7話 彼女と正反対の私
咲は今日も兄である総士の事ばかり考えていた。
「この式を連立方程式と言うのです」
先生の声が聞こえてはいるが頭には入っていない。
(今までこんな事無かったのに……)
ここ1週間で大きく変わってしまったのだ。
兄に好きな人が出来た事で兄はそっちに夢中になり咲の方にあまり目を向けなくなってしまった。兄は謎の少女の話をよくしていた。彼女が黒髪ロングの清楚な子とか、少し抜けてる天然な所があるとか……
咲は若干茶色がかった髪でショートカットだった。そして兄の前では普段しっかり者のようにキツい口調で当たったりなど彼女とは正反対だった。
にぃ…… 心の中で呟く。これ程までに兄を意識した事は無かったがために咲の頭の中は混乱しまくっていた。
家に帰るとお母さんが食事の準備をしていた。
「ただいま……」
流石は親だ。咲の元気の無さを感じ取り
「どうしたの?何か困り事?」
「いや、そういう訳じゃないんだけど……」
そして咲は一息空け、
「あの、お母さんはさ。もし自分の好きな人に自分じゃない別の好きな人がいたらどうする?」
「私はそっと見てるわね。男は単純ですぐに口説けると言うけれど1度好きになった人をそう簡単に捨てることはしない。だからね、私はそっと見守ってたわ。内心相手の事を恨みながらね」
お母さんは笑いながら自分の過去と交えて説明をしてくれた。
「そっか……ありがと」
咲は自室へと戻る。
(見守るか……でも見守ってばっかで私のとこからにぃが離れちゃったらどうしよう……)
咲は今日も亀のぬいぐるみに顔を沈めて悩んでいた。
「んー! いい天気だなぁ! 」
「そうだね。 にぃ」
今日は久々に兄妹2人だけで遊園地に来ている。というのも先日父親から、
「いやー会社で遊園地のチケットを貰ったんだが、2枚しかなくてな。総士と咲、2人で行ってきたらどうだ?」
と、言われチケットを貰ったのだ。咲は嬉しさのあまりその場でガッツポーズをしたかったがそっと胸の内に留めておいた。
「にぃ、あれ乗ろ!」
そういいながら咲は兄、総士の腕を掴む。
総士の身長は175センチ程あるので140センチ代の咲といると犯罪者のように総士は見られることも少なくはない。当然だろう。
そして今回も周りからは見てはいけないものを見ているような目で見られている。
総士はそれをあまりよく思ってはいないが、咲は周りからどうみられているのかが面白くてしょうが無かった。咲はまだ自分の兄が犯罪者のような目でみられている事に気づいてないため、自分の本心のままに無邪気に兄に向かって話しているだけだった。
今日の咲には作戦がある。
お化け屋敷ドキドキ大作戦!!
これだ。咲はよくある作戦とは気づかずに
我ながらいい作戦だ……
と自負していた。
「にぃ、お化け屋敷いかない?」
咲はワクワクしながら聞いた。
「いかない」
総士は即答した。
「なんで!?にぃ!」
「怖いから……」
忘れていた。総士は虫などは平気だが 幽霊などになるとその場から走り去るくらい苦手なのだ。
「だ、大丈夫だよ!死ぬわけじゃないんだし!」
咲は必死に弁解していた。その必死さが伝わったのだろう。総士は笑顔で
「分かったよ」
顔は笑っていたが内心はとても怖がっていた。
(妹に守られる兄ってそれもう兄なのか?)
総士はそのことも不安だった。
お化け屋敷の中は当然ながら暗く、音がなく不気味だった。
「わー怖いよー。にぃ助けてー」
咲はお化けなど怖くないのでどんな発言も棒読みになってしまう。
「あれ?にぃ?」
総士の反応がない…… 気になり後ろを振り返るとそこには今にも死にそうな兄の姿があった。
足は震え、顔は青ざめていた。 咲はそんな兄の腕を握って、
「にぃ、大丈夫。私がついてるから……」
咲は顔を赤らめながらそう言った。今の総士にその言葉は響かない。それが分かっていたからこそ出てしまった言葉なのだろう。
(この言葉は最後までとっておくつもりだったのに……)
咲はちょっぴり後悔をしていた。
今にも死にそうな兄を連れながら。