第80話 老婆とオッサン
「あんた、その小さい子の兄ちゃんかい? ちゃんと面倒見てやるんだよ? そこにいる年だけ取ったクソガキも面倒見だけはよかったからね」
「ばーさん、そいつらに変な事を吹き込むなよ」
食事が終わり、俺達が皿を下げに来たところで、俺は老婆に小包を渡されながらそう言われた。それを聞いてイザークのオッサンが苦い顔をしながらそう告げたように、お小言なのか世話焼き老婆の一言かはわからないような一言と一緒にお弁当を渡されたのだ。
「じゃあな、ばーさん、元気でな……」
「はん! ようやっと、最後の子が親離れしたさね。これで思い残す事無く天国に旅立てるさね」
「おいおい、また縁起でもない事を……」
「ふっ、だけど……」
老婆はオッサンを見つめ、ニコっと微笑みかけ
「この街で働いてる時はどこか不満げだったけど……吹っ切れたみたいな顔してるね。その顔を見れただけで十分さ」
「……ああ、目を覚ましてくれた恩人が居たものでね」
2人の間に流れる空気は他人が容易に入り込めるものではなく、俺らは「ごちそうさまでしたー」と言いながらも店を後にした。
まあ、そんな2人のやり取りを見るに、行きつけの客と店主、を超えた仲なのだろうとは思ったが、そこをわざわざ突く必要もなかろう。
「レオ君レオ君レオ君!!」
お店を出たら、そのお店を呆然と眺めていたセラだが、急に俺に詰め寄ってきた。一体何があったのか……
「このお店、私の行きたかったお店の一つだよ! ほら!」
と、セラは俺にノートを見せてくれる。そしてその情報によると……
ふむ、街の中央からちょっと外れた所にあり、老婆が切り盛りするこじんまりとした食堂、か。
セラから見せられた情報から判断すると、確かにこのお店であろう。だが、その情報よりも気になる情報が記載されていた。
――店主の健康上の都合で休業日となる日が多い
そりゃ、今回の旅のメンバーの中ではイザークのオッサンが一番の年上であり、イザークのオッサンの年齢だと、親の世代を通り越して祖父の世代ととらえてもおかしくないような子もいるわけだ。
そんなオッサンがばーさんと慕う老婆、年齢的にも健康上の都合で店をたたんでしまってもおかしくはないのだろう。
そういえば、薬師連盟で聞いたな。あの薬草、フロウ草は不老を体現したかのような効能が見込まれるとか……
「レオ、変な事は考えるなよ?」
イザークのオッサンが後ろから俺にそう声を掛けてくる。
「オッサン、もういいのか?」
「ああ、既に別れの挨拶はとうの昔に済ませてるんだ。今日の再開は……幸せな夢だったと思っておくさ」
別れは済ませている……つまり、オッサンは再会するつもりはなくて……。
「レオ、別に俺はばーさんとケンカ別れしたとか、そういう訳じゃないぞ? 大人として独り立ちしたから、親元にはもう戻らない、そんなところだな」
「でも、今回再会する事になったのは、俺が一人で突っ走ろうとしたのも原因の一端では……?」
知らなかったとは言え、オッサンの決意を踏みにじったのでは? などと考えてると、その考えを看破されたようだ。オッサンは頭を掻きむしりながら
「そんな大層な決意じゃねぇよ。その……親元に居るといつまでも甘えてしまって良くないな、ってそれだけだ。ばーさんも俺も、寿命を受け入れてるし、それを無理矢理引き延ばそうとも思ってない。与えられた人生で懸命に生きる、それがばーさんと俺の約束なんだよ」
そう語るオッサンの顔はどこか吹っ切れていて、それでいてどこか寂しそうで……
「オッサンは強いな、俺はまだ寿命だのを受け入れられるほどは強くはない……」
俺がそんな事をポロっとこぼすのだから、オッサンはガハハと笑い
「お前らの年でそんなところまで悟られたらたまったもんじゃない。お前らはまだ思った通りに一生懸命生きるべき歳だからな。一生懸命生きてる、だけど、生き方が違う、ただそれだけの事さ」
だからな、とイザークのオッサンは続ける
「ばーさんも俺も一生懸命生きてるから、他に一生懸命生きてる人が居れば、助けたくもなるのさ。だから変な引け目を感じる必要もない。それでももし恩を感じてるなら……自分が一生懸命生きたと、胸を張って言える程一生懸命生きてくれ、ってところかな?」
「元より半端に生きるつもりなんてないさ」
別に半端な気持ちを持って戦っているわけじゃない。
皆と平和で幸せな生活を送るため、邪魔をしに来たものを排除して回ってるだけだ。そういう意味では、俺はオッサンの言ってる「精いっぱい生きている」人間の一人という事だろうか。
「そうだな、なんてったって、俺の顔面に蹴りを入れて倒した男だもんな!!」
「オッサン、いつまでそのネタ引きずる気だ?」
「飽きるまで」
そういえば、あの時は余裕も無くてすぐに手が出てしまったんだっけ。昔から姉さんから、何考えてるかわからないとか、余裕綽々で腹立つとか言われてた俺が、珍しく感情的になって動いた時か。
フェンも余裕が無い感じだと言ってたし、ある意味、俺が余裕を見せる事が出来ずに全力で感情を表にした所を最初に見せた相手って、オッサンが初めてなのかもしれない。
そう考えると……俺の初の感情の発露を見届けた人として、悪くは無かったのではないかと思えてきた。
なお、老婆からご馳走になった遅めの朝ごはんはとても腹持ちがよく、ほとんど皆、お昼過ぎてもお腹が空くことはなかった。キャロルちゃんとフェンは一気に食べられる量が限られるので流石にお昼過ぎ辺りにはお腹がすいたようだが……そこはやはり年の功とでもいうべきか
「そっちの小さい子らはお昼過ぎた頃にまた腹空かせるだろうからね、これ持っていきな」
と、小包を用意してくれていた。中身はフェンとキャロルちゃん用のお弁当と、ちょっと小腹が空いた俺達がつまめるようにと、俺達用の軽食を渡していてくれていたのだ。至れり尽くせりである。




