第30話 ヒーローに対してよく投げかけられるやつ
突如としてフェンが立ち上がり、トコトコとどこかに行こうとするので、すかさず姉さんがフェンに尋ねた。
「あれ? フェン、あんたどこ行くの?」
「おトイレー!!」
「あんた、大丈夫なの? ついていこうか?」
「んー、手伝ってもらうなら、主に手伝ってもらうかも」
「えぇっ!?」
シャーロットさんが驚いた感じの反応を示した。
「いや、手伝わなくてもお前大丈夫だろ?」
一方の俺と姉さんはそのフェンの発言をスルー。
そうか、これが兄弟姉妹との会話に慣れてるか慣れてないか、といった話なんだな。
シャーロットさんには兄弟とかいないのだろうか……
「さて俺も行ってくるか」
「ついていくわ」
「お花摘み、でも?」
「い、いってらっしゃい……」
もちろんクールな俺はさりげなく伝票を持って席を立つぜ!
あ、姉さんは気が付いてないけど、シャーロットさんが気が付いた。ニコニコと手を振ってくれてる。ああ、気遣いの出来る自慢の弟、って感じでカッコつけてみたかったけど、失敗かなぁ。
***
「主、来たね」
「ああ、で、どうした? 緊急事態か?」
「まずはこれを見て」
今までフェンが決して覗き込むことを良しとしなかった、謎の金属板を見ろと言ってきた。
見ると、その中でちいさな人形みたいな姿をした人間型のフェンとロゼッタの中の筋肉が板の端と端に立って向かい合っているような様子が見えた。
そして、上から文字ややたら鮮明な絵が、まるでどちらかが発言したか分かるような絶妙な配置で表示されている絵が見えた。
俺はそれを覗き込み、上から読んでいった
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(フェン)「みてみてー!」
(フェン)ここに何らかの鮮明な絵が貼られている
(フェン)「僕のママのおっぱい!!」
(筋肉)「うぉぉ、細くも鍛えられてる事が分かります!! 姐御、俺、興奮してきました!!」
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「おいフェン、てめえ何してんやこら」
「そこは重要じゃない、もう一個下」
もう一個下?
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(筋肉)「まずい、姐御、助けて」
(フェン)「どうした?」
(筋肉)「お嬢が賊につかまった」
(フェン)「詳しく」
(筋肉)「乗合馬車の御者が道間違えて、賊のアジトの近くに」
(フェン)「敵の戦力と場所」
(筋肉)「敵は30人弱、そこそこ高位な魔法使いも10人くらい」
(筋肉)地図らしきものと、その地図の一地点を指し示しているような絵
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おいおい、これって……
「主……主に酷な質問をすることになると思うけど、いいかな?」
「なんだ?」
「主、誰かのために人を殺す覚悟、ある?」
「……」
「主が無理だというなら、僕が一人で行ってくる」
言われるまで意識しなかった。いや、気が付いてはいたれど、あえて目をそらし続けてた問題が今、時間の猶予も無く俺に問いかけてくる。
人の笑顔を守るため、人を殺す。
普段からヒーローヒーロー言ってる自分にとって、いろんな意味で矛盾する話だ。
これが「殺さなければ救済にならない」とかなら踏ん切りは簡単につくのだろうが、ただの犯罪者で更生の余地があるのに殺す可能性があれば、それは確かに躊躇してしまう。
かといって、ロゼッタを見殺しにしていいかというと、それが一番イヤである。俺は平凡な日常こそ守りたいのだから。
そして「人を殺したけど、これはロゼッタのために仕方なくやったんだ!!」みたいな言い分をするのは俺にとって一番忌避するべき内容だろう。
ふと、子供の頃に姉さんが言っていた言葉を思い出す。
「もっと我が儘言いなさい」だっけか。ああ、そうか……
「フェン、悪いな、俺は、誰かのために人を殺す覚悟はない」
「そうか、じゃあ、僕一人で」
「だけど、覚悟はしている。俺も連れていけ」
「……足手まといになるなら、主と言えどお願いは聞けないかな」
「足手まといにはならない、それは保証する」
しばしにらみ合うフェンと俺。どれだけの時間が過ぎたか……
フェンがため息をひとつつき、こう続けた。
「……怪我だけはしないでよ」
「ああ、そうと決まったら、いくぞ相棒!!」
俺とフェンは駆け出していた。
あ、途中でちゃんと会計は済ませたよ。
「すみません、支払いはこれで!! 余った分は貰っちゃってください!!」
会計を担当した店員さんが何か言っているようだが、俺はその店員さんの声を無視して駆け出した。
今は緊急事態につき、足りなかった場合はまた後日持っていこう。
***
「改めてごめんね、シャーロット。うちの弟たちが」
未だに自分の友人を口説いた弟について、私は平謝り状態だ。
「ええ? 弟くんも、フェンちゃんも、いい子じゃない。そんな二人とこうやってお茶出来たのが私は嬉しいよ」
「シャーロットの兄弟関係は独特だからね」
「私は、皆仲良くすればいいのに、って思うんだけどね」
「それが理想よね。さて、レオ達が戻ってくるまでに会計済ませちゃいましょうか……あれ? 伝票は?」
「リリカちゃん、弟くんに支払わせるとか言っておきながら結局自分が払おうとするのね」
「流石にレオの懐事情を悪くするわけにもいかないでしょ?」
「でも、さっき弟君が伝票持っていったから、支払ってくれてるんじゃないかな?」
「え? レオが?」
「弟くんも恰好付けたいお年頃ってことかな?」
ふとお店の入り口あたりの会計処を見ると、ちょうどレオとフェンが会計処に向かっていた。
――全速力で
レオはパッっと伝票とお金を出すと「すみません、支払いはこれで!! 余った分は貰っちゃってください!!」と言って走り去って行った。
店員さんが「こ、困りますお客様!!」とか言っているので、足りなかったのかは分からないけど、何かレオがやらかしたのは事実のようだ。
「ご、ごめんシャーロット。今日はここで解散でいい? レオの馬鹿追いかけてくる」
「う、うん……あれ? 店員さんがこっちに……」
「大方、支払額が足りなかったとかそういう事でしょ」
「あ、あの、お客様、先ほど会計されたお客様のお釣りを受け取ってもらえないでしょうか……?」
支払額足りないのかと思ったら、お釣りを受け取ってくれと来た。ん?
「でも、あの子、お釣りは受け取ってくださいとか言ってなかった?」
そう言うと、店員さんが若干涙目で
「こ、こんなの受け取れません」なんていうものだから、レオの代わりに受け取ることにした。
――うん、この時点で悪い予感を感じてなかった私が悪いのだけど。
店員さんが店の奥から重そうな袋をヨタヨタと運んできて、私の目の前に「ドスン」と置いた時点で、悟った。
「あ、あのバカ!!」
レオは大金貨をそのまま支払いに使ったのだ。
レオは過去に希少薬草を売った際、結構お金を得たので、それ以降はお小遣いをもらっていないとは聞いていた。そして、地元の田舎にいた頃はそれほどお金を使う機会が無かったようなのだ。
結果として、当時得た大金だけが手元に残り、レオの手元には大金貨くらいしか残らなかったのだろうと思われる。
とはいえ、普通なら兌換所に行って金貨に引き換えてから使うような額であり、大金貨をそのまま支払いに使うのは、宝飾店等の一部を除いて完全なマナー違反である。
だが、レオは恐らく、大金貨を支払いに使った事があるのだろう、だから、「支払いにそのまま使える」と覚えてしまっていた可能性がある。
いつだ、レオが大金貨を支払いに使ったのは……と考える私の視界に光るものが。
レオからもらった指輪が「はい、それは私です」とでも言いたげに私の右手薬指で光っている。
そして、お釣りにしてはあまりにも大金過ぎる金額を目の前にして、シャーロットが唖然としている。
私は頭を掻きむしりながら、今後のレオの教育について思考を巡らせる。
まさか、お金の使い方からレクチャー始めないといけないのかと。
2020/09/23にいただきました誤字報告を修正させていただきました。ご指摘、ありがとうございました。




