(8) 次期領主として
(ここまでが第一部です。次回から乙女ゲームが絡んできます)
チトセ市はキルシュバウム辺境伯爵領の最北端の街。この街を境に、標高は一気に上がり、ホルスト山脈へと至る。
標高2000m級の山々が連なるホルスト山脈だけど、山脈を挟んで反対側が拡大を続けるノルン連邦だということもあり、チトセ市は一大軍事拠点となっている。軍事都市ってやつね。
チトセ駅に降り立った私たちは、軍のトラックに乗り、基地の内部へと入る。
入口には桜の大樹。祀られている初代様に御挨拶。
奥に進むと、3000m級の滑走路が2本直角にひかれた飛行場、格納庫や、長く連なる兵舎が見える。奥の塀に囲まれた倉庫は火薬庫だ。
一方、隣接する兵器工場では、なにやら作業が行われている。
近づいてみると、工廠の主任さんがハンマーでリベットを打ち付けている。ものすごく長い飛行機の翼の部分を結合させているみたい。ファンタジーと科学の融合…ありね。
両翼の上にはモータにつながれたプロペラが付いている。私たちが乗ってきたモータ車やトラックと同じく、雷の魔石から電気を流してモータを回すタイプ。
機首には12.7mm多銃身銃がぶら下げられている。…これで飛べるのかな?
隣に置かれているのはヘリコプターのようにみえる。
ただ、機体の上にプロペラが4つもついているし、座席がほぼむき出しになっている。
うん。もう少ししっかりとしたものができるまで、私は近寄らないようにしよう。
トラックは、視察も兼ねてか、ゆっくりと回ってくれた。
さてさて、私が本来ここに来たのは、領主になる上で必要な覚悟を知るためと聞かされている。
いったいどんなものだろうか。
そう思っていると、トラックは、建物群からは離れたところに1棟だけ独立して存在する施設の前で止まった。周囲は電気柵と堀に囲まれている。
入口の門までくると、刑務所と書かれていた。
あ、なんとなく、予想が付いた。
入口の門で身長と体重を測り、ボディチェックを受ける。
武器などは当然持ち込めないし、入りの時と出の時で極端な体重変化があった際は、呼び止められることになっている。
「アリシア。平和な日本の前世を持つお前にはつらいことかもしれないが、外の世界の人の命はすごく軽い。人身売買は当たり前に行われ、さも当然の如く貴族は奴隷を使いつぶす。命の重さは平等ではないんだ。」
お父様が淡々と告げる。「だからこそ、領主となる人間には、責務がある。最優先すべきは領民、同胞の生命、財産であること。覚悟がいる。そのためならば非情な決断を、命を奪う決断を、自らの手を汚してでも下す必要があること。領主への道は、誇れたものではない。輝かしいものではない。責務を全うするものだけが通る血塗られた道だ。」
「そうですか…。」
「ここからの案内は、キルシュバウム特務隊所属の彼にしてもらう。」
お父様に紹介されて、門の側で立っていた褐色短髪の大柄な男が敬礼した。
「俺…、いえ私は、キルシュバウム特務隊のマーティンと申します。姫が外の世界に出た際の裏方支援を仰せつかっております。諜報、謀略、暗殺、何なりとお申し付けください。」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。」
なるほど、彼が特務隊…いわゆる影の部隊ということかしら。私は笑みを浮かべて敬礼を返した。
「では、早速ですが、ご案内いたします。」
そう言って彼が先頭に立ち、建物の中に進んでいく。「本日は、3日前に許可なく領内に忍び込んだ罪。および、領内の人間を誘拐しようとした罪で捕らえた囚人52番に対し、刑を執行します。後者については、外患罪適応の対象であるため、昨日、死刑が確定しました。」
外からきたスパイが領内で犯罪行為、犯罪未遂を行うと外患罪が適応される。ちなみに、スパイを招き入れる行為は外患誘致罪になる。
ちゃんと法律に明記されていて、裁判まで行われる点、ファンタジー世界よりもしっかりと進んでいるわ。
「最近、王都におけるキルシュバウム産の穀物のシェアが増えたことで、スパイが増えたみたいでね。」
お父様が真剣な表情で言う。「キルシュバウムの秘密を知るために、奴隷をスパイに仕立てている輩もいるんだ。今回の囚人もそうだな。特殊な訓練を受けたわけではなく、ただの消耗品として、情報を得られたら儲けもの程度で送り込まれてきたのだろう。しかし、スパイはスパイ。罪は罪。余計な感情にとらわれず、法に基づいて判断し、民を守るのが領主の務め。」
ああ、消耗品扱いされるほどに外の世界の命は軽いんだ。
お父様が私を外に出したがらない理由がなんとなくわかった気がする。
私たちは一番奥の小部屋に入った。
既に囚人の首が半割の板を合わせた枷に挟まれ、執行の準備が整っている。
その囚人がギらりとした目で見つめてくる。
「これは今、アリシアがしないといけないことではない。気が向かなかったり、途中で気分が悪くなったりしたら止めていいからな。」
…お父様ありがとう。でも、お父様の言うとおり、いずれ外の世界に出たときに、例えば盗賊に襲われれば、命のやり取りを強いられる。避けては通れない道なのだから。
「大丈夫です。」
私は決意の目で返す。
「では、こちらで。」
そう言ってマーティンさんが渡してきたのは日本刀のような刀だった。
ギロチンとかじゃなくって、執行人が直接振り下ろすんですね。
私は両手で刀を持ち、呼吸を落ち着かせる。
「ご、誤解だ!俺は悪くないんだ!頼むよ妻と子が待っているんだ!」
途端に囚人が泣き出した。思わず、刀を握っていた手が緩む。戸惑ったのは一瞬だった。
だが、その一瞬で囚人は枷から首を抜き、すごい形相で私に掴みかかってきた。
「っ!?」
両手で首を絞められた。そのまま身体を持ち上げられる。
息が切れて…、魔法が使えないっ。
「アハハ!この小娘の命がしk」
ドン!っと囚人の力が緩んだ。
私は囚人の胸を蹴り、距離をとり、荒い呼吸を繰り返した。
「最後まで油断しない!」
鬼の形相のお母様が言う。
お母様が手刀を振り下ろしたんだ。
「…。すみませんでした。」
「相手も人間。気が引けるのはわかるわ。でもね、殺らなければ、殺られるのはこちら。放っておけば、こいつは領の子供を誘拐したかもしれない。村の井戸に毒を入れて多くの人を殺したかもしれない。貴女が躊躇して領民が犠牲になってはいけない。線引きを間違えないで。」
そう言ってお母様は囚人を押さえつけた。「100人の外の人間の命を奪ってでも、1人の領民を守るのが領主の使命よ。」
「はい…。」
私が落ち込む傍らで、マーティンさんが縄で囚人を拘束している。
慣れた手つきで顔をはたき、意識を戻させている。
その後、お母様とマーティンさんの指示に従って私がしたことについては自主規制するわ。
結果的にはいろいろと…、いたぶるようなことをしてしまったから。
気分が悪くなって吐くのは魔の森で初めて魔獣の腹を裂いて以来だ。
私は貧血で倒れたようで、守衛室でしばらく横になることになった。
「アリシア。もう大丈夫かい?」
気が付くと、お父様の顔がある。
まだ窓の外は明るいので、さほど時間は経っていないようだ。
「はい。ご迷惑をお掛けしました。」
私は改めて、自分の不甲斐なさを感じていた。
「うん。そのままでいいから。」
お父様は起き上がろうとする私を制止して話し始めた。「私も初めてここで執行したときは吐いたよ。その後、手の震えが止まらなかった。夜は眠れなかったよ。囚人の悲鳴が頭に残ってね。」
ああ、お父様も同じ経験をしたんだ。
そうですよね。前世の平和な世界しか知らない身でこれは吐く。
「でも、その囚人は盗賊でね。南の男爵領の村で暴虐の限りをつくした盗賊団に所属していた。元は王都の貧民らしくってさ。いろいろ苦労したのかもしれないが、自分が生きるためなら他人を殺すことくらい当然っていう考えを持っていた。ここで放せば、いずれウチの領民がどこかで被害にあうかもしれない。私は、そいつの命と領民の命を天秤にかけ、刑を執行したよ。」
お父様は感慨深げに続ける。「ただね。私も同じ刀を振り下ろしたんだが、コツがつかめなくってね。無駄に痛みを与えてしまったのかもしれない。で、思い悩んでいたら、2代目の爺さんから、『一思いに急所を振りぬいてやるのが、せめてもの情け』だと習ったよ。」
なるほど。
先ほどのお母様の指示にもちゃんと意味があったのだろう。
隠してはいたが、お母様、すごく嫌そうな顔していたし。一思いに振り抜くのが武士の情け。
それができなければ無駄に苦しめるだけだ。
私は身体を起こす。
「先ほどの囚人、どうなりましたか?」
「アリシアは、どうしたい?」
「もし、まだ苦しんでいるのでしたら、一思いに楽にさせてあげたいです。」
「うん。」
私の決意を聞いたお父様が席を立つ。「ついて来なさい。」
つまり、まだ生きているんだ。
私はお父様に連れられて先ほどの部屋に戻った。
部屋に戻ると、床は綺麗に洗われているが、囚人はそのまま横になっていた。
一応、傷口は布が当てられて止血されている。
私はマーティンに刀を要求する。
黙って差し出された刀。
私は刀を強く握りしめ、油断せずに、力いっぱい振り下ろしたのだった。
前世を思い出してからもう3年。初めのうちは、何か残せるものを探すために必死だった。意固地になって皆に迷惑もかけた。難題を与えられ、夢中になった。フウガと契約し、柄にもなく勇者なんて感謝されることになった。
いつも優しく見守ってくれる皆の暖かさに気づいた。いつしか、皆と一緒に過ごす日常を守ること、皆と笑いながら天寿を全うすることが目標になっていた。
そうして私はこれから、次期領主として新しい一歩を踏みだしていく。この先が例え血にまみれた道であっても、大切な皆との平凡な日々を守るためなら。
そんな私を後押しするかのように、今年も満開の桜が咲いた。
----------
2つの机が並ぶ執務室。
マーティンがまとめた報告書を読んでいたアリシアには気になることがあった。
「ところでお父様。第一王子と第二王子、宰相の息子に、騎士団長の息子。それから財務大臣の息子と娘。今から数年後には同じ学園に在籍することになるのですが、作為的なものを感じませんか?」
領主になることを目指すアリシアがセントレア学園に入学した際にうまく立ち回われるように調査された、要注意人物のリスト。都合がよすぎるほどに王国の有力者の子女が集まることになっている。
「ああ、私も気にはなったのだが、都合がよすぎるな。まるで…」
「「転生しちゃいました系の小説みたい(だな)。」」
お父様も同じ考えのようだ。「んじゃ、財務大臣の娘が悪役令嬢で、どこかからヒロインが出てきたりしてな。」
「ええ。じゃあ、前世の記憶を持つ私がヒロインかしら?」
「言っておくが、アリシアはキルシュバウムの宝だ。王国にはやらんからな。」
「あーはいはい。大丈夫。私もそんな人物たちに接触するつもりはないから。大抵そういう人たちって、家の権力を笠に着て高圧的に来るから苦手だし。」
私はキッパリと宣言した。「私は領主を継ぐ目的があって、社交界に、セントレア学園に出るのだから。」
「そうだな。でももし虐められたりしたら、相手が王子でも構わず反撃するんだ。王都では領主代理の権限で、法に基づいて行使していい。お前自身も領民…領の力を使って守られるべき存在だ。そして、何より皆がお前の幸せを祈っている。せっかくの2度目の人生だ。楽しんできてほしいな。」
「ありがとうございますお父様。そうですね。日常を謳歌するのも私の目標ですので。」
私はお父様の気遣いに改めて感謝する。
「しかし、この世界、アリシアが主人公の世界だったら良いのにな。アリシアが成長して、活躍して、幸せになるストーリーだ。」
「だったら、“ここからは学園編だー”とでもいうのかしら?」
「うむ。ちなみに第一部は“アリシア勇者伝説編”かな。」
そっちのほうが勘弁してほしいわ。と見かえすとお父様は意味ありげに笑みを浮かべている。全く、私が踏み出す新たな一歩が、後々の世界でゲームや小説にされたらどうするの。
私はお父様を小突く。幸せな午後が過ぎていった。
----------
パリンっと乾いた音が響く。
「そんな…。なんとかお断りさせてもらえないのですか…。」
王都にある公爵家公館。
食堂で会食をしていた令嬢は驚愕の声を上げ、持っていた姿絵を落としてしまった。
「イリーナ。この婚約は国王陛下の勅命で決まった決定事項だ。第一王子の病は日に日に悪化している。一方の第二王子は学が無い…。この国を安定させるために力を尽くすのが貴族の義務。理解してくれ…。」
令嬢の父親が言う。
「こ…これでは前回の“私”と同じ…。私が見たゲームと同じ…。悪役にされて…私は…っ。」
父親の様子は無視して頭をかき回す令嬢。
「どうした!?気分が悪いのか?」
娘の様子が変なことに気が付いたのか、父親は令嬢に寄り添った。
令嬢がその顔を見た瞬間、周囲の空気の温度が一気に下がった。さらには部屋の置物がカタカタと揺れる。
「い、いやああああっ!!!」
令嬢が叫ぶと同時に、公爵家公館の灯が全て吹き消えた。
新しい物語が始まろうとしていた。




