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第29話 はいはい、話ならあそこで聞いてあげるから

 どうしてこうなった?


 いや、確かに「お茶でもしながら語りませんか?」と声をかけたのは俺だ。


 だから今、オシャレな感じのカフェに来てるのは別に変な事じゃない。だが


「あら、このケーキおいしい」


「僕の食べてるケーキもおいしいかな、お姉さんも食べるかな!?」


「じゃあ、私のと一口交換しましょうか?」


「やったー!!お姉さんいい人!!」


 4人掛けのテーブルに、俺の目の前で楽しそうにケーキを頬張っている、先ほど会ったばかりのお姉さんとフェンはもう仲良しになったようだ。


 俺の正面にフェン、俺の右隣に姉さん、そして、フェンの隣、姉さんの正面に先ほど姉さんと一緒にいたお姉さんが座っている。


 可愛い女の子が2人並んで仲睦まじくケーキを食べている、これはちょっと俺みたいな青少年にとっては眼福なのでは……?


 特にこのお姉さん、たれ目な感じにフワフワとした柔らかい感じの髪が、抱きついて甘えたくなるような気分にさせてくれて、グッドだ。


 ギュッ


「いって!!」


 右脇腹あたりを思いきりつねられ、そちらに顔を向けると、ものすごい顔で姉さんが俺を睨んでいた。


 さながら鬼、といった感じだ。目の前の天使の戯れとは一転して、こちら側は地獄。


 テーブル1枚挟んだだけなのに、こうも世界が違うのか!!


 その鬼、もとい姉さんは左腕を俺の右腕に絡めて離そうとはしない。


「姉さん、もうそろそろ腕を放してほしいかな……」


「ダメ、今回の事であんたを放置したら何仕出かすか分かったもんじゃないと解ったから」


「姉さん、誤解だよ。俺はただ、一緒のベッドで一晩中語り合いたいだけだ」


 幻獣をもらう事になるんだ。本人が自分の中に居る幻獣を失う自覚がなくても、ちゃんと時間をかけて、夢の中で全員で話し合って納得してもらわないと。


「あんたねぇ……そんなことしてみなさい!! 下手したら憲兵に突き出されるわよ!!」


 知らなかった。幻獣を譲ってもらう事が犯罪だとは……


「ごめん……」


「私たちだったからまだよかったものの……あんたが変な行動しないよう、しばらくは王都を出歩く時は私がずっとこうやって捕まえてないとね」


 俺を掴む姉さんの左手にギュッと力が入る。


 怒ってはいる、だが、ここの代金を奢りとする事で許してくれる、と言ってくれたのだ。


 多分姉さんは、怒りと同時に、人から幻獣をもらう行為が犯罪である事を知らなかった俺の世間知らずを心配しているのだろう。


「まあまあ、弟くんも何か事情があるみたいだし……」


「シャーロット、あんたもあんたで、その隙だらけの態度直さないと、またナンパとかされるわよ? ちゃんと毅然とした態度取りなさい!」


「主~! 主~! もう一個ケーキ頼んでいい!?」


 フェンはあの夢の中の一件以来、相棒として毅然とした態度の時と甘え全開の時が出てくるようになった。


 前は俺の相棒にふさわしくあろうと、ずっと気を張っていたのかもな。


 まあ、フェンにとってその方がいいのなら、俺は甘えさせてやるだけだが。


「食べ過ぎると、晩御飯入らなくなるぞ……あと1個だけな」


「わーい!! 主、メニュー開いて!! お姉さん、一緒に1個ずつ選ぼう!!」


「え? え?」


 シャーロットさんがいつの間にかもう一個ケーキを食べることになってて困惑している。


 俺は苦笑いしながら


「すみません、こいつの我が儘に付き合ってやってください。食べられないようだったらこいつに押し付けてもらっても構いませんから」


「僕、晩御飯が入らなくなるかもよ?」


「その場合はお仕置きだからな」


「主、ひどいかな!」


「ふふっ……それじゃ、お言葉に甘えようかな!」


「てんいんさーん!! 追加注文お願いしたいかなー!!」


 店員さんを呼んで追加注文をするフェン。


「僕はこれとー、ミルクおかわり―!!」


 フェンが元気いっぱいに文字を指さしながら店員さんに言う。


 さっきはチョコレートのケーキにミルクだったが、今度はフルーツいっぱいロールケーキとミルクだ。


 フェンとミルクの組み合わせと聞くと俺は冷や汗が出るんだが、他意はないよ……なぁ?


 え? フェンリルはチョコレート食べて大丈夫なのか?


……


 俺の頼れる相棒が良いって言ってるんだから問題ない!!(どどん)


「で、では私はこれを……」


 さっきは甘さ控えめのチーズを使ったケーキだったが、今度はフルーツタルトか。ふむふむ。


「姉さん、姉さんも何か頼む?」


「い、いらないわよ」


 姉さんは説教モード、俺は反省モードだったので、俺と姉さんは紅茶しか頼んでいない。


「じゃあ、俺は、紅茶のおかわりと、このケーキをお願いします」


 と、俺はおもむろにチョコレートケーキを指さす。


「えー、僕それもう食べた―!! 交換できない―!!」


「そうかそうか、さっき一口貰えばよかったかな」


「主は空気読めてない!! この朴念仁!!」


 ちょっとマジ罵倒は傷付くのでやめてほしい。


 しばらくすると、追加注文を店員さんが持ってきてくれた。


 ミルクのおかわりとロールケーキをフェンの前に。ロールケーキは中にフルーツがたくさん入っててカラフルだ。


 フェンは謎の金属の板を持ち、いんたすーいんたすーとか言いながらケーキに向けている。


 金属の板からパシャパシャという音がする気がするが、何だあれ、幻獣の毒物鑑定魔法とか?


 シャーロットさんの前に置かれたタルトは、上にフルーツがてんこ盛りになってて、これもまたカラフルだ。


「あ、お姉さんのケーキも綺麗かな!! いんたすやっていいかな⁉」

「え? えぇ……いいですよ?」


 シャーロットさんは「いんたす? 何それ」って顔してるが、安心して欲しい。俺も知らない。


 そんな俺らを尻目に、フェンはまたパシャパシャってしてる。


 そして、紅茶のお代わりを俺の前に、チョコレートケーキを……


「ねぇ?」


 姉さんが俺に聞いてくる。


「何でケーキが私の前に置いてあるの?」


「ああ、あるね」


「あんたが注文したんでしょ?」


「そうだね」


「あんたが食べなさいよ」


「じゃあ、右手を開放してくれる? 手使えないと食べられないから」


「!!!!」


 そう、これは姉さんが手を放すために理由を付けるための注文だったのだ。


「し、仕方ないわね。じゃあ、どうしようも無い時だけは手を放してあげる」


 というと、俺の右手に絡めた左手を放し、ケーキを俺の目の前にスライドさせてきた。


「ほら、食べたかったんでしょ? 食べなさいよ」


「それじゃ、いただきます」


 俺はケーキをパクッと一口。おおう、予想以上の甘さが口の中に広がる。


「どう? おいしいの?」


 姉さんが聞いてくる。全く、うちの3姉弟は揃いもそろって頑固なんだから。


 俺は笑顔で、ケーキを皿ごと姉さんの前にスライドさせる。


「旨いね。だけど、俺これだけで満足かも」


「あ、そ、そう。よかったわね。じゃあ、残りはフェンが」


「僕もうそれ食べたから今日はいいかな」


「シャ、シャーロット……」


「わ、私も、もうケーキ2個だから……」


「レオ、頼んだあんたが食べなさい!!」


「分かったよ、食べるけど、全部は無理。姉さんも手伝ってもらえると助かるな」


 うっ、という声が聞こえるのではないかと思うくらい狼狽えている。


 どうせ、ここを俺の奢りってことで許すって建前にした分、自分はあまり注文しないで迷惑かけないようにしたんだろう。


 さっき、フェンのチョコケーキを凝視してたのは分かってるんだ。


「わ、わかったわよ。じゃあ、貰うわよ?」


 そう言って心底嬉しそうにケーキを食べ始めた姉さん。本当に頑固なんだから。


 そんな嬉しそうにケーキを食べる姉さんを眺めていたが、ふと正面を向いた、まさにその時。


「~~♪~~♪……!!」


 先程まで甘えん坊の女の子みたいな振る舞いをしていたフェンが、謎の金属板を見た瞬間、表情がスッと真面目になった。

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