第7話 さあ、ヒーロータイムの始まりだ
さて、相棒との再会も果たした俺はその後、普通に平和な生活を送っていた。
そういえば姉さんとロゼッタだが、いつの間にか前よりも仲良くなってたようで、よくミナさんを交えて3人で仲良くしてるようだ。
まあ、よかったんじゃないかな?
『よくないよ、主』
不満を覚えてるのは相棒くらいなものだ。
『僕の名前、もうそろそろ決めて欲しいかな』
「そうはいっても、相棒だからなぁ」
良くも悪くも、俺の半身みたいなものとしか思えないのだ。
わざわざ自分の右胸筋と左胸筋に名前付けるようなこと、普通はしないと思うんだけど。
『相棒といってくれるのは嬉しいけどさ……』
相棒はさらにごねる。
『僕は今はフェンリルで、主は普通の人間だよ。だから、ちゃんと名前を付けてくれるのが礼儀だと思うかな?』
うーん、よくわからん。だが本気で、名前が欲しいと思ってるのは本当のようだ。
「わかったわかった、それなら、フェンの名前はまた今度考えてやるから」
『主、本当に頼むよ……フェン?』
急に尻尾をブンブンと千切れそうなほど振り出した。一体どうしたのやら……
『主の名付けは安直……でも、フェン……僕の名前はフェン……フフ、フフフフッ……』
どうやら、仮で付けた名前がお気に召したようだ。
「……まあ、いいか」
何が気に入ったのかわからないが、気に入ったのならいいや。
相棒の名前はフェンで決まった。
そんな平和な生活をしていた俺たちに事件が起きたのは、ある日の冬のことであった。
姉さんも15歳になり、この冬が終わる頃には王都にある高等学院への入学となる。学生寮で過ごすことになるとは言え、引っ越しの準備のため、馬車で片道6時間はかかる道をたまに母さんと一緒に行ったり来たりしていたようだ。
そんなある日、俺はロゼッタとミナさんとフェンと遊んでいたところ、玄関が乱暴に開け放たれた音が聞こえたかと思うと、玄関が騒がしくなってきた。その喧騒が玄関から順次広がっていき、だんだんと屋敷の中全体がその騒がしさに飲まれていった。
「あ、ミナ!いいところに!町の薬師を呼んできて!!」
ロゼッタとミナさん、フェンと俺がいる場所もその喧騒に飲まれんとした時、お手伝いの一人がミナさんを発見し、慌てた様子でミナさんに指示を出した。
「落ち着いてください、どうかされたのですか?」
あまりの慌てように、ロゼッタがお手伝いさんに問いかける。
「ルリア様が!! 奥様が倒れられました!!」
***
「母さん!」
「お母さま!!」
ミナさんが町の薬師を呼びに行ったのと同時に、俺とロゼッタは母さんの部屋に駆け付けた。
「あら、レオにロゼッタ。どうしたの?」
ベッドに横になりながらも、いつも通りに接しようと母さんは上体を起こそうとするが
「母さんは寝てなさい」
傍に控えていた姉さんに制止される。
「もう、大丈夫なのに! リリカは心配性ね」
母さんは心配をかけまいと振舞っているが、明らかにいつもより息が浅い。
「でも、確かに、お母さんちょっと疲れたみたい。寝てるわね?」
そう言うと母さんは横になり、すぐに寝息を立て始める。その寝息も非常に弱弱しい。
弱弱しい寝息に姉さん、俺、ロゼッタが何も声を出せずにうつむいているところに、ミナさんが呼んできた薬師が到着した。
薬師は手際よく母さんの診察を行い、薬の調合を始め、その場で調合した薬を母さんに飲ませる。
「……すぅすぅ」
母さんの顔色が少し良くなったのを見て、皆が安堵したところであったが、その中で薬師が周囲の安堵した空気に似つかわしくないような、緊張した面持ちこう言った。
「さて、ご主人様とお話させていただきたいのですが……」
その指名された父さんは、今は仕事のため、屋敷を数日留守にしていた。
ここ1年ほど、父さんは仕事で遠方に出掛ける機会が増え、なかなか屋敷に居ない。
その分の名代として、今までは母さんが対応していたのだが……
「長女である私が名代として代わりにお伺いします」
「では、長男である私もお話をお伺いします」
姉さんと俺がそう名乗りを上げたので、ロゼッタも名乗りを上げようとしたが
「ロゼッタ、お前は母さんについててあげなさい」
俺にそう言われて出鼻をくじかれたようで、若干不服なようだ。
だが、なぜ俺がそのような対応をしたのか、それは。
――薬師の反応から、あまり喜ばしい話ではないことが予想できたためである。
***
この世界は魔法のある世界ではある、だが、魔法も万能ではない。
以前俺の千切れかけた腕をくっつけたように、外傷なら魔法で治療可能である。
だが、病気に関しては治す魔法が存在しないのだ。
なので、医者、といった職業は無く、その代わりに疫病や疾患を薬で治療するため、薬師という職業がこの世界では医者替わりといったところなのである。
「結論から言います、大変難しいです」
薬師、姉さん、俺の3人で応接室に入り、お手伝いさんが3人分のお茶を出し退出した後、薬師はそう告げた。
姉さんはすかさず反応する。
「な、何でよ⁉ ただのちょっと重い風邪じゃないの⁉」
「落ち着いて姉さん。先生、失礼しました。続きをお願いいたします」
俺も姉さんの反応は理解出来る。だけども、ここは話を聞かなければならないところである。
薬師は続けていいのか姉さんをチラチラ見ながらだが、話を続けてくれた。
「皆様もここ最近感じておられると思いますが、特に異様な寒波が国全体を襲っている事はご存じですよね?」
「はい。私はその寒波で母が体調を崩しただけ、だと思っていたのですが。」
姉さんは、自分が話の腰を折ってしまわないように黙って話を聞いている。
「実はこの寒波、最近の研究によると、魔力のバランスを大きく崩した状態である可能性が指摘されています。」
「つまり、この空気に触れるだけで魔力がかき乱され、体調を崩しやすい、という事ですか?」
「はい。とはいえ、普段から鍛えていたり、健康体の人が普通の生活をする分にはちょっと疲れやすいかな、程度の影響しかありません」
薬師は一呼吸置いて
「魔力が不安定な人や、そもそも体が弱い方が長時間無理をすると、命すら落としかねない状態になります」
姉さんは黙っていたが、先ほどまでとは様子が違った。
手を思いきりギュッと握りしめ、顔からは先ほどとは違う意味で余裕が消えた。
――自分が王都に連れだしたりしなければ。
そんなことを考えてるのだろう、と俺は思った。
「しかし、原因が分かるのなら、治す方法や薬があるのでは?」
「はい、そうなのです、ですが……」
薬師は言いにくそうにしている……魔力の異常な流れ……まさか
「治す薬はある、だが、薬草採取ポイント近くの野生動物や魔獣が狂暴化して収集が難しい、といったところですか?」
「は、はい……その通りなのです……」
薬師は自分の荷物から本を1冊取り出すと、パラパラとめくって俺達に見せてくれた。
「これとこれと……あとこれ、この3つは比較的簡単に手に入るため、普段より高騰はしておりますが、用立てできます。ですが……」
またペラペラペラと本をめくり、薬師は見せてくれた
「このフロウ草、この薬草が病気治療の肝なのですが…植生が特殊で…」
収穫可能地域を見ると……馬車で行って片道半日といったところか。結構遠いな、それに……
「この国でも標高の高さが3本の指に入る高さの山の、8合目あたりに自生するのですが、この寒波で例年よりも雪が深く、そして」
薬師が一呼吸置いてこう続けた
「ここ最近、この山に謎の魔物が住み着き、鉱山薬草を得意とする薬草収集の冒険者が次々と採取を失敗してます。……今、薬師界隈にこの薬草の在庫は無いと思ってください。」
「……もし、今ある薬で持たせるのなら、どれくらい持たせられるの?」
重たい空気の中、姉さんが薬師に問いかける。
薬師の答えは
「持って3日、最悪の場合は、1日だと思ってください。」
***
とりあえず、他の薬師から在庫を回してもらえないか聞いてみるので、ということで、薬師には確認の上明日の昼に来てもらう約束をし、お手伝いさんに見送ってもらった。
応接室に残った姉さんと俺は、互いに長い間無言で顔を伏せていたが……
「ほら、姉さん、疲れてるでしょ?もうそろそろ寝なよ」
夜も9時を過ぎようとしたところで、姉さんに睡眠を促す。
「で……でも……」
「姉さんのせいじゃないよ。だから、変な気を起こさないように」
姉さん、気が付いたら一人で薬草探しに行きそうなんだよなぁ。
――ほら、目が泳いでる。
「良い知らせは寝て待てっていう言葉があってね、思い悩むくらいなら寝てしまえば、起きた時に解決してたり、いい考えが浮かんだりするって教訓なんだよ。だから寝なさい。」
「……分かったわ。レオ、あんたもさっさと寝なさいよ!」
――あんたもすぐ無理しようとするからね、と言い残して応接室を出て行った。
まったく、姉さん、俺の事を何だと思ってるんだ。
――大正解だよ。
「フェン、居るか?」
『お傍に』
――さぁ、英雄の時間を始めようか!!