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第88話 決闘に向かうのは誰だ?

 イザークは力が抜けた老婆の体を強く抱きしめる。老婆の体はまだ温かいものの、すぐに体温が抜けてしまうだろう。そう思うと、イザークは、今すぐにこの体を手放す気にはなれなかった。


 様々な感情がイザークの中に生まれては消えていく。悲しみか、怒りか、それとも別の何かか。


 親を失い、途方に暮れていたイザークを助けてくれた老婆。その喜び、そして家族団欒。


 思い起こせば、親を亡くした瞬間に奪われた全てを、再び与えてくれたのがこの老婆であった。


 そして今、再び親を失う悲しみも……だがどういう事だ、あの時よりも辛く、胸が張り裂けそうだ。覚悟はしていたし、最期の挨拶もとっくに済ませてある。それなのに……


「う……うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 イザークはこれまで出した事の無いほど大きな声を出し、叫んだ。その叫び声は泣いているようにも、怪物が怒っているようにも聞こえ、その声は、街中に響き渡るほどであった。


 イザークの声で纏いを覆っていた炎が大きく揺らめき、そして消えた。

 その声は天まで届いたのか、先ほどまで月明りが照らしていた空は厚い雲に覆われ、ぽつりぽつりと雨を降らせた。


「な、何?この声は!?」

 イザークの叫び声は馬車の待機場兼避難所となっていた旧乗合馬車組合の建物の中にまで響き渡り、その声を聴いたリリカ達も何事かとアタフタしている。

 そんな中、イザークと長い時間を過ごしていたルリだけが、その声の意味するところを理解し、涙を流していた。


「イザーク!! どうした!? 無事か!?」

「イザークさん!!」

「オッサン!!」

『声がすごいよ……って、おばあちゃん!!』


 各方面の魔法使いを制し、変身したままのレオ、レイス、アリオン、フェンが駆けこんできたが、その光景を見て絶句している。

 レオはドラゴンの形態に変身していた。それだけ、自分の身を顧みずに魔法を放ちまくる魔法使いに苦戦したという事だ。


「……おう、お前らか。終わったのか?」


 イザークは顔を伏せたまま、レオ達にそう問いかける。


「ああ、魔法使いは片付いた。後はキザシとかいう男だけだ。それよりも、そのおばあさん……」

「最期は笑顔で旅立ったよ……俺に無茶なお願いしてな。ほんと、このばーさん……お袋は……」


 お袋、イザークがそう言い直した事で皆が理解をする。

 仲の良いだけではなく、イザークはこの老婆に育てられた子供だったのだと。


「レオ、レイス、アリオン、フェン、済まない。恐らくそのキザシという男、俺にも因縁がある相手のようだ……俺にやらせろ」


 イザークがそう告げるが、誰も返答出来ない。

 アリオンはそのキザシという男を見てはいないが、恐らくこの魔法使い集団の親玉とかそういう類いの人間なのだろう。イザークが生身でやたら強いのは知っていたが、そんな相手に単身挑む事を許せないのだ。


 レイスも浅からぬ因縁がある。正直自分で決着を付けたいのだ、それに……


「ダメだ、あいつらの狙いは僕の剣だ。だからこそ、この街に対してのせめてもの罪滅ぼしに、僕が奴を討つ!!」


「あいつは……キザシとかいう野郎は剣が無くてもこの街を滅ぼそうとしただろうよ……剣はあくまで、街を襲撃する大義名分に過ぎない」


 ふと見れば、フェンが大狼のまま、老婆の頬をペロペロと舐めている。

 幻獣と人間という事で、価値観や行動が違えど、弔っているようにも見えた。


「駄目だ!! 変身能力もない生身の貴方を戦わせるわけにはいかない!!」


 レイスとイザークの意見は平行線、アリオンもどちらに味方すべきか分からず、困っているようであった。


***


 そんな光景を見ながら、俺は俺に憑依しているドラゴに意見を求めた。


「こういう時は、どうすればいいんだろうな?」


 するとドラゴが事も無げに俺に答えてくる。


「そんなの、このオッサンに戦わせるのが良いに決まってるっすよ」

「ほう、そのこころは?」

「うーん、直接言いたいので、一回変身解除をお願いします」

「ああ、わかった」


 俺はドラゴンからフェンリルナイトに変身(フォームチェンジ)し、そのままドラゴを呼び出す。


「あのー、ちょっといいっすか?」


 突如として現れたドラゴに、アリオンとレイスが目を丸くしたように感じた。フルフェイスだと表情見えなくて厄介だなぁ。


「心配ない、味方だよ。俺のドラゴンの時にサポートしてくれてるドラゴだ」


 下手に敵扱いされてもアレなので、紹介しておく。


「あ、ああ。ドラゴくん。何か意見があるのかな?」


 先輩が驚きつつも繕って応答してくれる。おかげでドラゴが意見しやすくなったようだ。ドラゴはそのまま続ける。


「恐らく、この中でそのキザシ、とかいう男に一番大切な物を奪われたのは、そのオッサンだと思うんですよ。だから、誰か一人がタイマン張るならそのオッサンが行くべきだと思うっす」


「なるほど、だが僕も、奴に騎士としての誇りを奪われた訳だが」

「そこの金髪のニーサンは、騎士としての誇りを取り戻してるじゃないっすか?」

「……何故、そう思うかね?」


 先輩に詰められ、ドラゴは頭を掻きながら


「ニーサンにはグリフォンが力を貸してるじゃないっすか? 幻獣って、そういう信念なんかを忘れた人間には力を貸さないっすよ」

「ぐっ!!」


 思い当たるフシがあるらしい。


「だから、そこのオッサンが戦う。だけど、相手が正々堂々と勝負をしているか、それをニーサンに監視していて欲しいっす。こんな風に街を襲撃する汚い連中だから、決闘に何かニーサンの騎士道に反する事を認めたら助太刀すればいいだけっす」


「つまり、見届け人という事か」


「そういう事っす。そんで、旦那のご友人、あんたには邪魔が入らないよう、外を警戒しておいてほしいっす」

「え?外を?」

「外から横やりを入れられないよう、警戒してほしいっす」

「わ、わかった」


 どうやら話がまとまったようだ。俺の周囲の人が自ら危険に飛び込むのを見守るだけと言うのは内心、辛い所はあるものの、恐らくこれは、オッサンが自ら乗り越えないといけない類いの物なのだろう。


――そして、老婆が安らかに眠るために必要な事なのかもしれない。


(あ、旦那、旦那は旦那で、身構えててくださいね)


 皆に聞こえないような小さい声で、ドラゴが囁く。どうしたというのか。


(大々的に街を襲撃した奴らにしては、これまでの襲撃行動が無計画過ぎるっす。何か奥の手があった場合、旦那じゃないと対応出来ないような物があるかもしれないっす)

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