第31話 馬車選びは慎重に
時は少し遡り。
ロゼッタとミナは王都との間の中継地点の街で、乗合馬車の管理組合の建物に向かっていた。
本来であれば男爵と言う、爵位が低いとはいえ、貴族階級に属するロゼッタが乗合馬車を使うという選択肢はまず取らない。
実際、父親であるランバートと、数年前から離れて暮らしていた、姉であるリリカに対しては専用の馬車が用意されていた。
引っ越しの際の大きな荷物はリリカの馬車で運んでもらい、実家との往復も、リリカの馬車か、父の仕事の邪魔にならなければランバートの馬車を借りるのが普通であった。
しかし、新生活が始まる直前に、忘れ物に気が付いてしまったのだ。
そしてその忘れ物は、他の人から見ると、なんだそんなものと思うかもしれない。
または、いい加減卒業しなさい、と言われるかもしれない。
そんな他人から見て価値が無いものと判断されかねないもののために、家族の手を煩わせたくない。最後の1往復くらい、1人でも出来る事を見せたい。
だから、今回の乗合馬車で実家まで往復するというのは、これまで誰かに守られて生きてきたロゼッタにとって、ひとつの成長のためのステップなのだ。
当然、リリカは大反対、レオもどちらかと言えば反対だった。
だが、ロゼッタもここは引けなかった。これからは5人生活である。ミナが家事全般を主にやってくれるとは思うが、5人が力を合わせる必要がある。
その中で、まだ所々人としての常識が危ういとはいえ、フェンのお目付け役なんて役目はすぐに終わってしまうだろう。
それが終わった後、兄と姉に守られながら暮らす、それでは駄目なのだ。
だからこそ、ロゼッタは姉と兄が折れるまで説得を続けた。そして、最終的には許可をもらったのだ。
ただ、姉からは散々レクチャーをされた。
例えば、馬車は御者経験豊富な人の方が土地勘があって安全だから。間違っても、若い御者1人で引いてる乗合馬車には乗らないように、と。
そして、そんなロゼッタのひとりでおつかい(お手伝いさん付き)も終わろうとしていた。
あとはこの中継している街を出発し、王都に到着すれば終わりだ。
丁度昼時くらいなので、到着は夕方あたりになるだろう。
――お兄様は褒めてくださいますかね?お姉様には、心配したって怒られそうですが。
そんなこんなで浮かれた足取りのロゼッタと、いつも通りのミナであった。
***
「王都行きの馬車が、しばらく無い?」
管理組合の建物でロゼッタは職員より聞かされた言葉に耳を疑った。
乗合馬車にも様々な種類がある。
まずは一定の領域内をぐるぐると周回する、領内乗合。これは年老いて長距離に対応出来なくなった老人御者などが担当し、主に各領地内を結ぶ、短距離循環方式である。
次いで領外循環、これは決まった短距離の領地間を結ぶ路線である。
馬車を使えば王都との往復で半日しかかからないルーディル領、しかしここは一部の慣れた御者しか通れないような道も多く、正規ルートを通ることを前提とするなら、いわば陸の孤島といったところなのだ。
ここを通ることの出来るのは限られた御者だけであり、さらに「長距離用の乗合馬車の直接の乗り入れが難しい」道などで他領と繋がっているため、貴族に直接雇用されている特別な御者以外だと、どうしても短距離間移動で場数を踏んだ領地間移動を頼らねば通行すらままならず、陸の孤島な領地にとっては生命線なのである。
そして最後、これが遠距離乗合。これが今ロゼッタが使おうとしている乗合馬車である。
この遠距離乗合はいくつか他の2路線とは違った特色がある。
まず第一、他の2つの乗合馬車と違い「決まったルートはない」ため、それなりに経験則が必要であり、若い御者は見習いとして何年か経験を積むこととなっている。
そして第二、場合によっては馬車で数日かかる行程もこなさなければならないため、常にその馬車が確保できるかは未知数なこと。
なので、多少、馬車が希望通りに出発しないことも普通である、だが……
「ロゼッタ様、どうしましょうか?流石にこう、何日も馬車の予定が無いのは……」
ミナの言う通り、数日間の間、馬車の手配がムリというのはあまりに異常であった。
ロゼッタの居るこの街も大きく栄えているが、その理由は「まるで定期便のように」王都との遠距離馬車が出ているからであった。
比較的平坦な道で繋がっているため、馬車のスピードが出しやすい。
大きく誤った分岐も少なく、国の中央部の王都とのパイプラインであるからこそ、治安も他の馬車道と比べて安全。
信用が客を呼び、客が落としたお金が街を潤し、街が乗合馬車利用者を歓迎するかのように発展する。まさにこの街は馬車と街の共生関係を体現している。だからこそ、その目玉の王都行きの馬車が出せない事は死活問題のはずなのだ。
実際、ロゼッタの周囲にも馬車が出ない事への不満を漏らす客も多く、管理組合の職員が謝罪対応に追われている。
どうやら、領主命令で熟練の御者は別の所に送られ、今組合には遠距離馬車をまかせられるかどうかギリギリの若手しか詰めてないそうだ。
人の往来が激しくなる時期であるから、特別な運送業務なんかもあるだろう。だから、多少ならわかる。だが、街の強みを全て捨ててまでやるべきことなのだろうか。
組合としても、王都と地域の流れが活発になるこの時期を逃したくないのか、今回だけ特別に若手の許可を降ろすかどうか、検討しているらしい。
(もしこのまま、若手が御者をする馬車を使ってしまうと、お姉様との約束を破ることになってしまいますわね。でも……)
今回の乗合馬車での実家との往復、これを自分に対しての試練と考えているロゼッタは、この姉との約束を破ってでも王都に早く着くことを優先しようとした。何故なら
――お兄様とお姉様の入学式が迫っているのに、私の帰りが遅い事で心配をかけるわけにはいきませんわ。




