながら無言で頷いた。


 んーなんて書いてあったんだろう。まあ、別にそんな興味ないからいいけど。


 終わったんだったら帰ろうか?


----------


「はぁ~あ」


 俺は深いため息をついた。


「おお、どうしたかね。ため息が多いと老けるぞルーデンドルフ。」


 笑いながら酒を飲む、むさ苦しい男。俺の上司だ。


 王都冒険者ギルドの隣の酒場。


 既に夜も更けており、若いパーティが依頼達成の打ち上げをやったり、中堅になったパーティが昇進祝いをやったりと、はっちゃけている。


 そんななかで熟練の冒険者パーティたちが小声で情報交換をしている。


 耳を傾けると、「“咲羅”のパーティに子供の新顔が加わったらしい。」「それなら1週間前に西の遺跡のダンジョンで見た。」「興味本位で目的を聞いたんだけど、遺跡のロマンを楽しみにきたとか、地底湖の綺麗な景色を見にきたとか、わけわからなかった。」との会話が聞こえてくる。


 …西の遺跡のダンジョンは、古代のトラップも生きている上級向け危険地帯だぞ。観光目的で行くとこじゃねえ。


 その“咲羅”だが、ドラゴンに乗って現れたとか、眉唾物の噂もあったりする。が、似たような何かをしでかしたのだろう。お前ら、貴族様なんだろ。もうちょっと自重しとけよ。


 まあ“咲羅”はチェリー商会に所属する護衛隊のパーティということになっている。実は貴族様だと知るのは俺やギルマスと受付の数名くらいだ。


 で、先日、“咲羅”から押し付けられた依頼。「日頃のギルマスから受けた迷惑をチャラにしてやる。アリシアをギルドとして陰ながらサポートすること。アリシアが嫌がるようなことは許さない。」キルシュバウム辺境伯爵の印とチェリー商会の印が添えられていた。


 キルシュバウム辺境伯爵として、そして王都の大部分を牛耳るチェリー商会として書かれた以上、断ることはできない。


 ただの貴族が金にもの言わせてきたほうが未だマシだった。


 例えばこの前、どっかの貴族の三男がランクを上げろと言ってきた。上手い具合に誘導して、依頼の品を市場で買って持ってこさせた。ギルドとしては依頼の品を本人が持って来れば、評価が上がるのだから、その手段はなんでもいい。買ってきても別にいいわけだ。まあ一般に売られている品で達成できるのはDランクまでだけどな。


 だが、今回のは義理だ。全く、全部こいつのせいだ。


 忌々し気に俺の上司、ギルドマスターをにらむ。


「ほほほ。しわが増えるぞ。」


 のんきに言う上司の腹に鉄拳をお見舞いする。が、強化魔法を使ったのか、びくともしない。このブクブクとビールを溜め込んだ腹が憎々しい。


 まあ、貴族ということを知らなくても、チェリー商会所属のパーティに喧嘩を売る馬鹿はいない…と思いたい。そういう奴がいたら、教育が必要だな。


 俺は顔見知りの熟練パーティに酒を奢り、詳細は伏せて“咲羅”の新顔を見守るよう依頼するのだった。

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