第90話 己が見るのは過去か未来か
「うぉりやぁぁぁぁ!!」
オッサンが大上段から武器にしていた棒を振り下ろし、キザシに叩きつけようとする、が
「大振り過ぎて当たらないよ」
キザシはそれを難なく避ける。だがオッサンもそれは予見していたようで
「ふんぬ!!」
大上段からの空振りが地面に叩きつけられる前に、そのまま体をよじるような動きを見せ、そのまま地面スレスレから横なぎに、厳密にいえば斜め上方向に払うような軌道に無理矢理変更する。
「……やるね」
そして、その切っ先はギリギリながらキザシを捉えたようだ。棒の一撃が掠り、キザシはニヤリと笑う。
「それじゃ、俺の番だね。俺の攻撃、受けてみな」
キザシはそう宣言すると、一見、軽く1発の攻撃をオッサンに放ったように、見えた。
――カァン!! と、1発の軽い攻撃にしては大きな音が聞こえた。
「ん?なんだ今の攻撃」外を警戒していたアリオンは、まあ、分からなくても仕方ないか。
「今の短い間に、複数発以上の攻撃を放ったのは分かったが、何発の攻撃を放ったのか……見えなかった」先輩も分からなかったのか……
「俺も、3発までしか分からなかった」俺も正直に言う
「いや、4発だな。1発捌き損ねて腕に掠った」オッサンがそう申告するが、なるほど確かに、腕に傷が増えてる。
「いや残念。今の攻撃は……5発だよ」キザシがそう宣言した瞬間
――オッサンの太ももあたりに、一筋の切り傷が入り、血を流し始めた。
「くそ、気が付かなかった!! やるな、お前……だが流石に、それ以上は繰り出せないんじゃないか?」
オッサンはその傷口を見てもなお、余裕の表情をキザシに向ける。
正直、力押しのオッサンとスピードのキザシ、俺の前から見ればオッサンが速度で負けてるキザシに押される様子しか想像できないのだが……
「そうだね、キミの力押しの攻撃でやられる、とは思わないけど、それでもキミを攻撃する時のこの反動の衝撃はきついね。どれだけ無駄に体鍛えればそうなるの?」
キザシはキザシで、苦笑いしながら両手に持った双剣ごと、手をプランプラン振っている。痺れた、とでも言わんばかりに。
おそらく、オッサンを斬った時や、攻撃を受け止められた時に、オッサンのバカ力を剣で受け止めるような形になったのだろう。
「なるほど、これがイザーク……母さんを50年近く守ってくれた力か……」
「そういうお前も、ここまで強い奴今まで会った事無いぞ、どれだけ鍛錬したんだ?」
これはお互いの尊厳をかけた戦い、のはずだ。だがその一方で、オッサんとキザシからは楽しむような、お互いを値踏みするような応酬がちょっとの間続いている。
オッサンとキザシ、言い換えるなら現イザークと元イザーク。事情はキザシとオッサン以外は又聞きなので厳密には分からないものの、元イザークは奪われた過去を取り戻すため、現イザークは奪われた未来を取り戻すため、といったところか?
「一度こうやって力を交えて確信した!! イザーク、お前は俺が倒すべき相手だ!! 俺は、奪われた過去を取り戻す!! そのため、貴様に奪われた僕の名、返してもらう!!」
キザシは改めてイザークにそう宣言する……が、イザークはどこか悲しそうな、そんな表情でキザシを見ている……
「俺、お袋に教えられた事があるんだ。どんなに望んでも、失われた過去は戻ってこないって。やってくるのは未来だけで、俺達に出来る事はより良い未来を選ぶ事しか出来ないって……だから」
オッサンはそう語っているが、その間、オッサンの持ってる棒が光っているように見える……ん?あの棒、どこかで見たような……そんな俺の考えをよそに、オッサンは語り続ける。
「キザシ、お袋の息子として、そして、一緒に暮らした事も無いが兄弟として、過去に縋るだけのお前を止める!! そして、俺と一緒に未来を見てもらう!!」
「未来? 笑わせる!! 人生の半分以上を捨てさせられた俺が、未来の何を期待しろと言うのだ!!」
「生い先が短い俺達だからこそ、俺達にしか見えないものがある。だからキザシ、お前にも付き合ってもらうぞ……未来を切り拓く若者を助ける役目を!!」
その言葉は親を殺した仇に向けた言葉というよりもまるで駄々をこねる弟を諭すように投げかけられる。これはまさに……兄弟喧嘩。
「う、うるさい!! 俺は奪われた過去を取り戻す!! 邪魔をするなら、たとえ家族だろうと容赦しない!!」
キザシは若干狼狽えながらもそう答える。自ら親を殺してしまった結果、考えを改める事が出来ないのかもしれない、そう感じ取ったのだろうか、オッサンが言葉を続ける。
「そう、俺もお袋に助けられるまではそうだった。だからお前の気持ちも分かる。でもな、お袋に救われた俺だからこそその考えは空しい事を知っている。お前の親だったお袋から俺が教えられた事を、お袋に代わって俺がお前に教えてやる、だから……」
オッサンの持ってる棒が、徐々に光を強く放つようになった。
最初は俺だけが認識していたようだが、次第に先輩、アリオンにも分かるようになったのか、2人とも困惑したような動きを見せている。表情は見えないが、恐らく目を丸くしているのだろう。
「憎しみではない、今はただ、道を外しかけている兄弟を導くための力として、俺はこの力を使う!!」
オッサンがそう宣言すると、先ほどまでの棒が光り形を変える。その形はまさしく戦斧。どうやら、先輩の剣と同じように、斧がオッサンに呼応して変形し、元の形を取り戻したようだ……つまり……
「変……身!!」
オッサンもまた、先輩達と同じように、変身を始めた。




