(10) 王都へ向かいます
空は青く澄んでいる。延々と続く大地。乾いた風が心地良い。
本当に…
「なんにもない!」
私は叫んだ。
13歳を迎えた私は、とうとう領の外へ出てみることになった。
王都まで200kmを馬車で行き、王都の公館での生活を試す。もう少ししたらセントレア学園に通うのだから、そろそろ慣らしていこうということだ。
乗るのは荷馬車。って言ってもちゃんと幌も付けられるし、車軸受けにはスプリングも入れてある。フカフカの椅子もあるから快適だわ。
出島で皆に見送られてから3時間。ちょうど20kmくらいは移動したと思う。
初めての外の世界なんだけど、村人発見どころか村すら見えない。
そして、物語には定番の盗賊や魔物に襲われるといったイベントもなく、淡々と馬車が進んだ。
「お嬢様、一応ここは未だキルシュバウムの管轄ですので、盗賊は…。」
「姫、まもなく領境です。まあ、ちょっとした景色の変化は楽しめますよ。」
メイドのユーリと特務隊のマーティンが苦笑しながら言う。
確かに、馬車は丘に差し掛かっているが、振り返っても既に出島の壁も見えず、遥か彼方に見えるホルスト山脈も霞んできた。
ようやく、領境なのだろう。馬車は丘を下ると、領境の川が見えてくる。
川幅は1m程度。水深も浅く、土手から降りれば歩いて渡れるくらいだ。
ただ、木製の橋は無残に壊れ、川の向こうには適当な木でできた柵がずらりと並んでいる。
あれっ?なに、ウチの領って嫌われるの?って不安に思う。
「逆です。隣の男爵領は魔物だらけですので、こっちに来ないように対策しています。」
聞くと、キルシュバウムの領境にかかる橋はすべて壊しているらしい。
いや、ウチは自給自足できてるから問題ないけど、輸出とか不便じゃない?王都の穀物の9割シェアってどうやってるの?
マーティンに聞いたところ、ここより西に秘密のルートがあるらしい。何それかっこいい。
それはともかく、私たちはどうやって渡るの?
疑問に思っていると、マーティンが馬車の両淵の長板を外し、橋に架けた。
馬のみ先に渡らせたのち、マーティンがゆっくりと馬車を引っ張る。
ギシギシと音を立てながら、2本の板の上を馬車の車輪が転がる。
「おーっ」
私は思わず感嘆の声を上げた。
領境をジャンプして跨ぐお決まりのイベントはできなかったけれど、ようやく南隣の男爵領に入ったんだ。
ちょっと向こうに建物がいくつか見える。
「村かな?」
「あ、そこ廃村です。」
「…。」
ちゃんと事前に学んでたよ。南隣に領を持つ男爵は領のことは何も考えず、搾取だけをして、王都で生活する輩だ。現在、男爵領の領民は0人。
それでも、ここを治めるということで王国からの補助金はちゃっかりもらい、領民が居ないからと税を治めない男爵…、クズだわ。
そして、そんなクズが残れる王国の統治。しっかりと腐敗していますね。
「ちなみにこの男爵領、南北に30kmありますので、抜けるのに5時間くらいは掛かります。」
しれっというマーティン。
私は深いため息をつく。今日は何事も無しかと思っていると、「あら?」と、ユーリが呟いた
ユーリの視線の先には、先ほどの廃村。
私は風系統の魔法で廃村の方向の音を拾う。足音のようだ。それも複数。
「2時の方向。複数の足音感知。距離300。」
「…あれはゴブリンですね。」
マーティンが双眼鏡を覗きながら言う。「廃村を占拠しているようです。」
「へぇ。危険なの?」
まだ、ゴブリンとは戦ったことはない。
前世の漫画やゲームだと、ゴブリンって弱いイメージなんだけれど。
マーティンが言うには、やはり単体では弱いとのこと。ただ、群れられるとやっかいらしい。基本的には臆病で、向こうから襲ってくることは余りない。
「じゃあ、放置で。」
領内なら、狩ったかもしれないけど、ここは他人の領地だし。
ウチのチェリー商会の馬車が通るルートでもないのなら、ウチに被害がでる可能性は少ない。
その回答に一瞬目を丸くするマーティン。
「確かに、無駄な戦闘は避けるべきですね。」
「てっきり、外の世界での初めての狩りだと張り切るものと思っておりました。」
ユーリが続けて言う。
…ユーリ。最近、私の扱いがひどくなってない?
私が抗議の意志を示そうとすると、マーティンが低い声を発した。
「静かに。」
「グGyau!」
次の瞬間には2体のゴブリンが悲鳴を上げて草むらに引き込まれた。
「全周警戒!」
私は再び風の魔法を使う。
先ほどとは異なり、スマートなサーっという草むらを滑る音が近づいてくる。
「2時方向から高速接近音!」
「蛇だ!備えろ!」
マーティンが叫ぶと同時に大きな蛇の頭が草むらから飛び出してくる。
ユーリが馬車に備えつけておいた12.7mm多銃身銃をぶっ放す。
しかし、至近距離であったこともあり、細長い蛇に当たらない!
「っ!“ストーンウォール”!」
私はとっさに石壁を出す。
私を丸呑みにしようと口を大きく開いて突っ込んできた蛇が、勢いよく石壁に激突し、跳ね返る。
「やりますね。」
鉄槍を構えていたマーティンが口笛を吹く。
私の背後で援護しようとしてくれていたようだ。
「姫。グランドウォールで馬車ごと持ち上げられます?」
マーティンが思いついたように言う。
見ると悪い顔をしていた。なるほどね。
「“グランドウォール”」
マーティンが馬を落ち着かせている間に、私は四方の土地が大型エレベーターのように持ち上がるイメージをしながら魔法を行使する。高さは7mくらいにしておこうか。
私たちごと持ち上がった土の柱。
下を覗くと、先ほどの蛇が柱の周りを執念深くうろついていた。全長は20mくらいありそう。もう少し土柱高くしたほうがいい?
「ブラックスネーク、Cランクの魔獣です。」
「この先の草むらで襲われると面倒ですね。」
マーティンとユーリが他人事のように言う。
えっと、どうするの?と思う間もなく、ブラックスネークの腹が爆発を起こした。
「ああ、手榴弾、食べました?」
「ついさっき食べましたね。」
なるほど、他人事のように話していたのは、時限信管待ちだったわけね。
「しっかし、ここから30kmどうしましょうかね。」
マーティンが立ち上がって背伸びをする。
「普段はどうするんですか?」
「俺…私一人なら、危険な場所は避けて通ります。そもそも、こんなところ通ろうとしない。」
「…役に立たないわね。」
「失礼な。私たち特務隊は情報操作が仕事であって、正面切って戦うことがないんですから。」
くう。正論だ。
仕方がない。私は今後の進み方をいくつか考える。
まず、このまま“グランドウォール”を連続して進む案。安全だがかなり目立つ。
別に目立ってもマーティンにもみ消してもらえばいいんだけれど、初めからマーティン頼りは申し訳ないので保留。
西へと迂回し、セタ川まで出て、川に沿って進む案。比較的安全だけど時間がかかる。別の魔獣がいたらやっかいだし。
あ、そう言えばさっき、西に秘密のルートがあるって言っていたよね。
その秘密のルートでいいじゃん。
《…アリシア。我が手を貸そうか?》
おお、さすがフウガ。ちょうどいいところに!
私は遥か高空を見上げる。私と契約したエンシェントドラゴンのフウガが悠々と飛んでいた。
《フウガ。ありがとう。でも、できれば目立たないで移動したいんだよね。》
フウガなら馬と馬車を掴んで飛ぶくらい余裕だろうけど、それって他人から見ればかなりの事件だよねー。情報操作するマーティンの胃に穴が開きそう。
《いや、できるがやらんぞ。周辺の魔素感知だけで十分だろ。》
《あ、そっか。》
改めて考え直す。お父様が言っていた航空偵察の要領だ。
《では、“ドラゴンスカイ”、支援を求める。》
《…。あとで旨い飯を要求する。》
《了解。》
私はフウガとの念話を終える。
「お嬢様。フウガはなんと?」
「あ、なんか周辺の魔素を感知してくれるって。」
私はユーリとマーティンに説明する。
以前、フウガに教えて貰った。
人間も獣も、そして魔物も、魔素を保有しており、自然と微量を身体から漏れ出している。
それをフウガは感知できるらしい。
漏れ出す量によってある程度の種族の判別や脅威が判定できる。
あとは、その脅威に近づかないようにして進めばいい。
魔の森のような周辺魔素の濃い場所では使えない手だったけど、ここは魔の森ではない。
《こちら“ドラゴンスカイ”目標を感知。これより排除する。》
へっ?
私が聞き返す間もなく、上空から地表に5回の光が走る。
フウガの話だと、小型の“凝縮太陽光線”のほうが集めるエネルギーは少ないけれども、焦点を合わせるのが早くできるらしい。
“凝縮太陽光線”は攻撃対象に焦点を合わせれた瞬間に溶解させられるから、焦点を合わせるのが早くなるのはいいことなのだけど…。
《目標の排除完了。周辺区域に脅威なし。》
あー。うん。いいや。
私は考えることを放棄し、土の柱を下げていく。
腹を吹き飛ばされて転がっているブラックスネーク。こいつを蒲焼にして昼飯にしよう。
《“ドラゴンスカイ”。こちら“シルバーブラッサム”。これからブラックスネークの蒲焼を用意する。至急、公邸の料理長より大量の醤油を入手されたし。》
《全く、人使いが荒いのう。》
フウガが北へと降下しながら飛んでいく。
はぁ。私はため息をつきながら土の窯を造り、鉄の槍を準備する。
察しのよいユーリがブラックスネークの内臓を処理してくれた。
出発してから未だそんなに時間が経ってないけど。
お昼ご飯としましょうか。フウガに監視をお願いすれば、この後の進行スピードは速くできるでしょう。
「ところで、なんでこんなルート通ることになったんだか。」
私が呟くと、マーティンとユーリがそっぽを向く。
あ、これワザとだ。おかしいと思ってた。馬鹿じゃない限りこんな蛇がウジャウジャいるところを通る計画するわけない。
「…いいですよ。いろいろと考えた結果なのでしょ。」
次第に美味しい匂いが立ち込める。
周囲の脅威が排除されたのだ。まあ、警戒は続けるが、ゆっくりとお昼ご飯を食べれそうだ。
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「また断られちゃったね。」
王都の商人街。据えられたベンチに向かい、緋色でベリーショートの髪の少女が背伸びをする。
「仕方がありません。大きな魔石など、そうそう流通しているものではありませんし、軍事利用される場合が多いのですから。」
ベンチに座っているのは淡い黄髪をハーフアップに整えた令嬢。
緋色の髪の少女の言葉に、苦笑いを浮かべていた。
「サモナとミニアーノの名前を出してもびくともしないとは思いませんでしたが。」
見上げる先には3階建ての建物。大きくチェリー商会と書かれた看板がかかっている。
「ねえ。本当のこと言ってみる?魔素の欠乏症を治すためだ、助けてって。」
「いえ。目に見えて利益が無ければ商会というものは人助けなどで動いたりしません。むしろ、わたくしのことを知られて、家が脅されたりするかもしれません。」
「そんな奴ら、父さんと兄さんがやっつけてくれるって。はあ~、なんで皆、面倒なことばかり考えるんだろうね。」
「それが貴族というものですよ。皆が皆、レベッカのような正義感溢れる優しい方ではないのです。さあ、帰りましょう。」
淡い黄髪の令嬢が立ち上がる。
緋色の髪の少女が手をとり、心配そうに言う。
「ティア、まだ大丈夫?」
「ええ。まだまだ平気ですから。」
手をつないで歩き始める2人。
ついていく淡い黄髪の令嬢が空いている側のこぶしをぎゅっと握りしめていることに、緋色の髪の少女は気づいていなかった。




