第76話 夜明け前
深夜、暗い夜道の中馬車を駆る一行、そして、その護衛に付く兵士達。
夜の月夜程度しか光が無いため、隠れてついて来たシャーロットさんの護衛の人々に先導してもらい、俺達は次の目的地に向かっている。
ちなみに、シャーロットさんに護衛が付いてきている事は最初、1人を除いて皆気が付いていた。
1人……シャーロットさんの事である。
ミラは「何で気が付いてないの!? 信じられない!!」と言った感じで若干シャーロットさんにキツい目を向けていたが、シャーロットさんが気が付かなかったのも仕方がない。
こういうプライベートを思う存分楽しんでもらうためか、シャーロットさんの視界に入らないように立ち振る舞っていた。そう、シャーロットさんの視界には入らなかったのだ。
……その代わり、シャーロットさん以外の人間の視界にはずっと入り込んでたけどね。
だが、今は誰の護衛とかそういう役割は一旦放棄だ。今後の安全な生活の為、今は一致団結してしかるべきだ。
そういう意味では護衛の皆さんには無理を強いて申し訳ない、と護衛の方と話すと「いえ、目的地は今は王家直轄地ですから、そこで交代する事になってます」と言ってくれたので、今はお言葉に甘える事とする。
馬車はルリさん、イザークのおっさんが交互に休憩しながら歩みを進めている。俺らは交互に見張り、特に後方を見張りつつ、着実に目的地へと進んでいるのであった。
***
「やっぱり、まだ起きてると思った」
男は3人、女は姉さん、ロゼッタ、セラ、ミラの4人で交代で見張り番をする事になっていた。本当は男3人で見張り番をするつもりだったが、先の戦いで疲弊しているのがこの3人である事も事実であったので、交互に交代しながら全員がある程度休憩を取れるようにしたのだ。
馬車の進路、進行速度からするに、恐らく最初の1~2時間のあたりが一番、危険度も低く見張りにかかる負荷が低かろうという事で、最初の見張りに前衛の主力とみなされた俺が指名され……今は深夜から早朝にかけての時間帯である。
「姉さん……」
「あんたもいい加減、休みなさい」
最初に見張りを任せられ、俺はそのまま朝まで見張理を続ける気であったが途中で姉さんが起きてきた。姉さんも疲れてるはずなのだ、ゆっくり休んでほしいところだが。
「あれだけ激しい戦いを繰り返したあんたが休まなくてどうするのよ」
「それを言うなら姉さんだって戦ってたじゃないか」
姉さんにこう反論し、やべ、怒られる? などと思っていたら、姉さんは俺の隣に座り……
「!!」
俺を抱きしめ、頭を撫でてくる。
「あんたが小さい頃、眠れないって私に泣きついて来た時もこうやったわね……」
懐かしさからか、やはり気を張り詰め過ぎていたのかは分からないが、姉さんにこう抱きしめられただけで安らいでしまう。
これだ。本当に戦わなければならない時に、姉さんからこうやって優しくされてしまったら、怖くなってしまう。戦う事が、姉さんの元に帰れなくなってしまう可能性を考えてしまう事が。
「今さら、あんたに無茶するなとか、戦うなとは言わないわ。だけれど……何もない時くらい、私たちに甘えなさい」
俺は言葉で答える事が出来ず、わずかに首を縦に振るだけである。姉さんはさらに続ける
「ほら、見張りなら私が代わりにやってあげるし、ずっとこうしててあげるから、あんたはゆっくりおやすみなさい」
俺はその姉さんの発言に抗えず、そのままうとうとと眠りに落ちていくのが分かる。皆の前ではどうしてもこうやって甘えるというのは難しいが……姉さんと2人きりとなると、どうしても子供の頃のように甘えてしまう自分がいた。
そういえば、姉さんと2人きりというのは本当に久しぶりなのではないか。そう考えると、俺の思考が幼少期に戻ったように感じる。
姉さんと結婚するー!! なんて幼少期に思ってた、そんな幼い頃の思いと、大人になって常識を知った自分の知識が重なり合い、心の中にモヤモヤが広がっていく。自分の初恋相手は姉さんで、それは最初から叶わない願いだったという事である。
恐らく俺自体も3年前に既に理解していたのだろう。だからそれに抗うが如く、姉さんに指輪を送ったのかもしれない。
そんな事を考えながら、姉さんにずっと頭を撫でられ、俺はいつの間にか眠りについたのであった。




