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(11) 新たな出会い

 …いやぁ、もう、キルシュバウム辺境伯爵領を出て4日目。


 そしてわかった。本当に、何もないし、何も起こらない。


 初めての外の村。軒先に大根が干された5軒だけの村だった。


 1日目の晩に泊まった子爵領の宿。素泊まりだけだった。風呂もなければ夕食もない。


 私たちは固い床の上で持参した缶詰めを食べ、着替えもできずに寝た。眠れなかった…。


 2日目は50km進んだ。でも、子爵領のまま。そして宿も1日目と同じような感じ。


 あ、でも水桶は出てきたわ。これで身体を洗えって。


 人々は生きるのに必死で、娯楽は無くて当然。お土産とか、そんなものも売ってない。


 で、3日目、侯爵領に入った。夕方には侯爵領の領都に着いて宿をとった。ベッドはあるし、お湯の入った桶が出された。この程度で感動を覚えた自分がつらい。外の世界、中世ヨーロッパの地方レベルの生活舐めてたわ。


 今日の朝は、メイドのユーリに連れられて朝市を見て回った。グレゴリー侯爵領とかいう由緒正しい侯爵家の領だから期待していた。ケバブみたいなのを発見。買って食べてみたけど不味かった。特に珍しい作物も無かったし、っていうか、チェリー商会の提携店がキルシュバウム産の米や味噌を売っていた。なんだか悲しくなったし、ちょっとホームシックになった。


 お米食べたい…。


「今晩はチェリー商会の外宿に泊まりますので、米と味噌汁が食べられますよ」とユーリが言ってくれるので、少し元気がでた。


 じゃあ、そろそろ出発しようかな。


「誰か捕まえて!」


「待てぇ!」


 うわー。お決まりのトラブルだ。


 見ると、小汚い少年2人がバックを持って走ってくる。


 それを追ってくるのは緋色の髪をベリーショートにカットした快活そうな女の子と、淡い黄髪をハーフアップにした、これぞ貴族って令嬢。


 あーでも、私には関係ないんで。無視してやり過ごそう。


 こういうところで人助けするのは自称正義の味方さんだけでいいし。


 っていうか、本当は少年たちが正義を働いているのかもしれない。


 だいたい、どちらが正義で、どちらが悪かなんで、人間の都合で決まる。正義の反対は、もう一つの正義だって、キルシュバウムの道徳の教科書には書いていますよ?


「よし。お前ら人質だ!」


 折角無視しようとしていたのに、少年は刃物を取り出してこっちに向かってくる。あんなこと言ったけど、これ悪でいいわ。


 面倒くさっ!


 冷静にユーリのほうを向くと、親指で首を切るジェスチャーを示した。


 黙って頷く。折角そばにプロがいるんだから、任せてしまえばいいんです。


「危ないっ!逃げて!」


 緋色の髪の女の子が叫ぶ。


 物凄い形相でこちらへ迫る2人の少年。


「“ウォータボール”!」


 淡い黄髪の令嬢が意を決して唱えた魔法が少年2人の背中に命中し、バランスを崩させる。その瞬間をユーリが見逃すはずもなく、素早く拳を打ち込み、少年2人をノックアウトした。


「ごめん、ごめん!けがはない?」


 緋色の髪の女の子が申し訳なさそうに頭を下げた。


 少し遅れてきた黄髪の令嬢のほうは息を切らしているが大丈夫だろうか。あなた、その令嬢の護衛なんじゃないの?


「皆様すみません。助かりました。」


 さらに遅れてきた気の弱そうな女性。


 緋色の髪の女の子は、少年が持っていたバックを女性に渡す。


「困ったときはお互い様だって。」


「本当にありがとうございました。」


 もう一度深々と頭を下げた女性はバックを大切そうに抱えて小走りで去っていく。


 なるほど、貴女たちが人助けしてたのね。…って子供だけで犯罪者追いかけてたの!?


 …なんだか、唐突に中二病って言葉が浮かんでしまったわ。


 まあ私も、前世の低学年のころは変身セットとか買ってもらって、いろんなことができるようになったような気がして………恥ずかしいから思い出すの止めとこ。


 前世の私なんかと違って、実際に人助けという行動に移している分は偉いけど、ちょっと危ういわね。犯人が反撃してきたら?他人にまで飛び火したら?実際、つめが甘かったせいで、偶然通りがかった私たちは人質にされそうになったわけで…。


 下手したらトラウマを植え付けてしまったり、相手が相手なら、補償だの、なんだののトラブルに発展したりするわよ。


 別に私たちはそんなことしないけどね。そう思い、この場を去ろうとする。


 ドサッという音に振り向くと、黄髪の令嬢が苦しそうに倒れ込んでいた。


「ティアっ!」


 緋色の髪の女の子が慌てて身体を支える。


 どこからやってきたのか、背の低い男が令嬢に魔石を握らせていた。


「魔素の欠乏症のようですね。」


 見ていたユーリが呟く。ああやって護衛が魔石を持っていたところを見ると、結構頻繁に起こしているのではないでしょうか。と。


 ああ、影からの護衛がいたのね。追いつけてなかったみたいだけど。行動力溢れる女の子たちを影ながら護衛するのは大変なのでしょう。心中お察しします。


 さて、魔石を通して魔素を補充している令嬢。けれども、魔石の魔素を使い切っても状況は回復しないみたい。真っ青な顔をして荒い息をしている。護衛の男が巾着袋をひっくり返して小さな魔石を3つ取り出しているけど…。それは焼け石に水だと思う。


「ティアごめん。無理させちゃった。ごめん。」


 緋色の髪の女の子は泣きべそをかいていた。


「『ユーリ…。仕方がないから助けてあげる?』」


 私はユーリに“風通信”かつ小声で確認する。悪い人じゃなさそうってことはわかったし。


「『まあ、護衛が付くような相手です。恩を売るのは良いかと。』」


 ユーリも小声で返してきた。


 はぁ~。私はわざとらしく大きなため息をつき、令嬢のそばに向かう。


 向こうの2人は何事かとこちらを向いたので、ちょうどいいから条件をだそう。


「必要なら私の魔素、譲渡してもいいです。」


「えっ!?本当!?お願いっ!!」


 ぱぁっと明るくなる緋色の髪の女の子。


「ただし、条件があります。」


私は手で制し、条件を告げる。「これは今回のみです。二度目はありません。今後は、今回のことを反省し、護衛の方と相談してから、犯人や周りの状況を見てから、考えて行動すること。貴女たちのせいで、私たちが人質にされそうになったことは忘れないでください。重大な瑕疵です。あと、私たちのことは絶対に詮索しないこと。それから、私たちに会ったことは誰にも言わないこと。貴女のお父様にも、貴方の上司にも、言ってはいけません。その上で、これは貸しです。わかりましたか?」


 私の問いに首をぶんぶん振ってこたえる女の子。一方、護衛の男は苦虫を潰したように一度だけ頷いた。


 いいでしょう。


 私は令嬢の両手を握り、魔石と同じように魔素を流すイメージをする。


 両手が暖かくなり、ゆっくりと魔素が流れていく。


 次第に顔色がよくなっていく令嬢。


「うそ…。今まで一度もここまで回復できたことはなかったのに。」


 最後のほうは驚愕の顔でこちらを見つめていた。


 あ、流れなくなるまで満タンにって思っていたら、私の保有魔素の2倍は注いじゃっていた。フウガの分が足されてるの忘れてたわ。溢れたりしてない?爆発しない?大丈夫かな?


「あの、ありがとうございました。」


 血の気が良くなった令嬢は深々と頭を下げた。


「そうですか。では私たちは失礼します。」


 私はユーリを連れて立ち去ろうとする。もちろん、少年も放置。


 繰り返すけれど、私は正義の味方じゃないので。


「待って。お礼させてよ。自分はえーっと、“レック”で、こっちがえーっと、“ティ”。」


 勝手に名乗るな。で、明らかに名乗り慣れていない偽名を名乗ってきた時点でどうかと思いますけど?


「待ちなさいレベッカ。命の恩人に対してそれは失礼です。」


 凛とした声を発する令嬢。


「申し遅れました。わたくしはティア・ティール・サモナ。こちらのレベッカの親友です。理由あって、こちらに来ており…、よろしければ御礼させて頂けないでしょうか?もちろん、先ほどの約束の貸しとは別です。」


 姓にサモナって入っているってことは…サモナ諸島の第一王女だわ。まあ、断ってもいいんだけれど、ここまで下手に出られてはねぇ。


 ここら辺で一番美味しいスイーツ奢ってもらうわよ。


 で、聞くところによると、ティア様とレベッカ(本人に呼び捨てにして欲しいと言われた)は、魔の森から採れる巨大な魔石を探しているらしい。


 なんでも、ティア様は魔素の回復速度がとても遅い体質らしく、非常時に魔素を身体に補給できる魔石がいるんだとか。


 サモナ諸島では魔石は産出せず、大陸から輸出される小さな魔石を頼りにしていたとのこと。でも、ティア様の魔素の最大保有量には全く足りず、非常時にティア様の魔素を全回復できないらしい。


 最近は小さな魔石の輸出まで減ってきており、危機感を覚えたサモナ王が、大陸で親しい付き合いのあるミニアーノ侯爵に相談。まあ、ミニアーノ侯爵領って王国の南にあって、海に面しているし、そこは不思議ではないわ。


「問題は、何故、令嬢のあなたが付き添っているの?」


 私は疑問をぶつけてみる。


「あー。父さんも兄さんも脳筋でね。交渉ができないんだよ。」


 誇らしげ言うレベッカ。…お前が言うな。


 前世の幼少期を思い出して恥ずかしい分、強く言っちゃうけど、これに懲りて、もう少し考えて行動してくれることを願うわ。せっかく、やっていることは良いことなんだから。


「…お嬢様も大概お人好しですけどね。」



----------


 …。長かったよ。ちょっと出発するのが遅れたけど、私たちは王都の手前で西へと向かう道に逸れ、チェリー商会が保有する屋敷、外宿という名の所に来ていた。


 なんでも、このまま進むと王都城郭に入るための夕方の手続きラッシュに巻き込まれるらしい。


 王都の北西、城壁の外に建てられた外宿。もちろん、使用できるのはチェリー商会関係者のみ。


 ようやくウチの環境に戻れるのね。


 既に辺りは真っ暗になっていた。辛うじて2階建ての建物が正面に見える。


「こんばんは~。」


 私は正面のドアを開ける。


 中はランプの灯が揺らめいている。


「ようこそアリシア!」


「お疲れ様。」


 えっ!?お父様、お母様!?


 私を迎え入れてくれたのは間違いなくお父様とお母様だった。


 たった4日しか経ってないのに。会いたかった。


 私は黙ってお母様に飛びつく。


「こっちじゃないのか。」


 ちょっといじけるお父様。うん。懐かしい。


「でも、どうやって?」


「ああ、それはこちらに来ればわかる。」


 私の疑問。言うまでもなく、どうやってお父様とお母様がここまで来たのか。


 フウガは常に私の上空を飛んでいた。別に私たちの馬車が遅かったわけでもないはず。


 お父様についていき、隣の倉庫のような建物に入る。


 内部には8台の荷馬車と樽がたくさん。


 そして、私たちが乗ってきた馬車が止められて…。あ、これ大型エレベーターだわ。でも、倉庫に2階は無いよ?そう思いながら馬車の隣に立つ。


 お父様が壁のスイッチを操作する。と、エレベーターは下がり始めた。


「地下っ!?」


「正解だ!」


 いたずらが成功したかのような笑みを浮かべるお父様。


 ゆっくりと下降した大型エレベーター。地下10mくらいまで潜ると小さな空間があった。


 エレベーターの乗り継ぎだわ。馬車ごと隣のエレベーターに移動し、スイッチを操作すれば、さっきまで乗ってきたエレベーターは地上へと帰っていき、一方で、新しいエレベーターが下降を始める。


 さらに10m。合わせて20mは潜っただろうか。エレベーターが止まる。


 そこにはテニスコート2面分くらい開けた空間があった。


 天井にはクレーンのレールもある。そして、その末端…、駅のホームだ。


「チートめ。」


「いやいや。土の魔法で掘っても5年もかかったし。」


 お父様が大袈裟にかぶりを振って言う。


「当時は2代目の爺さんと親父に頼まれて苦労して作ったけど、こうしてアリシアにすぐ会えるのだから作ってよかったよ。」


 そう言えば、お父様とお母様何故に来たし、いや、嬉しいけど。あと、何故に私は馬車で来た。


「だってアリシアと一緒に王都を散策したくってな。」


 何を言っているんだお父様。


「初めての旅が延々と地下鉄なんて嫌でしょう?ここまでの道のりはどうだった?あとで聞かせてね。」


 うぐっ。確かに、そうかもしれないけれど。


「今日はもう遅いから寝るぞー。」


 それは賛成。


 たった4日でいろんなことがあった。


 でも、おかげでちょっと成長できた気分だ。十分に頑張ったし、今日はフカフカのベッドで眠れる。私は幸せを感じながら眠りについた。

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