第40話 フェンリルナイト・マジシャン
深夜の王都。
本来ならば明日、高等学院を始めとする学校や仕事場が新入を受け入れ本格始動するところであったが、現在王都はその本格始動をする日を2週間ほど先延ばしにする事としていた。
王都と密接に繋がっていた伯爵領主の造反につき、乗合馬車のルートの変更、それに伴い各店や物資の調達ルートの変更対応、学院は新入生の安否確認等、現状を維持するための対応でとても新人教育等をしている余裕はなかった。
だが、学生にとっては春休みがただ伸びただけの平和な時間であった、そして、この国では15歳は成人とみなされ、酒等を飲んでもよいのだ。そのため、気が緩んで飲み過ぎる学生もいるわけで……
「うぃ~~」
「「「ギャハハハ!! 飲みすぎじゃねーか!!」」」
深夜、居酒屋から帰宅中にこんなバカ騒ぎをしている男子学生が4名、そして
「男だけで盛り上がってバカみたい」
と冷めた目で見る女子学生が4名。
学院の中でも仲のよい8名グループ、その中でもやはり恋愛沙汰というのはあるもので
「俺、今日告白するわ!」と息巻いていた男を、他の3人が潰したというわけだ。
実際、その男が告白をしようとしている女子は別のグループからも注目を集めるほどであり、他の3人も気にはなっている相手である。
対して潰された男子は、仲が悪いわけではないが、いわゆる「いじられ役」となる事が多いのであった。
そんな8人が学院の寮に帰ろうとしているところ
「うっ、おえぇぇぇ」と潰された男子学生がわき道に逸れ、気持ち悪いものを吐き出した時だった
――グルルルルルル
吐き出した男子生徒と、その怪物の目が合った。
すごく獰猛な様子のその怪物を見た学生は酔いが一瞬で冷め
「おいおい~だいじょうぶか~? ギャハハハ」
などと言っている友人たちに全力で駆け寄り、鋭く叫ぶのであった
「逃げろ!! 振り向くな!! 走れ!!」
――ギャァァァオオオ!!!!
そもそも魔獣はそうそうお目に掛かれるものではない。生涯1度2度お目に掛かれば十分不幸な部類だ。ましてや王都内に出てくるとは、前例が無いのだ。
「「「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」」」
男子生徒の3人は忠告通り逃げた、だが、問題は残りの女子生徒4名だ。
「「あ、あっ……」」
2人ほど腰を抜かしており、残りの2人も膝が笑っているのか、逃げようとはしていない。
(……仕方ない……)
男子生徒は意を決して怪物と女子学生4人の間に立つと、魔法を発動した。
紛いなりにも高等学院の学生である、中級魔法の一つや二つは使えるのだ。
男子学生は土の壁を展開した。これで時間稼ぎをし、その間に立て直して逃走する、そう考えたようだ。
「さあ! 今のうちに!!」
男子学生は動けない女子学生たちにそう呼びかけた、だが
――グオォォォォォォオォォォ!!
突如として土壁が拭き取んだ、いや、怪物が吹き飛ばしたのだ。
そのまま怪物は腕を大きく振るい、男子学生を吹き飛ばす。
「ぐっ!」
怪物は吹き飛ばした男子学生には目もくれず、へたり込む4人の女子学生にじわりじわりと寄っていた。
「がっ!! や、やめろ!!」
男子学生は先ほど吐き出した物とは違う、赤いものを口から吐き出しつつ、そう叫ぶ。
だが、怪物の歩みは止まらない。そして、男子学生が惚れている女子学生の前で止まり、そのまま腕を振り上げ
「や、やめろぉぉぉぉ!!」
男子学生は全力でその怪物と女子学生の間に滑り込んだ、だが、それが精いっぱい。
このままだと自分は倒され、皆も……彼女も!!
自分の力で救えないのが悔しい!!自分の力が無いのが悔しい!!それで自分が死んでしまうのはかまわない、だが
――せめて、彼女は守りたい!!
パァン!!
男子学生が死を悟った瞬間、どこからともなく鋭い破裂音のようなものが聞こえ
――グ、グォォォォォ
怪物が振り上げた手から大量の出血をしていた
「ふう、間に合ったか。おい怪物、いくら美女揃いだからって発情してんじゃねぇよ!」
その声に怪物が高い建物の屋根の上を見上げる、男子学生もそれに釣られて見上げて、その人物を発見した。
全身黒のスーツと黒のマント。
頭は狼を模した装飾のついた黒のフルフェイスヘルメットか?しかし、顔の正面部分はエメラルドで覆われているのか、緑色であった。
いや、そもそも、胸部装甲もエメラルドだ。宝石をこんなにあしらうとは、ただの成金か?
そして、右手にはL字?のような形をした金属を持っている。あれは何だ? 魔道具的なものか?
「よっと」
その謎の男が建物の屋根上から飛び降りる、普通なら大怪我は必至の高さであったが。
――ビュォォォォォ、スタッ
男は風の流れを自在に操れるのか、軽やかに着地したのであった。
そして、男は右手に持ったL字型の物を大きく1回振った、すると
――チャキン
そこには先ほどのL字の物体はなく、少々幅広な片刃剣が握られていた。
「さあ、覚悟しろ怪物」
そこから先の展開は、男子学生からしてみればただ「舞台を見ている」ような感覚であった。
剣術ではない、剣舞と呼んだ方が正しいのかもしれない、それくらいに芸術的な戦いであった。
怪物の攻撃をクルッと回って回避したかと思えば、その回転の勢いのまま自在に剣が振るわれる。
剣を怪物に止められた際も、まるでそれが予定調和であったかのように鮮やかに蹴りや体当たり等を繰り出す。
そして、その一挙手一投足がとても速く正確であった。
圧倒的な力に押され、怪物は劣勢を悟ったのか
――グォォォォォォ!!
と叫ぶや否や、逃げ出したのだった。
「まて! 逃がすk……」
そしてその男はちらりと襲われていた学生たちを見やり
「……ちぃ、次は逃がさねぇ」
と言いながら、男子学生たちに駆け寄る。
男は男子学生をちらっと見てから
「この中に中級回復魔法以上を使える奴はいるか?」
「あ、はい、私使えます」
男子学生に庇われるようにしていた女子学生がそう答えた
「よかった、治療してやってくれ」
「あ、あの、助けていただいて、ありがとうございました」
女子学生のうちの1人がそう告げる。
「例には及ばないさ。たまたま見つける事が出来たから駆け付けられたし、それに」
男は男子学生を見やり
「彼が時間を稼いでくれたから間に合った。お礼なら彼に言ってくれないか?」
「なんで、なんでこんな無茶したのよ!? 敵わないと分かってたでしょ!?」
回復をしている女子学生が、回復しながら男子学生を責めるような発言をしている。
「お嬢さん、男の子には、時として命を危険に晒してでも守りたいものってのが出来るものだよ。彼にとってはそれが今だった、ってだけだろうね」
「そんな、命を投げ捨てるような事……」
「心配かい? それなら、今回復魔法使うために握っている彼の手、彼がこれ以上無茶しないように、その手をずっと握ってやって欲しい」
さて、やるべき事はやったかな、と男は学生達に背を向け……
「お待ちください、せめて、お名前だけでも……」
女子学生の1人がそう尋ねる。
「俺の名前? 俺の名前は……」
男は答える。
「俺の名前は幻狼騎士・マジシャンだ」
「フェンリルナイト・マジシャン様……」
治癒魔法を使っている女子学生以外の3名が頬を赤く染めている。飲みすぎか?
「ではさらばだ! 麗しいレディたち、そして命を賭してレディを守った勇敢な騎士よ!」
男はそう告げると、大きくジャンプ、そのまま建物の屋根を飛び移り、一迅の風のごとく去って行ったのであった。




