第41話 希望の英雄/破滅の英雄
シュタッシュタッ
建物の屋根を飛び移り、人気の無いところまで到着。
「主、お疲れ様かな」
屋根の上で待機していたフェンが俺にそう声を掛けてくる。
「ああ、とりあえず被害は最小限に抑えられたが、魔獣には逃げられた。フェン、その後追跡出来るか?」
「それが、主から逃げてすぐ、魔獣の気配が消えたかな」
フェンにしては歯切れの悪い回答が返ってきた、つまり……
「魔獣をコントロールしてる何者かが居る可能性があるのか?」
「うん、例えば、魔獣を飼いならして自在に操れる人間か、または……」
「足が付くのを恐れ、黒幕が殺害したか……ってところか?」
「多分そんな感じかな? どちらにせよ、今日の所は解決、って考えていいかな?」
どうも煮え切らない。だが、先ほど俺が魔獣と交戦した地点には憲兵が集まり、現場検証をしている。
ここまで大騒ぎになったんだ、暫くは黒幕も大人しくしてるだろう。
そう願いたい。
「ところで主、新フォームの使い勝手はどうかな?」
「悪くないな、全体的な能力は基本フォームに劣るが、遠距離、近距離ともに隙が無い。それに」
俺は腕輪を変身の腕輪をトントンと叩き、画面から「フェンリルナイト・マジシャン」を選択、その変身フォーム一覧の上に「地」「水」「火」「風」と選択肢が出てきた。その中から「水」を選択。
すると、先程まで緑色であった顔面と胸当てが青色に変わる。
「こうやって属性を変える事で属性魔法の耐性と攻撃手段、基礎能力が変わってくるから、こまめな戦闘スタイルの変更で翻弄する事も可能だ」
「気に入ったみたいかな?」
「そうだな、魔法剣士、みたいな感じで使えるな」
俺は属性をまた、水から風に変更する。
「さて、帰るか~!! 明日から1週間くらい、王都から離れるし、早く休むぞ~!」
レオたちはちょっと早めに王都に来て準備していたため、2週間追加の休みをもらったところで、王都内でやることは大体終わってしまってるのだ。
なので、先日の馬車襲撃事件で人質となってしまったロゼッタとミナさんの療養も兼ねて、1週間ほど実家に戻る事となったのだ。
「でも、ロゼちゃんも体調戻ったし、二人とも、馬車にトラウマ持つような事無くてよかったかな?」
「そうだな、そういう意味では2人とも強いよな……っと」
俺は屋根から地面に飛び降り、風の力を使って軟着陸。そして変身を解除する。
その後ろにはフェンが普通に飛び降りて着地していた。
「寝る前にロゼッタの様子見ておくか」
***
「まあ、お兄様、どうされましたか?」
部屋のベッドに入り、それでも眠れなかったのか、ロゼッタは本を読んでいた。
「あー、読書の邪魔したか、スマン。体調はどうだ?」
「体調は万全です。明日からしばらく、実家に戻るのですよね! お母様とゆっくりお話したいです!」
「父さんも入れてやって……」
娘2人に相手にされずに涙目な父さんを想像して、ついそう言ってしまってから、ふとロゼッタのベッド脇を見た。
人形が2体、どことなく姉さんとミナさんに似てるな。
「すみませんお兄様、実は、この前一人で実家に戻ったのは、この人形を取りに行ってたのです」
ロゼッタは続ける。
「このお人形、以前お姉様の14歳の誕生日の時、お姉様が仲直りの印に、と、くださったものなのです」
あー、あの時か
「8歳かそこらの時の、子供っぽいプレゼントの贈り合いでしたが、それでもこの人形が無いと、落ち着かなくて……子供っぽいと、笑われますか?」
「いいじゃん? それだけ、思い出を大事にしてるって事だし」
――その時の出来事を、涙で終わらせるだけじゃない。姉さんはこうやってその時の涙の思い出も宝物に変えてしまったということだ。
戦うしか能のない俺には無理かもしれない。
「それに、やり方は乱暴だったかもしれませんが、私とお姉様を心配してくださって戦ってくださった騎士様がいらっしゃいますから」
ロゼッタは今読んでいる本の表紙を俺に見せてくれた、そこには「希望の英雄」 とタイトルが書かれた本があった。
「希望の英雄、か。そんな人が姉さんとロゼッタを守ってくれたなら、俺もちゃんとお礼を言いに行かないとな」
「お兄様」
「どうした?」
「いえ、この本の主人公のモデルは、お兄様ですよ?」
「は?」
……意味が分からない
確かにそんなタイトルの本が流行ってるとは小耳にはさんだ事はある、だが。
「いやいや、長男とはいえ、辺境の男爵家をモデルにしたところで、本になるほどの活躍は……それに、そんな話を聞いて広められるような顔の広い人が居るとも思えない……」
「そういえばお兄様は領から出たがらなかったですから、ご存じないのですね」
ロゼッタはエヘン、と咳払いをして
「私たちのお母様、ルリア=ルーディルの実家はここ、ゼファー王国の王都なのですよ、そして」
ああ、道理で母さんは田舎の人間とはちょっと違った、洗練された気品みたいなのがあったのだな。豪商の娘、とかなのだろう。
「お父様に嫁がれる前の名前は、ルリア=ゼファー。元第三王女です」
なにしれっと爵位最下段の男爵家なんかに嫁いでるの元王女様……
「すまん、意味がわからん」
「その詳細はお父様からお聞きになった方がいいと思います。ただ、これでわかりましたか? お兄様の偉業は名前こそ伏せられますが、こうやって広まる土台はあるわけです」
ロゼッタが嬉しそうにそう語るが、逆に俺は青ざめた。
理由はドラゴから語られた「幻獣の性格は主の深層心理だ」という発言のせいだ。
元々、公然と「ママー、おっぱいー」という可能性がありヤバイ、とは思ってたが、もしかしたら俺は、それが元とは言え王女相手に言っていた可能性があったわけか……
いや、あれは全部フェンの悪ふざけ、俺はクールでハードボイルドな男だ、ステイクール。
「と、ともかく、ロゼッタが回復したのならよかった。明日は早めに出るみたいだし、読書はほどほどに休みなさい」
どもってしまった。そしてその動揺がロゼッタに伝わったのか、ちょっとロゼッタがクスクス笑っている。
「そうですね。もう少しお兄様とお話したかったですが、続きは明日の馬車の中でしましょう」
「ああ、おやすみ、ロゼッタ」
「おやすみなさい、お兄様」
俺はロゼッタの部屋を出ようとした時、ロゼッタが
「おやすみなさい……私の騎士様」
と小さく言ったのが聞こえた。
***
「そう言えば、主」
ロゼッタの部屋から退出してきたレオにフェンが問いかける。
「前、誰かのために誰かを殺す覚悟あるか、聞いたよね?」
「ああ、聞いてたな」
「その時、その覚悟は無いけど別の覚悟ならしてる、みたいな事言ってたけど、それって何なのかな?ちょっと気になって」
「ああ、その事か、簡単なことだ」
レオは事も無げにこう言った。
「俺は、俺のために人を殺すんだよ」
「え? でも、ロゼちゃん助けるために……」
「ロゼッタを助けたかったのは俺の我が儘だ。だから、俺は俺の我が儘の為に人を殺したんだ」
実際、レオは覚悟をしていた。人を殺す事、そして、その責任を全部自分で背負う事を。
誰かのため、と言ってしまうと、その人を殺すことについての責任を押し付けてしまうのではないか、そう考えたが故のレオの答えであった。
「ふぁぁ……俺も眠くなってきたから、寝るな?お前も早く寝ろよ~?」
「う、うん……おやすみ……」
フェンは部屋に戻るレオを見ながら、小さくつぶやいた
「主……責任に潰されて破滅しないようにね……」
その声はレオには届いていなかった。




