第58話 聞いてドラゴリーナ
王都、とある喫茶店、そこに、筋骨隆々の赤髪の男と小さな女の子が2人席に向かい合って座っていた。
「姐御! これ、前にいんたすで見せてもらったケーキそのままじゃないですか! いやー、感動的で、俺の筋肉も喜び出したっす!!」
そう言うと、ドラゴは筋肉をピクピクさせはじめ……
「ケーキが筋肉の味になるからやめて欲しいかな。せめて、ピクピク禁止で」
とフェンはそれを窘める。
フェンが今日この喫茶店に来た主な理由は、このケーキを食べたかったから、ではなく……いや、フェンとしては確かに食べたかったのだが、それはともかくとして。
フェンには、特にドラゴに対して確認しておかねばならぬ事があった。
「ねえドラゴ、ちょっと聞いていいかな?」
「うまうまー……姐御、いつでも何でも聞いてくだせぇ!」
ドラゴは若干ケーキに気を取られていたようだが、復活したようだ。フェンは続ける。
「この前の戦いの時、1回フェンリルナイト・ドラゴンになったと思うけど……あの時、主の様子に変わったところなかったかな?」
「んー、どうっすかね? まあ、あの時の旦那は完全にあの魔獣を1発で殺す気満々だったのは分かります」
「そう……」
フェンには危惧している事がある。
――俺は、俺のために人を殺すんだよ
レオの言ったこの一言、これは言うなれば、人を殺せば殺すほど、精神に負荷がかかる呪いのようなものだろう、とフェンは考えている。
そして、以前にも増して躊躇いの無い攻撃行動。フェンは思っていたのだ。入学式の後の決闘の時、勝負が付いた後の主の行動がいやに攻撃的過ぎると。下手したら相手を殺しかねない程度には。
あの時、2発目が外れて木剣が折れたからそのままとなったが、あのまま木剣が当たっていた、または折れていなかったら……レオはあのまま続行してたかもしれない。そう考えると、怖い。
「んー、それでもやっぱり、旦那は旦那だったっすね。1発で倒そうとしたのも、せめて人間時代の誇りを穢さないよう、そして苦しまないようにしたいと言ったり、他の住民に被害が出そうになったらドラゴンの攻撃を止めようとしてみたり」
先ほどまで不安だったが、ドラゴの話を聞いてとりあえず今はまだ、大丈夫なのだろうとフェンは判断した。しかし……
(前に主が言っていた。主に力が集まっているのは、主を中心として、何か大変なことが起きようとしている前触れなのでは、と。本当にそうなのかも……?)
レオの事だ、自分だけ、自分の周りだけ護れれば、とか言いながら、結局皆を助けてしまうのだろう。そして、その時の敵に形式的にでも「人間」が含まれていたなら……
レオは、表では笑いながらも、内心、後悔の念に苛まれるのだろう。そして、その事をフェンは一番危惧している。
「姐御、もし主である旦那が穢れても、幻獣として独立した姐御が魔獣に成り下がるような事は起きませんよ?」
ドラゴがフェンにそう語り掛け、安心させようとする、だが、フェンの懸念はそこではなく……
「僕の事はどうでもいいかな、今は主が、この世に絶望して自ら命を絶つような事を起こさないよう、変な精神的負荷をかけないようにしなきゃ……」
――主は僕とずっと一緒に居てもらわないと、僕が寂しい
と言いそうになり口を噤むが、ドラゴにはもうバレているようだ。
「それは大丈夫でしょう。旦那は確かに、全て自分で抱え込もうとはしますが、そのせいで他人が悲しむことを一番嫌う人でもあります。少なくとも、積極的に自ら破滅への道を選ぶ人じゃないですよ」
「そうだといいけど……」
皆が笑顔でいられる平凡な日常、それを望んでいるレオ。そのはずなのに、レオがこれだけ続けて戦いに駆り出される事になっている、その事にフェンは不安を覚えているようだった。
「主が変に気張って潰れないか……心配だなぁ……」
「姐御、完全に恋する乙女、って感じですねぇ」
「う、うるさいかな、ここの代金、奢ろうかと思ったけど支払い割り勘にするかな?」
「じょ、冗談ですよ!これからも、旦那の苦労を少しでも減らすよう、頑張りましょう!」
「一応、階級的には僕が主で、ドラゴが従なんだからね!そこは忘れちゃいけないかな!」
「わかってますって!」
ドラゴはフェンをなだめつつ、だがこうも思ってしまう。
(旦那の特別はどうしても、お嬢の姉さんと、姐御なんだろうなぁ……)
やはりどうしても、一番長い時間を過ごしたリリカ、そして、何度か一緒に死線を潜り抜けてきた仲のフェン、この2人が上位にきてしまうだろう。だが、ドラゴとしてはそれを指摘するわけにはいかない。
(お嬢がまだお二人に追いついてないから、お嬢を親に持つ俺としては、お嬢がお二人と横一列に並ぶまではノータッチに……)
そこで、ドラゴはふと思った。あれ? 旦那の周囲、まだ女性増えてないか? と。
「しっかし、旦那も隅に置けませんね~、また新しい女性が近くに増えたみたいですし」
ドラゴは出来るだけ自然となるように、そう切り出した。一応、ノータッチを決め込むつもりではあるが、親であるロゼッタの立ち位置くらいは把握しておきたい、そう思ったのだ。
そして、フェンからの発言を待っていたのだが……反応がない。いや、なんだかドラゴが聞こえないほどの小声でブツブツと言っている。ドラゴは耳を澄まし、そして、すぐに後悔。
「キャルちゃんのは身近な大人に対する憧れ、ミラちゃんのは珍しい動物を見る目、大丈夫問題ない問題ない問題ない問題ない問題ない問題ない問題ない問題ない……」
フェンが死んだような目をして無感情でそう繰り返すので、正直怖すぎた。
「あ、姐御!! もういいですから!! 落ち着いてください!!」
「はっ! 僕は今、何を?」
ドラゴはとりあえず、そのフェンを見て悟った事がある
(お嬢!! 頑張ってください!! あと、俺は絶対にこの件にはタッチしたくありません!!)
第3章、こちらにて終了となります。
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