9話 本当の想い
「そろそろあいつも居なくなったかな」
総士は右手に持っていたコーヒーを飲み干し、カップを机の上におく。
「どうだろう。居なくなってて欲しいけど……」
咲はまだオレンジジュースが飲み終わっていない様だった。
「俺がいるから大丈夫」
「うん。そうだね。ありがと。にぃ」
咲は少し悲しそうなそして嬉しそうな顔だけじゃわからない複雑な表情をしながらそう言った。
何それ、超可愛いんだけど……
と、心の中で思っている兄の事など気づかずに。
「じゃあ、早速行くか?」
「ちょっと待って! このジュースだけ飲んじゃうから!」
ゴクゴクゴクとやけ酒の様に咲はオレンジジュースを飲み干した…
「飲み終わった!行こう!にぃ!」
机をバン!と叩きながら咲は立ち上がる。
それに1拍遅れて総士も立ち上がる。
「どうだ?居るか?」
咲は辺りをキョロキョロと見渡しながら
「いなそう…!」
その顔は笑顔のように見えた
「じゅあゆっくり楽しめるな」
「うん!」
そして2人は邪魔者がいない空間の中猫と戯れていた。
気づくと時間は18時を過ぎていた。
「にぃ!もうこんな時間だよ!?ママに怒られちゃうって!」
「やべぇ!もう間に合わないぞ!?」
「2人仲良く怒られよっか…」
咲は普通なら焦ったりするはず場面で微かに笑顔だった。
「ああ。そうだな」
一方で総士は咲の笑顔とは反対に絶望したような顔をしていた。
2人は家に着いた。その時刻は既に19時を過ぎていた。
「なぁ。なんかすげぇ嫌な予感しねぇか?」
「うん…やばそう」
家からは何か魔女でもいるかのような禍々しいオーラを放っていた。
咲と総士は足並みを揃え、2人でドアを開ける。
するとそこには…!
お化けがいた
髪が長く顔の全てを覆っていて、少し血のついた白い服を着て、手を前に伸ばしながらこちらのほうを見ている。
「ひゃゃゃゃゃゃゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!!!!!!!!!」
2人はどこから出たのか分からない叫び声をあげる
するとそのお化けは髪をどかした。
そして顔が明かされる。
母の顔だった…
「ですよね〜…」
咲の声は若干掠れたような声だった。
この後の展開は言うまでもなくこっぴどく叱られた…
午後八時
咲は風呂に入っていた。
身体は洗い終わっており、今は湯船に浸かっている状態だった。
(今日は災難だったな…)
咲にとって兄と過ごす一日は最高以外の言葉では表せないはずなのだが今日は例外だった。
兄との時間を邪魔された憎しみ、兄を心配させてしまった申し訳なさ…
これが咲を苦しめている原因だった。
(どうにか手を打たなきゃ……!)
そう咲は決意し風呂から出た。
一方総士の方は自分の部屋のベッドで複雑な気持ちになっていた。
妹にまとわりつく謎の男、そして自分の恋。
妹は中学生で総士は高校生なので直接何かをしてあげられない。そこが1番の難点だった。
そして自分の恋。
彼女の名前は未だに分からない。というか聞けないのだ。
出会ってからすぐなら名を聞いても不自然では無いのだが既に出会ってから月日が過ぎてしまっている。
それに彼女は1度弁当箱の件の時に名前を紙に書いておいてくれたのだが、その部分だけ破られていたので名前を確認できていない。
彼女が名前の部分を破ったにしては不自然なので別の誰かが破ったのだろう。
そうなると彼女は総士が自分の名前を知っていると思っているという事になる。
なのでここで名前を聞くと総士は彼女の名前を忘れてしまったということにされてしまう。
そんな中相手に名前を聞けるほど総士はコミュニケーション能力が高くない。
しょうもない理由に思えるかもしれないが総士にとってはかなり重い理由なのだ。
更にもうひとつ悩みがある。
彼女がいつか居なくなってしまう
そう考えてしまうのだ。実際居なくなってしまうのかどうかは分からない。
だが彼女は普通の人とは少し違う。
これは事実だ。みんなに見つからないように彼女は隠れて生きている。
ならもし、彼女という存在がみんなの記憶に残ってしまい、見つかった時彼女はどうするのだろう。
ここから先は考えたくもない。
もし考えてしまうと自分が自分で居られなくなるような気がする。
今でもこんなに胸が高鳴って爆発しそうなのに……
自分に未来予知の能力が無くて良かったと、幸せだと思う総士だった。