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第78話 買ってあげると言ったな、あれは嘘だ

「主の嘘つき―!! お菓子買ってくれるって言ったのに―!!」


 俺達は今現在、乗合馬車の管理組合の建物だった(・・・)場所に来ている。

 夜通し馬車を動かしたため、馬を休ませたいというのももちろんある、だが本当の目的は……あ、こら、フェン暴れるな!!


「貴方が暫定の執政官殿ですね。お出迎えご苦労さまです」


 シャーロットさんが先ほどまでの柔らかな態度から一変、凛とした態度で中から出てきた役人らしき人に声を掛ける。

 そう、本来ならこういう時領主邸を召し上げ、そこを借りの役所とするのが通常なのだが、領主邸は先の騒動の際に謎の爆発(・・・・)によって破壊され、今やこの管理組合の建物だった建物が一番立派な建物となっているのだ。


「これはこれは、シャーロット王女様、皆様もよくお越しくださいました。先ぶれの護衛より事情は伺っております……ところで、そちらのご友人のリトルレディは何故取り押さえられてるのですか?」


 執政官がシャーロットさんと挨拶を交わした後、むずがるフェンと取り押さえる俺を見て不審な目を向けているようだ。

 そりゃ、真面目なお話をしようとする前に後ろで女の子を取り押さえる男が見えれば、そりゃ、穏やかではあるまい。


「お騒がせして申し訳ありません、執政官殿。この子が、この街にあったという焼き菓子のお店に行きたかったと駄々をこねておりまして」

「おーかーしー!!」


 俺が説明をする間もお菓子に対する執念を燃やすフェン。

 他の皆が真面目な話が始まる事を予期してお行儀よくしている中だけに、フェンのおむずがりは目立って仕方ない。だが、執政官はなかなかのジェントルマンのようだ。


「そのお菓子屋でしたら、たまにこちらに販売にこられますよ。おそらく、今日の昼過ぎには来るのではないかと」

「ホント!?」

「え、ええ。大体の住民の方には街から出ていってはもらってますが、元々こちらで商売された方の収入の保証や、この街が解放された後の事を考えると、たまにこちらに建物の確認等をする必要があるかという事で」


 これはまた、都合のいいタイミングだ。というか、封鎖とか言いながら民間人の出入りはあるんだな。


「あのー、それでも、人が居ないのにお店の人がここに来る意味ってあるんですか?」


 キャロルちゃんが年齢に似合わないなかなか確信を突いた質問をぶつける。そりゃそうだ、お金が稼げないならいくら何でもこちらまで行商に来るような事はないだろう。


 執政官の人もその質問が、この中でも1番若い、というか幼い見た目の子から飛んでくるとは思っていなかったようで、驚いている。


「……そうか、物流網の維持と、物資補給……」


 そう呟いたのはアリオンである。アリオンは子爵としての政治的な勉強をしていた、と豪語するだけあって、何か分かったようだ。


「いざこの街が開放されても普段使わない道が荒れるように、完全に道を使わないと復旧まで時間がかかる。そして、住人にも解放後にこの街に戻れる基盤がある事を見せておかねばならない」

「さらに、軍人とは言え食事や娯楽は必要だろう。それを調達するための行商か。ここは戦争の最前線という訳でもないから、民間人が物を売りに来ても危険は少ない」


 アリオンの言葉に続いたのは先輩。先輩も伯爵たれと勉強を叩き込まれただけあって、意図を読んだようだ。流石、伊達に料理をしてこなかったわけだ。


「そちらのお二方のおっしゃる通りですね。国からの保証と解放後の復旧のため、そして、軍部や、どうしてもこの街を離れられない方々への物資調達手段となります」


 つまり、どうやらフェンのお望み通りのお菓子は調達出来るようで……よかったな。

 フェンもとりあえず難しい話は置いておいて、お菓子にありつけるという事が分かったようで落ち着いたようだ。

 そっとフェンの拘束を解き、正面を見る……あれ? 女性陣が皆、ウキウキしてるような表情してらっしゃるよ? そうかー、甘いものが食べられるから嬉しいんだろうね。


……じゃあ、甘い物を落ち着いて食べられるよう、小難しい話はさっさと片付けちゃいましょうね。


「ところで執政官殿、私たちの旅行、については予め聞いていたかと思いますが、先ぶれの伝令から伝えられた情報を加味し、可能性としてはいかが考えますか?」


 俺は話を本筋に戻そうと、執政官にそう問いかけた。話によると、先日の馬車の集団襲撃事件、捉えた伯爵が屋敷を失ったショックで呆然自失となり、自供が全く期待出来ないそうだ。

 そして、星導教会の動きについても司祭が亡くなっているためよくわからない。結論としては、伯爵の単独犯と結論付け、近く後釜の領主を決めた後に開放されるそうだ。

……解放前に屋敷くらい構えてやって欲しいところだが……


 ともかく、俺の質問に執政官は苦い顔をして返答をする


「正直、分かりかねます。先の事件の現場となった砦跡は不用意に人が寄るところでもないため、最初の数回の検分の後は誰も気にしておりませんでした。こちらでも伯爵の単独犯という結論でまとまっておりましたので、今さら砦に危険が潜んでいるとは……考えておりませんでした」


 まあ、王女お付きの護衛が居る中で仮に拠点を構えないような賊が居座っていてもそんなに危険視はしないのかな?近くの街は王都軍のたまり場だし、そもそもメリットがない。


 だが、裏で大きな組織を作り、国家転覆なんて考えてる輩からすると別だ。王家に連なる人間をむざむざ寄越すなど、空腹の肉食の魔獣の前に飛び出すくらい危険である。


「とにもかくにも、現在、斥候として兵を送っております。本日夕方あたりに状況報告があるかと思いますので、念のため皆さまはこちらで1泊いただければと思います」


 本来であれば1日かけてこの街に到着し、翌日砦に向かう予定だったため、奇しくも日程通りになったものの、先んじて夜間移動を行った分、事前に斥候を送る事が出来た、これは有意なのだろう。 俺はそう自分に言い聞かせ、出来るだけ不安な事を考えないようにした。

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