第2話 はじめての異変
レオ=ルーディルは転生の女神より変身ヒーローの力を与えられた。
だが、転生の女神が言ったように、レオの暮らす世界は危険と言われている所に進んで入らなければ危険な事が起こることが稀な平和な世界であった。
なので変身をして戦う機会は今のところなかったものの、レオは変身後の力が「自分の努力によって大きく変化する」事を認識していたので、空いた時間には筋トレやランニングなどを積極的にこなしながら生活をしていた。
もし何かあった時は、平凡で平和な生活を守るために。
そんな生活を続けること数年、その間は本当に何もなく、普通の家族生活を送ってきた。
それが少し狂いそうになったのは……
……そう、あれはレオが10歳になるちょっと前の出来事であった。
「……ごちそうさま。学校行ってくる……」
ウェーブのかかった赤くて長い髪に釣り目の勝気な印象を与える少女。レオの姉、リリカがここ最近のいつもの調子でテンション低く学校に向かっていった。
レオの住んでいるゼファー王国の学校制度でいくと、レオより3歳年上のリリカ、10歳のレオ、2歳年下のロゼッタはそれぞれ事なる教育課程を受ける年齢である。
まずは6~9歳の初等部下院の間に間に読み書きと、生活に使う最低限の魔法を習得する。
この3年間は週2日の登校となり、家庭のために働く必要のある子供に対しても最低限の読み書きを教えるために定められている義務教育だ。
今はロゼッタがここの学年で通っているところである。
次に10~12歳の間で通う初等部上院。レオが通っている。
この3年間の間は週5日で通い、技術的な習得は一旦後にまわし、基礎教養を教え込む段階である。
この段階になると、多少生活に余裕のある平民の家庭などが子供に教養を教えるために通わせるくらいとなり、初等部下院の時の半分の学生数となる。
ただ、この初等部上院を卒業するという事イコール教養が高いという事になり、貴族のお屋敷等に奉公に出る事も容易になるのだ。
今、ロゼッタのお付きとしてミナというお手伝いさんが付いているが、この人も初等部上院卒である。
というか、人口が全部で5千人も居ない辺境の男爵領でそんなに大きな学校は構えられない。
自然と学校は小さくなり、その分学年や教育課程の垣根は超えた交流も多くなる。
ロゼッタは入学早々このミナさんにベッタリ懐いており、卒業でお別れと聞くや否や大泣きしてそれはもう手が付けられなかった。
ある意味ロゼッタのわがままに振り回された人ではあるが、今の環境を悪くは思ってないようだったのが幸いか。
そして、13~15歳で通うこととなる中等部。姉であるリリカが通っている。
中等部にもなると、通うのは貴族か豪商あたりの子息が中心となってくる。
この中等部は初等部上院とはうってかわって、上級の技術を教える教育課程である。
特筆すべきは「攻撃」の手段である初級魔法の習得を教育課程に組み込んでいるのだ。
そして、どうもこの「魔法」が姉の悩みの種のようなのだ。
とはいえ、姉もすでに「初級魔法」を完璧に習得していた。まだ過程も半ばなのだが、優秀である。
だが、姉さんは父さんにその上位過程である中級魔法を教わっているようなのだ。
父さんは王国の魔法技術の向上に大きく貢献したとかで爵位を受け、初代のルーディル家当主になった、ということらしい。
そして、それだけの貢献をした魔法一族の子供ともなれば、人よりも魔法に精通していなければ、ということで、姉さんがさらに上級の中級魔法を教わっているようなのである。
だが、急に上級の知識を詰め込まれても自分の中で昇華し、力とするのにはそれなりに時間と労力がかかるものである。
父さんもそれは分かってるはずだが、時には狂気すら感じる勢いで姉に知識を教え込み、特訓をしていた。
姉さんはその父さんの特訓に付いていけないのが苦痛のようだった。
「じゃあ、俺も学校行ってくるよ。ロゼッタは今日はお休みだっけ?」
「レオ兄さま、いってらっしゃいませ。私は今日は……」
「今日は?」
「な、なんでもありません!」
――なんだろう。でも、本人は楽しそうだし、お付きのミナさんもいつも通りだし、好きなようにさせてあげるか。
***
放課後
「はぁ……」
リリカはため息を一つ。頭にあるのは父との魔法修練の日々だ。
――何故中級魔法を上手く扱えないのだろう。
実は使えないのは当たり前なのである。15歳時点で初級魔法を多彩に操ることが出来る人が苦労して魔法を専攻して、やっと18歳で中級魔法が自在に使えるようになるレベルの話なのである。
それを13歳、いや、もうそろそろ14歳?であるリリカが操ることが出来るようになるかというと……地水火風の4属性のうち、1属性でも使う事が出来れば、神童である。
「リリカお姉さま!!」
リリカがそう呼ばれてふと顔を上げると、そこにはたれ目でストレートの金髪を腰まで伸ばした、リリカの自慢の末っ子の妹が居た。
はぁ、癒されるなぁ。最初は弟も可愛いと思ってたけど、いつの間にか生意気に育っちゃったし、いつも眠そうな顔で何考えてるか分からないし……などと思いながら、リリカは最愛の妹に声をかける。
「あら、ロゼッタ。今日は下院は休みの日じゃなかったの?」
最近は気が滅入って妹に辛く当たっていた事が多かったのは自覚している。その埋め合わせではないが、妹には悩んでる姿をこれ以上見せて心配させたくない。そう思った。
「お姉さま!!14歳のお誕生日、おめでとうございます!!」
……ん?今、この子、ナんとイった?
「お姉さま、いつも頑張ってらっしゃいますけど、ロゼッタもお力になれないかと思って!!」
……わタしが、モう14歳……
「ミナに手伝ってもらって、いつでも私が近くに居られるようにって」
……もウ、1年しカない……
……イやだ、いやダ。落ちコぼレのゴミハイヤだ……
「自分で作ってみました!ロゼッタ人形です!」
……たンジョウビがイヤなラ、タンジョウびヲスてレバいイ
……ドウやッテ?
「お姉さま!受け取ってください!!」
……ソウか、コノニンぎョウヲバらバラニスレばイイノカ
次の瞬間、リリカ自身も何故そんなことをしたのかが分からなかった。
ロゼッタの差し出した人形を叩き落とし、そのまま数回踏みつけ、最後に思いきり蹴ったのであった。
――今、私、何をした⁉
「ち、ちが……」
――違わない。そんな行動を取ってしまったのは私だ。
教室の壁まで飛んで、力なく転がった人形を見て、ロゼッタは何が起きたか分からない様子だったが、何が起きたのか理解したのか、顔を伏せ肩を震わせながら、教室から駆け出して行った。
完全に嫌われた。いや、それはこの際どうでもいい。問題は
……ロゼッタの心を傷つけた
その事が許せなかった。
――ロゼッタのプレゼント、ちゃんと受け取らなきゃ
まるで、沼の底に沈んでるかのような、そんな錯覚を受けるような重い体を引きずり、夜の帳が下りたのかと思うほど何故か暗く感じる視線でロゼッタからのプレゼントを抱きしめようとすると……
横から何者かからぬいぐるみを奪われた。
「私の大切な宝物を、奪うな!!」
と横から人形を奪った人物を睨みつけると、それはリリカが見慣れた人物。
いつも眠そうでめんどくさそうな、やる気が無いように見えて、体を鍛える事にはやる気が人の数倍まで跳ね上がる、ホント、何考えてるか分からない男の子。
――レオであった。