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第27話 魔獣と幻獣

 とりあえず、どうやらロゼッタの夢見が悪く目覚めの具合が良くなかった件については、俺が怪物を痛めつけた事で一応の解決を見たようだ。


 ロゼッタが夢から覚めようとして夢から退場し、完全に目覚めるまでのわずかな間に、俺とフェンと筋肉で状況の整理を行っていた。


「いやあ、旦那が来てくれて助かったぜ」


 筋肉が語りかけてくる。


 散々俺やロゼッタから「誰や!」って言われたのに、そんな事気にもしないで笑顔で。


 爽やかな筋肉だな。


「ところでフェン。お前、戦闘中も本気だったよな……もしかしてだが、今回の一件、ただ夢にうなされてた、ってだけじゃないのか?」


 俺も不思議だったのだ。なんせ、ここまでの戦い、これは全部夢の世界の出来事である。

 現実に作用するようなものがそうそうあるわけがない。せいぜい、夢見が悪くて朝から憂鬱、程度の話だと思っていた、だが……


 先程倒した怪物を思い出す。

 夢の中であったのに、明確に危険な匂いを感じた。


 フェンは俺にそう聞かれ、目を瞑っていたが、結審したかのように目を開き、話はじめた。


「そうだね、主はこれから魔獣か幻獣と契約を考えないといけないから……この事は知ってもらった方がいいと思う」


姐御(あねご)の意見に賛成だな。旦那にはぜひとも知っておいて欲しい」


 筋肉も同意している。というかこの筋肉、フェンの事を姐御と呼ぶ事にしたのか。


 フェンは見た目からすると、初等部上院に進学した直後、くらいの大きさの女の子の姿をしている。


 それに対し、俺よりも頭ひとつくらいでかい大男が『姐御』と呼んでいるのが何だか違和感を感じる、が、話が進まなくなるので黙っている。


「主、さっきの怪物と、僕達は……」


 一呼吸置いたフェンが落ち着いた声で続ける。


「さっきの怪物と僕達は……元は同じ存在なんだ」


……


 しばしの沈黙。だが、俺はフェンの言葉を急かさない。フェンの意思を尊重し、フェンが喋りたいようにしゃべってもらう。


 沈黙を破るように、フェンは続ける。


「簡単に言うと、僕もさっきの怪物も、元々はその主の精神世界に暮らし、夢を見守る存在なんだ。本来ならその子供が成長し、精神的に成熟するのを見届け、そして次の主の精神世界に飛んでいく、というのが普通なんだ。話を整理するため、これを仮に幼獣(ようじゅう)と名前を付けておこう。」


「んー、なんとなくは理解したとは思う。本当なら、あの怪物もフェンも、俺らの成長を見守るだけの存在だったわけだ……となると」


「その幼獣にすら大きく影響する何かがあると、僕みたいに実体化したり、時には主を食らってしまうような幼獣も出てくる、というわけ。とはいえ、幼獣に与える影響というのはその主の心の持ちようにもよるから、同じ環境で同じように育てたからと言って、幼獣も同じ成長をするわけではないよ」


「つまり、自分がどう育ったか。それが巡り巡って、その幼獣をどう育てたか、に影響する。みたいな感じでいいのか?でも……」


 そうなると俺の中で新たな疑問が生まれる。


「そう簡単に魔獣や幻獣が生まれるなら、俺は契約する相手探しに苦労しなかったんじゃないか?」


 自慢じゃないが、俺やロゼッタは結構平凡に暮らしていたと思う。


 平凡な辺境の男爵家。平凡な日常、平凡な変身能力。


 そんな生活をしていた俺やロゼッタでさえ、実体化する幻獣や主を食らう魔獣を育ててしまっていたのだ。それなら、世界中に魔獣と幻獣はもっと居てしかるべきである。


「主、昼間、僕が皆に話したよね?主の『魔力』を吸わなきゃって」


 その言葉にはっとする


「そうか、魔力か!魔力の保持量が多いほど、幼獣は幻獣化や魔獣化しやすい?」


「そう、リリちゃんと主はランちゃんの特訓で魔力を上げてたから幻獣や魔獣を産み出しやすかった。ロゼちゃんは才能かな?3人で一番魔力が高かった」


 ランちゃんって誰だ……あ、父さん(ランバート)か。


 つまり、俺はそのおかげでフェンを実体化出来た、ロゼッタは怪物を生み出して食われそうになったけど、解決した……あれ?


「姉さんが!!」


「ああ、リリちゃんなら魔獣にちょっと食われたけど、今は魔獣を飼いならしてるよ。それも、さっきの怪物よりも遥かに強いやつを」


「うへぇ、お嬢の姉さん、おっかねぇな」


 筋肉がデカいなりしてピクピクと震えている。


 一方の俺は気が気ではない。


「いや、食われたって!!それに、さっきのよりもはるかに強い奴を⁉どうやって⁉」


「食われたのは、ロゼちゃんの誕生日プレゼントを目の前で破壊した時だね。魔力が高まって幼獣のエサは豊富にあった上、自分の魔法が上達しているか分からずに焦ってたリリちゃんの負の感情が魔獣を生み出したみたいかな」


「そ、そんな……」


 あの時、俺は何も知らずに姉さんに勝負を挑んでいたのか……知らなかったとはいえ、俺はなんてことを


「まあ、その後の主との戦いで、リリちゃんは魔力が尽きるまで魔法使ったので、魔獣のエサになる魔力が足りなくなって魔獣が勝手に倒れたんだけどね」


「は?」


「兵糧攻めか……なるほど!!」


 筋肉が楽しそうにしてるが、俺はそれどころではない。


――俺とフェンがギリギリ退けた相手よりも強い怪物を、兵糧攻めだけで倒した?


 理解が追い付かない。姉さん、貴女は一体いつの間に、そんな高みに行ってたんだ……


「あの時、ちょっと僕の魔力を貸してリリちゃんに上級魔法使わせたんだけどね、リリちゃん、魔力の流れの淀みをすぐに修正するから笑えたよあれは」


「姐御、それはどういう意味なんですかい?」


 筋肉が隆起している。やはり筋肉、強者の話を聞くのが楽しいのだろう。


「あれ、リリちゃん的にはただ魔力の流れを調整しただけ、と思ってるだろうけど、実際は『僕の魔力をつまみ食いしに来た魔獣を1発でぶちのめした』んだよ」


「1発で……」

「ぶちのめしたぁぁぁぁ!?」


 もはや意味が分からない。

 唖然として、さっき知り合ったばかりの筋肉と思わず顔を見合わせる。


「旦那、おれ、お嬢の姉さんと会っても怒らせないように気を付けます」

「うん、俺も怒らせたくないな……」


***


 まあ、体内に魔獣飼ってるらしい姉さんが心配ではあるが、一応、俺ら3人の魔獣? 幻獣? については無害化出来た、ってことでいいのかな?


 そう結論付ける。もうそろそろロゼッタも起きるだろうから、この世界から追い出されるだろうし、細かい事は起きてから考えよう。


「……やってる?」

「やってますよ! 姐御、フリフリしましょう!」


 フェンと筋肉を見ると、何か2人が金属の板みたいなの持って振っている。

 楽しそうだな……


 やがてフェンがとてとてと走って俺の横に立ったと思うと


「じゃあ、僕達はこれで」


 と筋肉に声をかけるのであった。


 筋肉は笑顔で


「旦那!! 姐御!! 今日はありがとうございました!! 俺ももっと鍛えて、一人でお嬢を守れるよう頑張ります!!」


 なんていうものだから


「ああ、頼んだぞ!!」


 って熱く返してしまった。まあ、いいか。


***


 今俺達は、ロゼッタの夢からの帰り道。


 感覚的には透明の床があって、それを吊り上げられてはるか上空に浮かんで行ってるような感覚だ。


 ふと気が付くと、フェンが背中から俺に抱き着いたのか、腰のあたりから2本の腕が伸びていた。


「どうした? 疲れたか?」


「主が僕達を怖がるんじゃないかと思って、それが怖かった」


 ああ、魔獣と幻獣が元は同じ、ってやつか。


「元が一緒だからなんだってんだ。お前はお前だろ?」


「分かってるけど~、ぶ~」


 なんかふてくされたのか? よくわからん。


「それより、早速約束を守ってくれたな、相棒」


「え?」


「俺には無かった知識でサポートしてくれたじゃないか、やっぱり俺の相棒はお前じゃないとダメだな」


 俺はニヤッと笑いながら視線だけちらっと後ろに回す。


「ふん、主はやっぱり僕が付いてないとダメダメかな?」


 フェンがニヤッと返す。


 そこはいつもの通り、自信満々な2人の姿があったのだった。


 ところで、と俺はフェンに尋ねる。


「あの筋肉は何だったんだ?」


「ああ、あれはロゼちゃんの中に居る幻獣かな」


「え!? 魔獣と幻獣が両方居たのか!?」


「たまにあるみたいかな、魔力が高くて幻獣や魔獣が2体以上居る事が」


「えっと、つまり、ロゼッタはその稀なケースで、あいつは幻獣、と」


 俺のとにかくすごくすごい頭がフル回転した。


「主、混乱して地の文がバカみたいかな」


 そうして、俺の頭が導き出したものすごくかしこい公式が以下の通りである。


 フェンは主のおっぱいを狙う変態。

 俺の知ってる幻獣はフェンだけ、つまり、幻獣は100%主のおっぱいを求める。

 よって、あの筋肉も



 ロ ゼ ッ タ の お っ ぱ い を 狙 っ て い る


 Q.E.D.


「……ろす」


「主?」


「あいつぶっころーす!! てめぇなにしてくれとんじゃこらぁー!!」


「主、落ち着いて!! 大丈夫だから!!」


***


 そんな殺意を向けられてるとも知らず、筋肉は上空に上がっていくレオとフェンを眺めていた。


「次に旦那達に会うまでに、俺ももっと強くならないとな……。あ、旦那が手を振ってくれてる!! いい人だなー!! 旦那!! 再会たのしみにしてます!!」


暴れるレオが体全体を使って手を振っているように見え、自分も全身の筋肉をフル活用して手を振るのであった。

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