第84話 それぞれの覚悟
アリオン達が馬車を係留していた元乗合馬車の組合の建物に到着した時、そこは非常に激しい混乱に晒されていた。
「皆さん、落ち着いてください!! 皆さんが避難するだけの馬車はあります!! どうか、順番を守って乗り込んでください!!」
襲撃を受け、避難してきた住人達を落ち着けようと執政官がそう叫びながら住人を説得しているようだ。そして、その外では激しい戦いが繰り広げられているような音が断続的に聞こえてくる。
不安なのだ、皆も……。
「王女様、大変申し訳ありません。この混乱の中、王女様から先に撤退していただきたいのは山々なのですが……」
執政官は申し訳なさそうにシャーロットに告げる。だが、シャーロットもそれくらいは理解している。
「分かっております。住人の安全を最優先に行動してください」
「はっ!!」
シャーロットからそう告げられた執政官は住人を落ち着けるよう呼びかける作業に戻った、だが、こうなると……
「俺達の馬車が出せるのは最後だろうな……仕方ない、レイスの坊ちゃん、悪いがこれ、借りるぜ」
イザークはレイスの荷物からはみ出した棒状の物を取り出す。レイスが回収しておいた、牡牛斧のグリップ部分だが、棒術的な使い方くらい出来るだろう。
「イザークさん、何を……?」
ルリがイザークにそう声を掛ける。そのルリにニヤリと笑いかけ
「俺はこの中では年長者なものでね、若者を救うために命を張るくらいやりたくなるのさ」
アリオンはその光景を見て、先ほどとは違った悔しさを感じる。
レオはものすごい戦う力を持っているから皆を守るために戦っている。
先輩も人を助けるために戦おうとしている。
そして、今度は馬車の御者のオッサンが命を懸けようとしている。
魔法の力が無いからとか、そんな事だけで自分が仲間と思っていた皆から足手まといだと思われているような、そんな思いに駆られてしまったのだ。
「お、俺も!!」
「駄目だ!! 坊ちゃんは皆と一緒にここで待ってろ!!」
確かに、皆を守るためにここにいるべき人間も必要だろう、だが……アリオンは先ほどのレオたちを思い出す。
レオは決して、力があるからとそれを誇示するような人間ではなかった。むしろ、争いを好まないタイプの人間だ。そんなレオが戦う時、それは……自分の仲間や大切な人、そんな人たちが害された時だけだった。
それでもこの惨状で人を助けるために戦いに身を投じたのだ。それはアリオンにとっても看過できない事である。
自分の領地そして、自分の領民を守るためと教育を受けてきた。だが自分の領地も仲間もない、ただ単に困ってる人を助けたい。そう思ったからこそレオは戦う事を決心したのだろう。
若さ故の下手な正義感からくるものかもしれない。本当はレオの方が間違ってるのかもしれない。だが……そんな光景を見せられて、今のアリオンが黙っていられるわけはなかった。
「御者のオッサン、絶対に足手まといにはならない!! だから、俺を連れていけ!!」
「……いいとこの坊ちゃんが、何で縁も所縁もない土地の為に危険を冒そうとするんだ?」
話してみろ、といった様子で、イザークはアリオンを見る。覚悟を試しているのだ。
「俺は確かに、自分の領民を守れるようになれとは言われた。だが……目の前に困ってる人たちが居るのに、それを見捨てる事が正解とは思えない。目の前の人一人も救えなくて、自分の領地が守れるわけないだろ」
「……はぁ……」
イザークはため息を吐く。もしかして、理由が理由になってないのか? 実際、アリオンも理由としてこれが正しいのかどうか、分からない。それでも
――困った人を見て、見捨てずに助けに行った、友人と肩を並べられるほどの人間になりたい。
「いいか、アリオン。逃げ遅れた人が居ないかだけ、確認する。俺をサポートしろ!!」
「オッサン? あれ? 俺の事を名前で……?」
「俺の事はイザークと呼べ……背中、しばらくの間預けるぞ」
「!! ああ!! 任せろ!!」
(ただの坊ちゃんが偉そうに人のために戦いたいとか言って来るとはな……へっ、そういう熱いの、嫌いじゃねぇぜ)
自分を助けてくれたばーさん、そして、兄弟姉妹として一緒に過ごしたたくさんの仲間。そんな仲間のために、一番の年上で皆のまとめ役であったイザークはしばしば、こうやって血気盛んな弟分の面倒を見ていたことがあったので分かっていた。
(坊ちゃんが、独り立ちするために必要な試練に臨もうってところだ。一人前の男として、扱ってやらないとな)
***
一方その頃……
「くっ!! 数が多い!! それにこいつら、恐怖心と言う物が無いのか!?」
「先輩!! そいつらは人間と思わないほうがいい!! 命尽きるまで、ただ魔法で相手を攻撃する事しか頭に無い奴らだ!! もうちょっと粘ってくれ!!」
今にもやられそうな兵士と住民を庇い、そのまま5人の魔法使いと戦う事になった俺と先輩は5人の魔法使いにてこずっていた。
「先輩!! 先輩は防御と相手への挑発を!! こいつらは俺が倒す!!」
俺がそう宣言し、魔法使いを1人1人潰していく。だが、魔法使いはおよそ人間の形を崩されても魔法攻撃をしてくる。はっきりいって厄介だ。
「レオ、それは構わないけど、まとめて一掃出来ないのか!? っと!!」
先輩がそう言ってくる。先輩は守りに徹してもらってる関係上、俺の戦闘終了まで緊張感を切らす事が出来ないのだ。それに、俺のマジシャンの能力も分かってるから、敵をまとめて屠る事が可能だろうと思ってるのだろう。
「俺もそうしたいのは山々なんだけど、こいつら無駄に魔力だけ高くて……マジシャンの魔法がマトモに通らないんだ!!」
実は先ほどマジシャンの水の剣で薙ぎ払おうとしたのだが、これが通らなかった。厳密には周囲が燃えているのも原因だろうが、水は消火してからじゃないと使えなさそうだ。
それならばと風の移動速度と手数で押そうともしたのだが、俺の動きに炎が吸い込まれ、俺が火傷するだけになってしまった。正直、背中がちょっと痛い。
「ほーん、こいつがフェンリルナイトか……つええけど、贄に翻弄されてて言うほどでは無いな」
そんな魔法使いの後ろから、20代後半くらいの見た目の男が1人出てきた。態度と言動からするに、ここの住人ではないようだ。
「……!! 貴様!!」
先輩がその男を見据え、驚いたような声を上げる。何だ?
「ん? ああ、そこの派手なのが天秤剣を渡したレイス君か。やっほ、剣を取り戻しに来たよ。ついでにお代として、君たちの命ももらいに、ね」
「何だと!!」
「落ち着け先輩!! 乗せられるな!!」
男は飄々とした様子でそんな事を言う。先輩がその言葉に突っかかり、今にも飛び出しそうになるのを制する。
剣を渡された時に何があったのかは知らないが、ここでこの男のペースに乗せられるのはマズい。それに……直感的に分かる。この男、強い。
「ふーん、フェンリルナイトくんは冷静なんだねー。よかったよかった、殺し甲斐がありそうな奴で。それじゃ俺はちょっと行くところあるから、それまで俺の道具の贄と遊んでてね!! 大丈夫、そんなに待たせないから」
そう言うと男は背中をこちらに向ける。
「行かせるか!! っ!!」
先輩がそう言おうとしたところで、魔法使い……男が「贄」と呼んだのがさらに10人程追加される。
先程の5人はなんとか捌いたが、さらに倍……
『主!! サポートに来たよ!!』
フェンがサポートに到着したため、ドラゴンの力が使えるようにはなったが……それでも、この場を乗り切るには聊か時間が掛かりそうだ。
***
キザシはフェンリルナイト達と別れ、そのまま路地裏の通りに入る。
キザシにはこの街が消滅する前に、行っておきたい所があったのだ。
それは、キザシが星導教会でこのような事をするようになったきっかけ、始まりの場所。
夜更けの時間帯にもかかわらず、大災害のため周囲が燃えており、昼間と比べても遜色無いほど明るい街中、そこにポツンとある小さな食堂。
流石に避難しているか……? いや、この家主の性格から考えると、最期の時までこの場所を動かないだろう。
ガラガラッ、とキザシは50年ぶりくらいにその店の扉を開ける。そこには、来訪者を予見したのか、それとも最期は店と一緒に、と思ったのか、店主の老婆がいつも通り、カウンター内で椅子に座って待っていた。
「何だい……こんな深夜に。避難をしろってんならお断りだよ……っ!!」
老婆がキザシの顔を見、そして驚愕の表情に変わる。そして、そのまま瞳に涙を浮かばせ、声を詰まらせながら言葉を続ける。
「……イザーク……本当に、イザークなのかい!?」
「うん、俺がイザークだよ、ただいま、母さん」




