第42話 スマートフォンとともに
翌日
俺達の乗っている馬車は実家に向かって順調に進んでいた。
今回は乗合馬車のような大型の馬車でない。うちの馬車である。
向かい合い席の基本4人乗りの馬車の中、俺の右隣に姉さん、俺の正面にロゼッタ、ロゼッタの隣にミナさん、俺の膝の上にフェンが座っている。
「いや、おかしいでしょ」
姉さんがそうツッコミを入れた。
「僕はおかしいと思わないかな」
「フェン、あんた子犬に変身できるんだから、せめて子犬の姿になりなさいよ」
「半年も人の姿になってたから、今さら子犬に変身は難しいかな」
「ま、まあまあ、姉さん落ち着いて」
なんかよくわからない争いのようなものが勃発してるので、俺としてもこの空気を中和すべく、そう発言したのだが
「レオは黙ってて」
「主は黙ってて欲しいかな」
何故2方向から怒られなきゃならんのだ。
正面ではロゼッタとミナさんが何か言いたげな、それでも巻き込まれるのは避けたいから黙っているような様子だった
「わかったわかった、じゃあ、こうしよう」
俺は俺の正面にフェン、俺の隣にミナさん、ミナさんの正面に姉さん、そして、俺の膝の上にロゼッタを座らせた。
「え? えっ? えっ?」
ロゼッタは困惑してるが、他3名が無言なのでこれでいいだろう
「ヨシッ!!」
「「「良いわけあるかぁぁぁぁ!!」」」
フェン、姉さん、そしてノリのいいミナさんまでツッコミを入れてきた。
その後話し合いの結果、俺、フェン、ロゼッタが3人並んで座り、俺の正面に姉さん、その隣にミナさんが座る事となった。
姉さんは「5人でゆったり座れる馬車が必要ね」と言っていたが、別に俺は御者台でもよかったんだけど……
「つい最近まで暴れ回って勝手やってたあんたから目を離せる訳ないじゃない」と姉さんに言われてしまった。
でもね、姉さん、今の状況見てよ。
姉さんはミナさんとおしゃべり、フェンはロゼッタと金属板を見てワイワイ楽しそうにしてるんだ。
俺も話し相手が欲しい!!
御者を務めてくれてるのは先日までうちで執事を務めてくれてたハンクスさんなのだ。年齢的な事で執事を辞したハンクスさんが、実家のある王都に戻り、そして俺たちの馬車の御者を買ってくれたのである。
知らない仲でもないし、話題が無くて気まずくなることもないだろう。
ロゼッタが話し相手の居ない俺を気遣ったのか、話しかけてくれた。
「お兄様、このフェンちゃんのすまほ? と言うのはすごいですね!!」
「すまほ? ああ、その金属板の事か。前に少し使わせてもらったけど、すごいよな」
「え? なになに?」
「そういえばフェンちゃん、たまにその金属板触ってますよね」
姉さんもミナさんも興味深々なようだ。
「皆、スマホに興味あるのかな、うーん、例えばだけど」
急にフェンが俺に抱き着いてきた
「ちょ」「わぁ、大胆」「えええぇぇぇ」
そんな3人を無視してフェンが
「ほら主、笑顔でこのスマホ見てて欲しいかな!!」
「あ、ああ」
ぎこちないながらもすまほに笑顔を向ける俺。
――カシャッ
前、喫茶店でフェンがケーキに向かって何かカシャカシャしてた時と同じ音がしたかと思うと、板の表面に、俺と俺に抱き着いていたずらっ子っぽい笑顔のフェンの鮮明な絵が描かれた。
「へー、こうやってその時の情景を絵に出来るのか」
「それだけじゃないかな!?」
フェンはその絵を指でタッタッタ、と1分くらいいじって
「ほら」
とその画面を見せた、すると
そこにはフェンと俺の顔がハートマークで囲われ、その絵の左上と右下に、文字が書かれていた。
左上には「僕×主」、右下には「ベストマッチ!!」と書かれている。
「さらに!! カスタムすると!!」
「カスタム?」
「自分の使いやすいように形を変える、みたいな意味かなー? ちょっと違うかもだけど」
フェンは画面をいじると
「じゃーん!!」
画面を見る、前に見た、小さな四角がたくさん並んでいて、そこに小さな文字で名前が書かれている画面だ、だがその背景が。
「さっきの絵になってる……」
「こんなことも出来るかな~」
フェンは得意げだ。
「すごいな、前に使ってもらったろくおんといい、万能じゃないかこれ?」
「ろくおん?」
ロゼッタが興味深そうに聞いてきた。
「フェン、ひとつ見せてやってくれないか?」
「わかったかな。さて、うーん……あっ!!」
なんかフェンが急に悪い顔になった、あ、これダメなやつだ。
フェンはろくおんを開始し、こう宣言した
「僕、主の事大好き!!」
「わ、私も愛してますわ!!」「わ、私もよ!!」「私もです!!」
フェンの発言はイタズラ半分なんだろうけど、他の3人もノリいいなぁ。
ただ、発言が恥ずかしかったのかちょっと頬染めてる3人。
そして、フェンがさいせい、をすると、先程皆がしゃべった言葉がそのまま再生された。
「わ、わ、忘れなさい!!」「フェンちゃん、それは忘れて~!!」「は、恥ずかしいですね」
「フェン、消してやって」
「はーい……あ、そうだ、それなら、代わりに3人に録音させてほしいものがあるかな」
「な、何をさせる気なの?」
姉さんが完全に警戒態勢に入っている。そりゃそうだ。
「実はね……主、何でここに居るの?」
「は?」
急に辛辣なフェンの言葉を受けて、俺は硬直してしまった。
「女の子の内緒話の最中なんだから、主は出ていって!!」
フェンがおもむろに外を指さす。
ガタガタガタ……馬車の車窓から見える風景は穏やかな景色が流れている。いや、ちょっとまて
「走行中の馬車から追い出す奴が居るか!!」
とりあえず、俺に内緒の録音は家に着いてからという事で話がまとまった。
***
「して、その報告は本当であるか?」
王国の謁見の間、国王は憲兵長の報告を聞いていた。
「はっ! 時刻も遅い時間でありましたし、学生も全員飲酒後であったため、事実、とまでは断定できませんが」
一呼吸置いて
「土魔法による防護壁、これを瞬時に破った何者かが居たというのはほぼ間違いないでしょう」
と告げた。
許されざることなのだ、王都内に魔獣が出没し、さらに住民を襲う事など。それにその後の魔獣の足取りは不明。被害がさらに拡大する可能性があり、懸念事項がマシマシである。
さらに、もう一つ懸念事項が出てきており、国王は腹部がキリキリ痛むのを感じていた。
――その魔獣を撃退せし者、その名前は、フェンリルナイト・マジシャン
以前聞いた名前はフェンリルナイト・ドラゴンであり、別人の可能性もある、だが、少なくとも関係者か知り合いか……無関係というわけではないだろう。
「ともかく、魔獣の足取りは引き続き確認する事。並行して、フェンリルナイト・マジシャンを名乗る者の足取りも確認せよ。コンタクトを取り、我らの利益となるようであるなら放置、だがもし敵であるならば」
少なくとも王都の若者を守った実績はある。恩人である事には変わりないのだ。だが、王として、非情な命令を下さなければならぬ時はある。
国王は一瞬言いよどみそうになったが、気を取り直しはっきりと告げた
「――即座に殺害せよ」
その王命を聞き、王の傍に控えていた星導教会の司祭は内心、高笑いをしていた。
早速、フェンリルナイトが尻尾を見せたのだ。
名前は違えど、恐れ多くも幻獣の名を戴いた名前を自称する輩である。先の伯爵の謀反を解決したと言われるフェンリルナイト・ドラゴンと深く関わりのある人物であろう。
龍音叉を取り戻す! 少なくとも、フェンリルナイトが星導教会の秘宝の秘密に気が付く前に。気が付いてしまった場合は、王の名のもとに殺害する。
そう心に決めた司祭であった。




