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(9) 外の世界

(護衛となった特務隊のマーティン視点です。 悪役令嬢もようやく始動です)

 俺の名前はマーティン。そういう名で呼ばれている。


 キルシュバウム辺境伯爵領軍特務隊に所属。主な仕事は外の世界での情報収集と対外工作。攻撃魔法は得意じゃない。


 俺はもともとこの領の人間ではない。どこぞの貴族の息子だったのだが、14歳のときに両親に捨てられた。愛人の子とかいう理由ではなく、普通の人間とは違う…魔人だからという理由だった。


 確かに、同い年の奴よりも魔素の保有量は多かった。制御に失敗して暴発させてしまうこともあった。それ以来、攻撃魔法は苦手に感じるようになった。


 捨てられ、突然路頭に迷うことになった俺。王都の孤児院での炊き出しや施しでなんとか生きていたのだが、未来に希望が持てなかった。


 そんな俺を助け出してくれたのがワイズマン執事兼近衛隊長だ。ワイズマン隊長も魔人らしい。俺はこの領に連れてこられて居場所をもらえた。


 俺を受け入れてくれた旦那様や奥方様、ワイズマン隊長の役に立ちたいと、領軍に入隊した。


 3年前のドラゴン襲来事件のときは何もできなかった。基地の司令に安全圏での仕事を言い渡され、不甲斐ない自分を恥じた。


 そのドラゴンがいつの間にか旦那様と奥方様の娘、アリシア様と契約していて、魔の森掃討作戦を成功に導いたのは衝撃的だった。


 アリシア様の魔法に対する考え方は斬新だった。


 俺は理解した。単純な攻撃魔法だけが全てではないと。


 掃討作戦の途中から、ワイズマン隊長に指導をお願いした。そこから俺の所属は特務隊へ転属となった。


 時には領の外に出て、チェリー商会に敵対行動をとった商人の弱みを握り、脅した。スパイを送り込んできた貴族のデマを流布して混乱をもたらした。意図せずだが、結果的に罪のない人を巻き込むこともあった。


 でも、それでいいと思っている。これは俺が望んだ道だ。


 魔人だろうと何だろうと俺を俺として扱ってくれるこの領のために、俺は永遠に戦って見せる。


 俺にとって、国とは、オステン王国ではなく、このキルシュバウムだった。


 そんな意気込みを見せていた俺に新しい任務が与えられたのがつい先日のことだ。


 アリシア様の護衛だった。俺は快諾した。


 1年ぶりにチトセ基地で見かけた姿はまさに、国の“姫”だった。


 「諜報、謀略、暗殺、何なりとお申し付けください。」と言った俺のような人間に対して怪訝な顔をすることもなく、天使のような笑みを返してくれる一方で、某国のスパイに対して刑を執行することすら悩む姿は愛くるしかった。


 以来俺は、特務隊の皆と同じようにアリシア様を“姫”と呼んでいる。


 たまに、領主になると決意した姫に対して教鞭をとることもあった。


 まず、俺が教えたのは、王国内の他の領の裏事情。財務大臣は愛人を囲っている疑惑があり、夫婦仲がぎくしゃくし始めている。宰相は息子を駒としてしか見ていない。などだ。


 結構血生臭い話もあるが、姫は目を背けなかった。領主となるべく勉学に励む姫。


 同時に、社交界デビューする前段階として、セントレア学園へ入学する準備も始めている。


 今日は、その一環で領の南、外の世界との唯一の接点である出島へと向かっている。




「姫、大丈夫ですか?もう着きますからね。」


 俺は、周囲に気を配りつつ、振り返った。


 一面の畑が広がるのどかな穀倉地帯。


 電動トラクターが地面をかき混ぜながらゆっくりと進んでいる。


 見るだけなら清々しい気持ちになっただろうが、鼻がひん曲がる臭いが辺りを覆っている。


 それもそのはず、煙硝小屋がまとまってあるからだ。


 キルシュバウム辺境伯爵領最大都市であるミズホ市の下水管理道の出口が、今走っているここ、南部のカツラノハマ農業地帯にある。


 集められた尿を煙硝小屋の床下の穴に撒き、干し草と挟んでいけば、3年後には硝石ができるというわけだ。


 硝石は肥料になる。ここ、カツラノハマで畑にばら撒けば、有効活用ができる。


 さらには肥料だけでなく、火薬の原料にもなる。


 この臭いの元のおかげで、我々は戦えるのだから感謝しなくてはと思いつつも、顔は歪む。


 孤児を経験した俺でも、この臭いはきつい。


 姫は大丈夫なのかと不安に思い振り返ったのだが、


 「『どうしたの?』」と何事も無いかのように姫が答えた。


 “風通信”という風系統の魔法のおかげで、速度を出していても明確に声が聞こえる。


 そうだ、風系統魔法と言えば、思い当たる節がある。


「『ああ、風の魔法で臭いを遮断しましたか?』」


「『そう。さすがにキツいわ。』」


 さすがは姫。周囲の空気を操るのはお手の物のようだ。


 そう思って前に向きなおると、ふと悪臭が薄まってきた。


「『ごめんなさい。マーティンさん。貴方にもかけるのを忘れていたわ。』」


「『いえ!ありがたき幸せ!』」


 気のせいかもしれないが、モータスクーターのスピードも上がったような気がする。いや、まさかね。


 延々と続くはずの穀倉地帯。今日はあっという間に過ぎ去ったような気がする。




 両脇に10mの高さの城壁。桝形に作られた検問所を抜ければ、ちょうど跳ね橋が架けられるところだった。


「お疲れ様です。」


 姫が検問所の兵士にねぎらいの言葉をかければ、兵士は誇らしげに敬礼した。


 どちらが上官というわけでもないが、俺も敬礼しておく。


 モータスクーターは検問所に預けておいた。ここからは徒歩で出島に入る。


 出島は堀の中に作られた人工島だ。直径50m程度の島に、領主官邸、商店、宿屋、冒険者ギルド支部の4つの建物が並ぶ。


「ところで、マーティンさん。冒険者ギルドってどれですか?」


 姫が首をかしげている。今回の行先はキルシュバウム辺境伯爵領の冒険者ギルド。ここがギルドに許可された立ち入りの限界だ。


 ギルドは魔の森の素材が欲しいが、俺たちとしては領内に勝手に入る許可は与えられない。


 だから、適当に間引いた魔物や魔獣、素材なんかを適宜流してやっている。ここはその取引の場。


 そんなわけで、ほかの王国内の冒険者ギルドとは違い、ここには冒険者はやってこない。閑散とした倉庫のような建物を見て、冒険者ギルドだとわからないのは仕方がない。


 俺は姫に軽く説明し、倉庫のような建物に連れて入る。


 当然のことながら、誰もいない。


「おい。支部長いるか?約束どおり来たぞ。」


「うーい。」


奥の部屋から声が返ってくる。「すまんが、こっち来てくれ。」


 唯一のギルド職員、つまり支部長ってなわけだ。


 俺たちは衝立の裏へ回る。無精ひげを生やした男が突っ立っていた。


「姫、こいつが冒険者ギルドキルシュバウム支部長です。なんでも買ってくれますよ。」


「なんでもってのは困るが、お会いできて光栄です。」


首を垂れる支部長。「すまんが、今、このレッドコングの幼体の標本を作ろうと思っていてな。できる限り傷つけずにまるまま納品してくれといったら、本当にまるまま納品して来おって…困っておるのだ。」


 目の前には、おととい姫が“窒息”の魔法で倒したレッドコングが転がっていた。


「てめえいい度胸だ。姫の仕事にケチ付けるか。」


「いやいや、マーティンさん、落ち着いて。」


 直ぐにでも殴ってやろうと思ったが、そんな俺を姫が制止する。


「お手伝いしましょうか?」


「おお、では、ちょっとだけ。できるなら、内臓を全て出してほしいのだが…。」


 優しい姫に免じて許そうとは思ったが、支部長のやつ、姫に汚れ仕事をしろってか?やはり許さん。


「あーはいはい。熱湯用意してください。」


 俺の怒りをよそに、姫は布で口を覆い、腰の細剣(ブロードソード)を抜くと、レッドコングの胸から尻まで一直線に切り裂いた。浅く、しかししっかりと入った刃は、内臓を傷つけることなく、皮膚だけを切り裂く。そうこうしているうちに内臓が出てきた。


「ここから先は、できれば支部長さんがご自身でやっていただきたいのですが?」


「ああ、ありがとう。」


 作業の終了を確認した姫は、熱湯で細剣を消毒し、布で油をふき取ると、あっという間に刃面を乾かして納刀した。


「早速ですけれど、今日は登録しに来たの。」


 姫には軽く説明したが、冒険者ギルドはオステン王国の半公営仲介組織のようなものだ。会員になれば、オステン王国国内に点在する支部で仕事の斡旋や素材の買い取りをしてもらえる。また、国が管理している東のダンジョンへ入れるようになる。


「ああ、事前に話は伺っとる。これがお嬢様のギルド証じゃ。」


 支部長がプレートを取り出す。姫の名前と、ランク、発行支部長の名前、有効期限が打刻されている。有効期限は1年。1年が過ぎるとまた年会費を納めて発行してもらわないといけない。


「ランクについてだが、Fが見習い。Aが達人。Sが英雄クラスですね。お嬢様はDランク、中級者から初めてもらいます。」


「えっ?」


「レッドコングなどのCランクの魔物、魔獣。しかも大人たちに守られた幼体を無傷まるままで納品できる時点で、中級者です。安定して一人で狩れるなら、すぐにCランクになれますよ?まあ、ランクを上げることにお嬢様は興味がないかもしれませんが。」


 一応、高ランクになればメリットはある。ギルドから良い仕事を仲介してもらえる。まあ、それだけの実力が付けば、仲介してもらわなくても定職に就けるだろう。


 ただ、他の一般的な職に就くときも、冒険者ギルドで高ランクだったというのは売りになることもある。仮にも半公営組織での評価だからな。身分証代わりにもできる。


 気を付けないといけないのは、国内でしか通じないということだ。


 だが、姫が登録する理由は、チェリー商会の責任者になる上でメリットになる資格集めの一環。会員になれば、使い道のない魔物の素材を、それなりの金額で買い取ってもらえる。別に実力を保証したいわけではないから問題ない。…一部、ギルドランクでマウントを取って来る輩がいるので、高いことに越したことはないが。


「一応説明しますと、次の更新の際は、それまで仲介した仕事の達成具合や、ギルドに素材を持ち込んだ実績などに応じてランクが決まります。」


 しかし、Dランクスタートか。場合によっては、支部長と姫が模擬戦なんかするかもしれないと思っていたが、杞憂に終わったようだ。「これでも、人を見る目はあるよ。」と言う支部長はDと打刻されたギルド証を姫に渡す。


 裏面には姫の所属パーティが書かれている。


 姫の所属パーティは“咲羅”。キルシュバウムの代表的なパーティだ。


 先代様、旦那様、奥方様、ワイズマン隊長、ユーリ副隊長、俺が所属している。


「ああ、パーティとして受けた依頼、パーティとして納品した物品については、窓口に来なくても実績に加算される。パーティを組まずに協力して受けたものならば、必ず達成の報告時に本人が窓口に来ることだ。」


 支部長の説明を聞きながら姫はギルド証を首から提げた。


 しみじみとタグを見つめる姿がほほえましい。


「喜んでくれているようで何よりだ。今や冒険者ギルドを毛嫌いする貴族のほうが多くてな。」


 支部長のぼやきは確かだ。昔は、貴族は魔物から領民を守るものとして、冒険者ギルドに登録し、率先して領内の魔物を狩っていた。だが、そんな模範的な貴族家は今や少数派。同じく領民を守る力をつける目的で設立された学園も、今は貴族子女の遊び場と化している。全く…。


 さあ、仕事は終わりだ。「茶でも出そうか」と言われたが、断った。


 なんか、茶葉が湿気てそうだ。そんなものを姫に出させるわけにはいかない。


 とんぼ返りになるわけだが、姫は意外と楽しんでくれたようで良かった。


----------


 私は、前世の“私”…1度目のイリーナの意思と協力して、破滅的な結末を回避するために奔走しました。


 ふかし芋やフライドポテトを披露して、ジャガイモが食べられることを皆に訴えかけました。


 父が積極的に増産を指示してくれて…。


 今世でも1度目と同じように冷害による穀物の不作が起こりましたが、1度目とは違いカエルラ公爵領で飢饉はおきませんでした。


 衛生という概念も広めてもらい、流行り病も防げました。


 母は今日も社交界の華として精力的に活動していますし、父も国の財務大臣としての責務を全うしています。


 1度目の人生では、聖女ローズ側についた兄ですが、今世では父の代理として公爵領を舵取りする才を発揮しています。


 今世では上手くやっていけるでしょうか…。私は、そんな願いを込めて、冬には家族皆に手編みのマフラーを贈り、皆の誕生日にはクッキーを焼きました。この前は私の想いを魔石に込めた御守りを兄にプレゼントしました。


 家族仲も良好。1度目の人生…私がゲームで見たイリーナとも大きく外れることができている…。そんな期待を持った矢先、


「イリーナ…。今日、国王陛下からお前と第二王子の婚約を打診された。」


 夕食の際に告げられた父の言葉に唖然となりました。


「そんな…。なんとかお断りさせてもらえないのですか…。」


「イリーナ。この婚約は国王陛下の勅命で決まった決定事項だ。第一王子の病は日に日に悪化している。一方の第二王子は学が無い…。」


 父の話では、病弱な第一王子に代わって第二王子を次期国王に押す声が高まってきていると。第二王子は短慮で操り人形としては最適。緊縮財政を訴える第一王子よりも自分たちに都合のいい第二王子を次期国王にしたい貴族が多いらしい。


「イリーナが婚約者となり、歯止めとするように言われた…。この国を安定させるために力を尽くすのが貴族の義務。理解してくれ…。」


「こ…これでは前回の“私”と同じ…。私が見たゲームと同じ…。悪役にされて…私は…っ。」


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