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第86話 本の獣

「おいアリオン!! 支援が弱いぞ!! もっとちゃんとやれ!!」


「わかった!!」


 イザークが前に立ち後ろからアリオンが追随する形で進んでいるが、アリオンはイザークの速度に付いて行くのだけで精いっぱいだ。

 悔しいが、悔しがっている余裕すらアリオンには残っていない。

 情けない、全力で戦うと言っておきながらこの体たらく。


「おらおら、さっさとしろ、1匹お前を狙ってるぞ!!」


 イザークからそう告げられ、アイオンは警戒心を高め周囲を見渡す……居た!!


 アリオンは得意な土の魔法で敵を閉じ込める。このまま固めてしまえば、問題ない。


「よし、イザーク、こっちは大丈夫だ!!」


「偉そうに言ってる暇があるならさっさとこっちに来い……おいアリオン、気をつけろ!!」

「え?」


 イザークにそう呼びかけられ、思わず振り返るアリオン、すると……


――ドォォォン!!


 先ほど土に生き埋めにした敵が、爆発魔法で生き埋めにしていた土くれを吹き飛ばしており、炎を纏った土くれが辺りに飛散する。そのうちのいくつかがアリオンにも降りかかっていた。


「くそっ!!」


 アリオンは必死に風魔法を操り、土くれの直撃だけは避けた、だが……


「あつっ!!」


 アリオンの周囲に炎を纏った土くれが着弾し、アリオンと先ほど爆発を引き起こした魔法使いの2人が炎に取り囲まれ、身動きが出来なくなる。


「アリオン!!」


 イザークはそう叫ぶものの、魔法使いと競り合ってる以上、助けには行けない。その間にもアリオンを襲っていた魔法使いは体を燃やしながらもアリオンを視界に収めている。


 このままではアリオンは敵の魔法使いに倒されるか、または一緒に燃え尽きるか。

 どちらにせよ、絶対絶命であった。


***


(くそ、俺は本当に足手まといじゃないか……)


 こんなところでただやられるつもりはない、だが……アリオンは様々な事を思い出す。

 ここ数か月で人生の大変な出来事が全部襲ってきたのではないか、そんな気さえしてくる。

 この街の襲撃もそうだし、その前の牛の魔獣、その前には……馬車が襲撃されたと思ったら、ドラゴンと戦う事になった。


 そしてさらに恐ろしい事に、レオはさらに何回も戦いを潜り抜けてきたというのだ。


 ああ、レオにこれ返さないといけないな、と、ポケットに入れたままの音叉を取り出す。

 先日の牛の魔獣との戦いでレオが吹き飛ばされた際、レオが落としていたのを拾っていたのだが、返すタイミングを逃していたのだ。


 ふとレオが俺に言った一言を思い出す。


――一人でドラゴンに立ち向かう方が度胸あると思うけどなー


 あの時は入学の時のワクワク感で聞き逃していたが、今思い返すと……レオは元から、アリオンを足手まといとは思っても居なかったし、レイスもイザークも認めてはいたのだ。


(何だ、焦っていたのは俺だけか……今さら気が付いてももう遅い……俺は、この窮地を乗り越えるだけの手段が思いつかない……)


『力が、欲しいか?』


 そんな諦め半分のアリオンの脳裏に、声が響いて来た。


「誰だ?」

『我は貴様の中に宿る魔獣である。我が力を貸そう。だが、その力の代償を支払う覚悟が、貴様にあるかな?』

「代償、だと?」

『そうだな……我が力を貸す代わりに、貴様の寿命の半分をもらおうか……』

「わかった、どうすればいい?」


 アリオンは即答した。


『貴様……即答したな……もうちょっと躊躇ってもいいんじゃないか?』

「未来がどうなるかなんて、誰にも分からないさ、だけどな……」


 アリオンは周囲を見渡す。相変わらず炎に取り囲まれ逃げ場が無い上に、目の前には炎で焼かれながらもアリオンを殺そうとする魔法使いの姿が見て取れる。


「今を全力で乗り切らなければ、そもそも明日も無い!!」

『わははは!! よかろう!! その手に持った音叉を鳴らすがよい!!』


 この音叉がどのような力を持っているのか、それはよくわからない、だが……


――最後の瞬間まで、俺は足掻く!!


――チーン……


 その瞬間にアリオンを襲う頭痛。この頭痛はそう……あのドラゴン戦の前に感じた事のあるような頭痛……例えるなら、体から異物が出そうなのになかなか出てこない、そんな感じ


『そうだ、その音叉は現世と精神世界を繋ぐための道具である。だが……我は自ら動くことが出来ぬ、だから』


 謎の声はアリオンにもう一つリクエストを出してきた。


『何か、貴様が我の力を使うためのキーワードとなる一言を叫べ。我がそれに呼応してお主に力を貸そう』


……戦うための力を借りる際のキーワード、それならば……最初から決まってる。アリオンは思いきり叫んだ。


変身!!(へんしん)


『ほう、あの者たちと似たような事をしたいのだな。よかろう、我は魔導書の幻獣ピカトリクス。貴様に力を貸そう』


(そうか、俺の中に居たのは魔導書の幻獣か……ん? 魔導書なのに幻獣?)


『余計な事は考えるな、いざ変身だ』


***


 魔法使いを完膚なきまでに叩きのめし、イザークはアリオンの元に駆け寄ろうとする……が


「くっ!!」


 炎が邪魔でアリオンの元までたどり着けない。今は1秒でも時間が惜しいのに、消火活動などしている場合ではない。


「アリオン!! 生きてるか!? 生きてたら返事しろ!!」


 イザークはアリオンを守るつもりでいた。それなのに、このような事に巻き込んでしまうとは……自分も大人しく、馬車の待合で待てばよかったのだ……そうしたらこんな事には……


 イザークの顔に、空から水が降ってくる。とは言え、もう遅い……今さら雨が降っても、火が消えるまでアリオンが耐えられるとも思えない……


「俺は無事だよ、イザーク」


 ふと炎の中からそう声を掛けられた。よかった、無事だったんだな、とイザークが顔を上げると……


 茶色い冒険者っぽい服と、マントに顔面フルフェイス、額には角?触覚?のようなものが生えており、首周りにはよくわからないが、呪文文字のような紋様が描かれている謎の男が……いや、イザークはさっきレオたちが変身したのを見てたから、同類だと分かってはいるのだが……


 その男が右手で風魔法を、左手で水魔法を操り、周囲にまき散らし火を消しているのだ。


(さっきの雨はそういう事だったんだな……でも)


 イザークは混乱している。常識的に考えて、あんな変身とかいう行動が取れる奴が、そうそう居るわけがない。


「そこのキミ!! そこに頼りない感じの男の子居なかったか?」


「ひどいなイザーク、俺の事そんな風に見てたのかよ」


 目の前の男がそう告げる。アリオンの声で。つまり、アリオンもレオ達と同じような事をした訳だ。


「でも見てよ。見た目は地味だし、使える能力といったら、運動能力は上がってるけど、異なる属性の魔法を同時に放てるだけなんだぜ」


 この世界の魔法は呪文が存在しない。だからこそ、使う時には属性をちゃんと明確に認識して使わないといけないのが常識だ。異なる属性の魔法を同時に使うとなると、思考が追い付かないのだ。


 だから、複数属性の魔法を同時に操れるのは非常に優れた技術なのだが……


「無事ならよかった。あらかた避難も済んだようだし、俺達もこのまま戻るか?」

「いや、せっかく変身したんだ。レオたちの助けに行きたい。それに……」


 アリオンはイザークを見る。イザークの足を引っ張ってしまったのはアリオンでも分かるし、イザークのこの「戻る」発言は、アリオンを気遣っての事だという事も……それに


「心配かけたな、俺はこの通り戦う力を得たから、イザークはイザークのやりたいようにやってくれ」


「何を?」


「迎えに行くんだろ? 次が来る前に行ってくれ!!」


 イザークがどうしても避難させたい人……あの老婆の所に。


「わ、分かった!! お前も無理はするなよ!!」


 イザークはそう言い残して走って行った……さて、とアリオンは後ろを振り返る。


「待たせたな、ここから先は、俺が相手だ!!」


 陰に隠れて様子を伺っていた魔法使いが2人、アリオンに襲い掛かる。

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