第73話 わだかまりの溶かし方
レオが魔獣を討伐したその頃……
「……」
「……」
「……」
「……」
ミラ、ロゼッタ、セラ、リリカは馬車の中で言葉少なく座って居た。
ミラとロゼッタは山の方を心配そうに見ながら、戦闘に参加し疲弊したセラとリリカはぐったりした様子で。
「お姉様、ミナちゃん……」
キャロルがその重々しい空気に耐えきれず、ミナとシャーロットにそう声をかける。その声もどこか馬車内の空気によるものか、弱弱しく聞こえた。
「キャロルちゃん、ちょっとそこら辺を散歩しましょうか」
シャーロットに連れられ、キャロルがそのまま馬車を後にする。残されたミナは疲弊しているセラとリリカの近くに侍り、世話をする事とした。
「セラさん、お疲れでしょう?お茶と、甘いお菓子がありますが、召し上がりますか?」
「あはは……ミナさん、ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて、いただくね。あと、私は大丈夫だから、リリカさんの方に付き添ってあげて」
あの魔獣に対し長い時間、それこそ、これまでの人生で魔獣と対峙する事なんて無かったセラからすると永遠にも思えた時間。セラが、そしてミラ、ロゼッタ、リリカ。この4名が無事に戻ってこられたのもひとえに、リリカとレオ、そしてフェン。この3人の力があったからこそだ、とセラは思っている。
「ありがとうございます。では、セラ様もお疲れでしょうから、ゆっくりとお休みください」
ミナからそう告げられ、セラとしては安堵から体中の力が抜けるような錯覚を覚える。それだけ、魔獣と対峙した時の緊張感が大きかったのだ。そして、そんな自分を叱り付け、あの場所に戻らなきゃ、と思う自分も居た。
セラの頭の中に、今なお取り残されている3人が発した最後の言葉が反響してやまない。
――セラ、お前が先に撤退しろ
――ふむ、そうなると……リリカさん、先に下山していただけますか? 後は僕達に任せてください
――セラ!! 姉さんを、頼む!!
セラはアリオンが弱いとは思っていない、そして、レイスについても、強い人であると思っている。だがそれでも……魔法も効果が薄く、レオがどれだけ攻撃してもびくともしなかった頑強な魔獣を思い出し、今でも震えが止まらない。
ふと昨夜、レオと話した内容を思い出す。レオは弱みを見せたく無いと言った。弱みを見せると、甘えが出る。甘えが出ると折れてしまう、だから、弱みを見せようとはしなかったのだと。
最初に聞いた時は、何故甘えようとしないのか、と、セラは思った。そして、今日対峙した魔獣。これは確かに、あんなのと対峙して甘えの選択肢があるなら甘えたくもなる。だけど、それと同時にセラは悟った。レオは、自分が甘える事で、他の誰かが苦しむ事になる可能性があるなら、それを排除したいのだろう。
これはレオが他の皆を軽んじているわけではなく、他の皆が傷ついたり、失ったりするのが怖いのだ。だから一番前に出て戦う、まさに……
「やっぱりレオ君、今でもまだ我が儘なんだね……」
***
「リリカ様、お疲れでしょう。こちら、リラックス効果のあるハーブティーと甘いクッキーです。どうぞ召し上がってください」
リリカの傍に侍ったミナは、馬車内でグッタリしているリリカを元気づけるため、出来るだけ明るい感じで話しかけた、だが……
「いらない……」
いつものリリカらしからぬ弱弱しい返答に、流石のミナもどう反応していいか分からない。だから……
――ガバッ
「え? ミナ?」
ミナはリリカの頭を抱えて抱きしめ、出来るだけ落ち着くよう、ゆっくりと語り始めた。
「懐かしいですね……あれが3年とちょっと前の話でしたっけ……」
あれとは、レオが真冬の深夜に飛び出し、薬草を取りに行った時の事である。
「……そうね……あの時もあの子は、この山で戦って……」
レオが勝手な事をした。私と一緒に薬草を取りにいけば、レオがあんな辛い思いをしなくてよかったのに。
だからリリカは高等学院に入ってから魔法の勉強を人一倍頑張った。きっとレオは戦力にならないと置いて行ったのだろうと思っていたから、次似たような事があったら、レオが土下座して付いてきて欲しいと言われるくらいになろう、と思ったのだ。
実際に経験してみて分かった。魔獣と戦っていた時はよかったが……今となっては怖い。そんな怖い魔獣相手に3年前にも闘いを挑み、闘い続けたレオに追いつくことなんて出来るのか……レオから見捨てられるのではないかと、怖いのだ。
「私……レオにどう顔向けしていいか分からない……」
「んー、では、レオ様が帰ってきたら、まずはビンタしてください」
「え?」
ミナから予想外のセリフが出てきたことで、呆気に取られて顔を上げ、ミナの顔を見る。ミナは笑顔で続ける。
「だって、レオ様と私とリリカ様、約束しましたよね? 危険な事はするな、無理そうなら逃げろって。約束破ったバツです!!」
「そ、そんな事出来るわけないでしょ!! レオは私たちの安全のために……」
そうだ、リリカは右手の薬指に付けた指輪を見てそう考え直す。レオはいつも、子供の時からそうだ。自分の我が儘だ、と言いながら、結局周囲の人の為に動く。そして、自分の事を必ず後回しにしてしまう。
「あの時、レオ様から贈られた4人お揃いの髪飾り、皆大事に取ってますよね?それと同じく、レオ様もあの時に贈られたネクタイピン、大事に使ってますよ」
それは形となって存在する5人の絆。その絆があったからこそ、頑張れたのだ。
「だから、レオ様が帰ってきたら、代表してビンタ1発お願いします。私たちがどれだけ心配したか思い知らせてやってください!!」
ミナは物騒な事を言っているようだが、むしろレオ自身がそうして欲しがるだろう。
「分かったわ、じゃあ、きっついの1発、お見舞いしてあげる」
「はい、その為にも、お茶とクッキーをお召し上がりください」
「ええ、分かったわ。レオにお見舞いするビンタの為に、エネルギー補給しないと」
そう言って、お互いの顔を見合わせ、笑い合うのであった。
「3年頑張ってもレオにはまだ届かなかったかー。私もまだまだね」
「でも、お屋敷で待っていた3年前と違って、今は山の麓まで来れましたよ。後は山を登るだけです」
***
ロゼッタは不貞腐れていた。敬愛している兄に「邪魔だ」と言われてしまったからである。
そんな不貞腐れた友人をミラは困った様子で見ていた。
「ロゼッタ、あんた、まだ怒ってるの?」
「当たり前です!! もう、お兄様なんて知らない!!」
あちゃー、こりゃレオ、大変だぞ、とミラはいささかレオに同情する。友人ながらに、ミラはロゼッタの頑固さと言うものをそれなりに理解しているのだ。
しかしミラは、なんかレオ見てると親近感がわくのである。それは恐らく……
……仕方ない、レオ。あんた、アタシに貸し1だからね。
などと思いながら、ロゼッタの説得を始めようとするミラ。なんだかんだ言って、お人好しなのだ……少しひねくれてはいるが。
「ねぇロゼッタ、この話はアタシの……遠い友人の話なんだけどね」
「はい?」
ロゼッタは急に遠い友人の話を始めようとするミラの意図が掴めずにポカンとしている。
「アタシ……の友達は、ちょっと複雑な家庭でね、お姉さん、みたいな人は居るんだけど、その友達とお姉さん、みたいな人は身分も立場も違って、お姉さんは高貴な身分なのに、友達はもう、下層の身分でね」
「はぁ……」
ロゼッタとしては、そのお話、今する事なのかな? といった疑問符が頭の上に浮かんでいる状態である。
「子供の頃は仲良く遊んでたりしたんだけどね、ある日を境に、その友達がお姉さんを避けるようになったの。あんたを姉とは認めない、近寄るなって」
「え? そのお友達は、何でそういう事を言い始めたんですか? お姉様の事を嫌いになったんですか?」
「嫌いな訳ないじゃない!!」
ロゼッタの質問に、何故か怒りの感情をむき出しにして答えるミラ。何故ミラがそのような反応をしたのかロゼッタは考え……すぐに理解した。
「その友達は、自分の身分が低い事で、仲良くしてくれる高貴な身分のお姉さんにまで悪影響が出るのを恐れて、突き放したの……嫌われるのは嫌、だけど、自分のせいでお姉さんが苦しむくらいなら、嫌われてでも守りたい、って思ってね」
ロゼッタはその内容が、完全にミラとシャーロットの関係性である事を理解し、そしてこの「友達の話」というのがミラの話である事を理解したのだ。だが、友達の話という体なので、それに話を合わせる。
「友達さんは、その事を後悔しているのですか?」
「してないわよ。それが最善なんだから」
「そのお姉さんが自分の地位を捨てて、そのお友達と一緒に居る事を選ぶとしても、ですか?」
「!! まさか!!」
ありえない!! と言った顔でミラはロゼッタの顔を見る。ロゼッタも負けじとミラを見つめ
「そのお友達が本当にお姉さんの事が大好きで、お姉さんが幸せになるために、あえて突き放したのは分かりました……ですが、それが本当にお姉さんの幸せだと、お姉さんの口から1度でも聞いたことはありますか?」
「そ、それは……」
「突き放す優しさもある、という事だと思います。実際、そうしないといけない場面もあるのかもしれません、ですが、相手の事を思いやる気持ちがあるなら、相手の話もちゃんと聞いてあげてください」
ミラはロゼッタの見つめる瞳から目を離せない。
「その友達もですが、うちのお兄様もですよ!! 邪魔だ!! なんて一方的に言われて……慕ってる人から急にそんな事言われるの、心にグサッと来るんですからね!!」
「うっ……ご、ごめん」
あまりの剣幕に、ミラが思わず謝罪を口にする。
「だから、その友達には一度、お姉さんとちゃんとお話するように伝えてください。私も、お兄様とちゃんとお話しますから」
「う、うん、アタシも話し合うよ……うに友達に言っておくわ」
あー、ロゼッタがじーっとこっちを見るから、アタシの事だとバレたかと思ったわ。よかったよかった、ごまかせたわね、などと思いながら、ミラは冷や汗を拭うのであった。
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