第33話 認めたくないものだな、自分自身の老化故の過ちというものを
「主、完全に悪役かな」
本来なら管理組合から情報を聞き出し、管理組合を仲間に引き入れ、今後の警戒を高めさせるつもりだった。
あわよくば、情報を仕入れ真犯人を炙り出し、解決したその足で犯人ともども抹殺するつもりだった。
「当てが外れたなぁ~」
「主にしては強引だったかな。いつもの主らしくなかったし」
まあ、自分が守りたい対象が、簡単に人を殺すような輩に掴まっているってのがこんなにキツいものとは思わなかった。
「ところで、あr……タクトさん、これからどうするつもりですか?」
「そうだな……行くしかないか」
「あ、あの……」
先程の管理組合の職員さんが声をかけてきた。
「なんですか?」
俺はあえて職員さんに顔を向けずに答えた。
自分もまだ、さっきの暴挙を思い出すと気まずいのだ。
「今、行くっておっしゃってましたけど……もう遅い時間ですよ……?」
「大丈夫ですよ、慣れてますから」
「いや、慣れてますからって……そんな、まだ証拠も見つかってないのに……」
「え? もう確認済みです。場所も特定してるので、後は殴りこむだけです」
道中の道案内の看板の向きを逆にし、一番油断しやすい所で罠にかけたことも。
そもそも本来なら安全な道中なので、護衛をそれほど雇ってない御者も多く、その殆どが不意打ちで殺されている事も。
「だって、先ほどは調査費を出して調査を、って……」
職員さんは気が付いたようだ。
「あえて、私たちに汚名返上の機会を作ろうと?」
当たらずとも遠からず、といったところだ。
「ちょっと違うかな。もしこちらに裏切り者の存在が居た場合、あれだけ大きく動かすんだ。すぐ尻尾を出すか、依頼主の俺を攻撃してくるだろうと思ってな」
秘密だぞ、とジェスチャーする。
「ねえ、あ……タクトさん、さっきの声、消しちゃっていいの?」
「ああ、使わないから消してくれ。俺にはオッサンの声聞いて喜ぶ趣味は無い」
「えっ?」
職員さんはなんでわざわざ証拠を消すような真似を? と聞こうとしたようだが、時間が惜しい。
俺が先に質問を被せ、発言機会を奪う。
「そんで、疑問なので一つ教えて欲しいのだけどさ、この支部の一番の稼ぎ処の王都便が何故止まったのかと」
「そ、それはですね……この街の領主、伯爵様の直接の指示です……無期限で管理組合の支部にいる、中堅以上の御者全員貸し出せと……断れば、ここの組合の人間全てを罪に問うと……」
最初からそう聞けばよかった。気が焦りすぎたようだ、俺も反省しよう。
「ふーん、それじゃあ、俺の目の前から走ってくる大量のオッサン軍団は、解放された御者かな?」
***
「え?」
タクトさんの発言の内容が、一瞬意味がわからなかった。
そういえばさっきから地面が細かく揺れ……どんどん大きくなってない!?
……タタタダダダダダダダダダ!!!!!!!!
タクトさんとの話中、うしろめたさを感じて伏せていた顔を上げる、そうすると
「よう! 職員の姉ちゃん!!」
そこには……いつもカウンター越しに私に怒鳴り散らしてくるおじさんが笑顔で声をかけてくれた。
それだけではない
「あ、受付のお姉さん!! 疲れたよー! 今日は飲みに誘っても邪険にしないよね!!」
いつも私を飲みに誘おうとしつこく声をかけてくる青年を始め、顔見知りの皆がそこには居た。
「お前ら、少しは黙らんか!! お姉さんや、支部長はおるかの?」
そんな御者の皆を時には厳しく、時には優しくサポートしてくれる最年長のおじい様。だが、怒ったりはするが、最期は皆を笑顔に変えてしまう、そんなおじい様がひどく浮かない顔をしているのであった。
「み、皆さん、ちょっとお待ちください。あの、タクトさん……」
いつの間にか、そこに居たはずのタクトさんとリルさんは、その場から姿を消していた
***
「ってて……あれ? 俺、なんでこんなところに……? ……ああ、そうか」
支部長イザークは起き上がり、事の顛末を思い出し、ハハハッと笑った。
生意気な小僧にまくし立てられ、逆上して、相手の抑えた証拠を奪おうと襲い掛かり、返り討ちに遭ったのである。
そしてそのまま応接室の椅子に座り
ガヂィィン!!
応接室のテーブルに拳を叩きつけ、テーブルを割った。
別に小僧にやられた怒りからではない。小僧に言われるまで、自分が何故御者をやっていたか忘れていたことに対する怒りからだ。
俺は、人々の笑顔が見たくて、御者をやっていたというのに……
俺がまだ現役で国中を御者として回っていたころ、色々な光景に出会った。
たくさん嬉しい光景を見てきた。
例えばだが、街に付こうかと言う頃、そこに住む子供達が街の外まで迎えに来てたりするのだ。
街の外は危ない、と、その子供の待ち人である親や祖父母が子供を馬車の中に拾い、そして、説教タイムが始まる。
本当は待ちきれないほど楽しみにしていた子供愛おしくて仕方ないのに、それを必死に隠して怒る大人。
すぐにでも抱き着きたいのに謝ったり泣いたりしかできない子供。
そんな大人と子供が建前を脱ぎ捨てて、再会を喜ぶ瞬間なんかを見るのはこちらも最高にうれしいものだ。
ただ、それを邪魔するものは残念ながら普通に居る。だからこそ、そんな輩に客の幸せを邪魔させまいと、護衛だけでなく、自分も鍛えて鍛えて鍛えまくったのである。
そんな危ない橋を渡った思い出で一番の思い出とすれば、荷運びの途中、大量の魔物を牽制しながら赤子を抱いて走って逃げている若い魔導士を途中で拾い、協力をしながら安全な街まで逃げ切った事だろうか。
あの逃げ切った時はもう、オッサンに片足突っ込んだ俺とその若い男で抱き合って泣きながら喜び合ったのを覚えている。
――ありがとう、助かった。今度は君がピンチな時、俺が助けよう。俺の名前はランバート、君は……
(コンコン)
おっと、考えに耽ってしまってたようだ。
「支部長、起きてらっしゃいますか?」
「ああ、大丈夫だ、入れ」
――ガチャッ
――コツコツコツコツコツコツコツ
――ザッザッザッザッザッザッザッ
――ペタペタペタペタペタペタペタ
――ドスドスドスドスドスドスドス
いや、足音多いな。
「支部長、伯爵邸の軟禁より、御者全員戻りました」
年寄り役として御者をとりまとめていた、初老の男がそう告げる。
「軟禁? 皆は伯爵様の特別な任務についていたのではないのか?」
「もはやあ奴を伯爵などと呼ぶ必要はありませぬ。我らを部屋に閉じ込め、そこで数日何もさせなかったのであります。その上、開放した際に特別作業の謝礼金の件について話をさせろと言うと「お前ら下賤の物に渡すものなどない」との事」
確かに3年ほど前、この国を魔力をかき乱す大きな寒波が襲い、その寒波で前伯爵、正妻、伯爵家長男が相次いで亡くなりまともに学校に行かなかった妾の息子の次男が爵位と領地を継いだのだ。
その結果、この街の税率は年々大きく上がり続け、実は3年前と比べて街の活力は大きく落ちていた。
今はただ「王都直通便があるから仕方なく」泊まったり通過したりする客でギリギリ成り立ってる状態なのだ。
その伯爵が自領の売りを捨ててまで、その売りを創出する御者を軟禁し、見下すという。
「そうかそうか……ふふふ……ハハハッ」
「し、支部長? いかがされました?」
「いやー、自分の商才の無さは自覚してたが、ここまでとはね」
皆の生活を守るため、実入りの良い楽な仕事の方を取る、これは重要だ、だが
「皆! 喜べ!! 別の仕事だ!! 15人の馬乗り、すぐ行けるやついるか!? 拘束時間は大体1~4時間!! 報酬は1人当たり金貨20枚!!」
「「「「「「「「おおー!!!!」」」」」」」」
「さらに!! 30分以内に名乗り出るならなんと!! 金貨40枚に増額だ!! この管理組合の実力を見込んでの大判振舞いだ!!」
「「「「「「「「うぉぉぉぉぉーっっっっ!!!!」」」」」」」」
「そんな話をさっき俺は蹴った!!」
「「「「「「「「しぶちょぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!」」」」」」」」
皆笑っていた。多分、既に事の顛末は聞かされてるのであろう。
「俺は易々と詐欺師に騙され、本当に困ってここまでの条件を出してくれたクライアントを蹴り出した!!」
「蹴り飛ばされたのは支部長ですよねー!!」
誰かがそう言い、また皆で大爆笑。
「やかましい、だが!! 俺は目覚めた!!」
さっきまで笑っていた皆が急に静まり返る。続く言葉を待っているのだ。
「俺がやりたいのは、このクライアントから持ち掛けられた方だ!! だが、ここから先は管理組合なんて一切関係ない、報酬も出ない!! だから、イヤなヤツは降りても文句は言わない!! その上で頼みたい!!」
頭を下げ
「本来なら王都に届けるはずだった笑顔を、責任をもって届けたい!! 危険な事になるかもしれない、だが、それでも、手伝ってほしい……頼む、この通りだ!!」
場は沈黙、どれほどの時間が流れたのか
「どうもうちの若いのが調子に乗って一人で御者してやらかしたようで、捕まえてゲンコツしてやりたいんすよ、あっし」
俺も俺も、と何人かのが声を上げる。
「乗客に危ない目に遭ってる女の子が居たら、助けて恋仲になれるかな……ドキドキ」
「でもお前チビじゃん」
「身長関係ない!!」
ドッ、と笑いが起きる。
「支部長、顔を上げてください」
俺が顔を上げると、そこには、人の笑顔を守るために覚悟を決めた、たくさんの勇士の姿があった。
「我らも皆、支部長と同じ思いです」
嬉しいやらなんやらで、涙が出てきそうであった。すごく嬉しい。だが、緩んだ顔など見せられない。まずは、乗客の安全の確保が最優先だ。俺は思いきり頬を両手で
ーーヴァッッッッチィィィィィィィィン!!!!!!!!
と叩き、気勢を発した。
「おっしゃぁぁぁぁぁ!! 見せてもらうぞ!! お前らの覚悟の強さとやらを!!」
***
街中、いや、街の外まで響き渡るのではないかというほどの大きな音を立て、支部長イザークが頬を叩き、気勢を発する。
その様子を見ていた中堅クラスと初心者卒業して数年の若手がこっそりと話をしていた。
「お、この目で見る事が出来るとは」
「先輩? 何を見る事ができたんです?」
「ばっかおまえ、知らないのか? 赤ザクだよ、赤ザク」
「赤ザク?」
「ほら、支部長のイザークさんのほっぺ、強い力で叩きすぎて真っ赤だろ」
「うわ、マジだ。なにやってんだあの人」
「あの状態になるとあの人、盗賊だろうと人よりはるかにデカい魔獣だろうとなんだろうと、1人で平気で瞬殺するんだぞ」
「ひょえええええ!!」
「その上、なんか馬車を引く馬にすら気合が伝播するらしくてな。馬の速度も普通の馬車と比較にならないほど早いらしい」
「あ、昔、彗星便とか言われるすっごい早い馬車があったと聞いたことあります。それって……」
「お客からすると、3倍くらい早く到着したように感じるほどだったとか」
「なんちゅー人や……で、何で赤ザクなんです?」
「赤鬼イザーク、略して赤ザクらしい。これくらい業界の常識だぞ。知らないとかお前、誰に育てられたんだよ?」
「ボクを育ててくれたのは先輩っすよ……」
「あー、当たり前の事過ぎて教えるの忘れてた、スマンスマン、はっはっは」




