第54話 折れない剣
僕は何もない空間で座り込んでいた。
先程まで、自分の体を乗っ取った魔獣から一時的に体を取り返し、逃げ遅れた民を守るべく、攻撃を受け切ったのだ。どうやら奴も、逃げ遅れた民の存在に気が付いてくれたらしい。先ほどまでの苛烈な攻撃は鳴りを潜め、こちらを見ている。
『ぴぃぃぃ、ぴぃ』
姿こそ見えないが、僕の肩の上に何か小さな鳥らしきものがとまっているのを感じる。先ほど、魔獣に体を乗っ取られてからというもの、この小さな鳥は僕を守ってくれ、そして
「ありがとう、キミのおかげで、民を守る事ができたよ」
魔獣が人を殺そうとする度、何とか止めてきた。それでも、魔獣が生み出した小さな魔獣が民を襲うのだけは止められなかった。
怪我人も何人も居るはずだ、それだけ、僕は取り返しのつかない事をやったのだ。
そして、その様子を見せつけられ絶望したものだが、よかった。今目の前に居る男、あのレオが変身したのを僕は覚えているが、レオが止めてくれるだろう。
そして……僕のこの醜い心も消してくれるのだろう。地位に無駄に固執し、その地位が脅かされそうになれば脅かそうとする人間を排除しようとする……いつから僕は地位などに固執するようになったのか……
『ぴぃぃ? ぴいぴい!!』
ふと気が付くと、僕の肩にとまっていた鳥のようなものが、僕の服を嘴でつまんで、どこかに引っ張っていこうとしているようだった。
(ち~~ん)
その先からは何か鋭い、音叉でも鳴らしているかのような音が……
『ぴぃぃぃぃ!! ぴぃぃぃ!!』
その鳥のような子が動こうとはしない僕に対し、必死に引っ張ろうとしているようだ。
「わかったわかった、キミには助けられたからね。キミの言う通りにするよ」
どうせ僕はもう、この世界でマトモに生きていく事なんて出来ないんだから……ただ、消えていく前に、せめて助けてくれたこの子のいう事くらいは聞いてやらないと……
僕はその子の言う通り、音の鳴り響く方へ足を向けた……
***
「え?」
次の瞬間、僕は王都の一画に居た、そこは先ほどまで魔獣越しに見ていた光景。僕が生み出した魔獣が暴れ、至る所で石畳の舗装がはがれ、建物に亀裂が入り、そして……
『グォォォォォ!!』
僕の後ろで響き渡る声、先ほどまで僕が出していた声……
僕は後ろを振り返ると、そこには……異形の魔獣が腕を振り上げ、僕を襲おうとしていた。
「わ、わぁぁぁぁぁ!!」
僕は魔獣から振り下ろされようとする腕を、手に持った剣で防ごうとするが……僕が今持っている剣は、先ほど謎の戦士の攻撃を受け、折れていた剣であった。
――バシィン!!
僕は魔獣の攻撃をマトモに受け、そのまま無様に転がされる。
ゴロゴロと転がり、建物の壁に思いきり背中を打ち付けて転がりが止まる。
「ぐはっ!!」
背中を打った衝撃で、僕の体の中から空気が思いきり吐き出されたようだ。非常に息苦しい感覚が僕を襲う。
『キサマ、ナゼ、デテキタ⁉』
その魔獣は僕をまた取り込もうとしているのか、さらに攻撃を加えようとしているが……
『ぴぃ!! ぴぃぴぃぃ!!』
僕をさっきから守ろうとしてくれてる、小さな鳥のような子がそれを邪魔している。そして……
「そいつから離れろ!! この化け物め!!」
先程まで僕を殺そうと全力で攻撃してきたくせに、今度は僕を庇うように戦っている敵、フェンリルナイト……
(やはり僕は、どこまでいっても無力なのか……?)
何が剣聖だ、何が騎士だ。本当の僕は、臆病で、醜くて、守られないとなにも出来ない、出来損ないではないか。
***
「この! さっさと倒れろ!!」
俺は先輩と魔獣が切り離されたのを確認し、魔獣に対しパンチの連打を浴びせていた。
『ぴぃぃぃぃぃ!!』
まだ姿が朧気ながら、先輩と一緒に出てきたちっさな鳥みたいなのも援護に回ってくれている。
だが……
『フン、キカヌワ!』
魔獣はパンチを繰り出した俺の右手のこぶしを左手で握り、そのままギリギリ、と力を入れてくる。
「くっ……そぉ!!」
右手は思いきり握られ、抜け出す事は困難である。ならばと空いた反対側の拳を
「てりゃ!!」
『フン!!』
繰り出したが、魔獣の右腕で思いきり弾かれる、そして、その思いきり弾かれた反動で
――カキン
と、左手に装着していた腕輪が腕から外れ、弾け飛んだ
『フン!! ハッ! タァ!!』
俺はそのまま魔獣の右手の拳を腹に食らい、膝蹴りも1発くらい、投げとばされる。
「うあぁぁぁぁ!!」
俺はそのまま、地面に転がされ
――パリン
という音と共に変身が解除される。
「レ……レオ!! もういい、逃げろ!! こいつは僕が!!」
先輩がそう言うが、変身した俺ですら手こずる相手に、折れた剣しか持ってない先輩が勝てるとも思えない。
案の定、先輩は魔獣に首をつかまれ、持ち上げられる。
「くっ!!」
『僕ガ、ダト? 笑ワセル!! 俺様ニコレダケノ力ヲ与エタ、穢レタ心ノ持チ主ガ!!』
「ぼ、僕の心が穢れてるだと⁉」
『ソウダ、貴様ノ絶望、嫉妬、無力感! 実ニ美味ダ!! ソノママ丸ゴト、俺様ノ餌トナレ!!』
「く、くそぉ!!」
先輩の首を絞める魔獣の手が、ギリギリと力を加えているのがわかる。
「……そうだな、確かに先輩は醜い」
俺はそう言いながら、ゆっくりと立ち上がろうとする。
『ハッハッハ、ソウダロウソウダロウ!! 魔法トイウ苦手ナ事カラ逃ゲ、剣ヲ極メタツモリニナッタ結果ガコレダ!! 戦闘中ニ剣ヲ折ッテシマウトハ、剣士ノ風上ニモオケヌ』
魔獣は俺の同意が得られたと思ったのか、上機嫌に語り出した。だが、そこについては俺と魔獣の間の意見に違いがあるようだ。
「違うな……先輩は醜く努力しただけだ」
『ナニ?』
「先輩は逃げたんじゃない、人に何と言われようと、努力する道を選んだだけだ」
『ぴぃぃ!!』
先程まで俺をサポートしてくれていた鳥みたいなヤツが、嘴に俺の腕輪をくわえ、俺に渡してくれた。サンキュー! 俺はその腕輪を装着しながら引き続き魔獣と対峙する。
『貴様モコノ男ニ迷惑ヲカケラレテイタダロウ! 殺ス気デ攻撃シタダロウ? 何故庇ウ?』
「別に、庇う気も助ける気もない、正直腹立たしくもある。俺の家族や友、仲間に危害を加えるようなら殺すことも厭わない」
『ハッハッハ、安心シロ! 今カラ俺様ガオ前ノ代ワリニコノ男ヲ殺シテヤル!!』
「だが、残念ながら、俺には戦う理由ができた……それだ」
俺は先輩がまだ握っている折れた剣を指す。先輩はこの窮地に陥りながら、まだ折れた剣を手放そうとはしていなかった。むしろ、その剣の握りを持つ手により一層力が入っているのが分かった。
『折レタ剣ガ何ダト言ウノダ⁉ 出来損ナイ剣士デアル証拠ニシカ過ギナイデアロウ⁉』
「そうだ、その男はさっき、自ら長年培った剣技も捨て、ただがむしゃらに俺に攻撃をしてきた」
『アレハ傑作ダッタナ! 情ケナイ!』
「ああ、自分の培ってきたものを捨ててでも、たとえ身を挺してでも、その男には守りたかったものがあった……その折れた剣は逃げ遅れた人を助けるため、最後まで希望を捨てずに立ち向かった希望の証だ」
「やぁ!!」
先輩が力強く握った折れた剣の握りの部分を振り下ろし、魔獣の顔面を強打した。剣術、なんて形式ばったものとはかけ離れた攻撃である。
『グハァ!!』
不意打ちを食らった魔獣は思わず先輩を掴んでいた手を離し、よろめく。
先輩はそのまま魔獣と距離を取り、俺の横に立った。
「お前の敗因は、この男が心に持つ本物の騎士の剣が折れていない事を理解できなかった事だ! そして、この男が心の剣を折らない限り、俺はその剣を守るために闘う」
『貴様、何者ダ⁉』
俺は左手を握り、腰に添える。右手は俺から見て左上にピン、と伸ばし、相手に手のひらをみせるように構える。そのままゆっくりと時計回り、に右上まで右手を回し
「覚えておけ、俺はフェンリルナイト。人々の希望を守る、普通の騎士だ!」
俺はそのまま右手の手首をクルッと回し、手の甲を敵に見せる。変身ポーズも改良し、締まりがよくなった気がする。
「変身!!」
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