第19話 ロゼッタの思い
ロゼッタ=ルディールは夢を見ていた。
ここ最近よく見るようになった夢。
それは、自分の家や家族、友人迄もが正体不明の怪物に襲われる夢であった。
最近はこの夢をほぼ毎日見る、そして、目の前で大切な人たちが無残に殺される結末を迎えた日にはものすごく目覚めが悪く、気分も深く沈んでいるのであった。
だが、その夢にも当たりはずれがあった。
正体不明の怪物が現れ、町を襲う、そして、ロゼッタがまだ覚えたての攻撃魔法で一生懸命抵抗をする、だが、所詮は子供が付け焼刃で覚えただけの攻撃魔法。謎の怪物はそれを歯牙にもかけず、徹底的に街を壊そうと、ロゼッタの暮らす家を破壊し、逃げ惑う人々がたくさん居る街を襲うのだ。
だが、この先が全く違うのだ。
最悪の場合は、最初にロゼッタの家を破壊され、ロゼッタの頼ることが出来る人が全員殺されてしまったとき。その後、怪物を止める事が出来る人がおらず、街は無残にもがれきの山と化し、辺り一面は火の海に包まれるのだ。
そしてその中、生き残ったのはロゼッタだけ。
その光景を延々と眺める事しか出来ず、無力感に打ちひしがれる中で目を覚ますのだ。
――初めてこの結末の夢を見た時は、起きる事も叶わずに学校も休み、食事も取らずに、とはいえ寝るのが怖く、ずっと布団をかぶって過ごしていた。
ただ、夢の中でお父様やお母様、ミナさんやお屋敷の使用人さん達が生き残っていた場合、この展開は少しだけ変わる。
お母様やミナさん、使用人さんたちが生きて出てきた場合、街の人の幾人かは避難しており、最期はその生き残った人々と復興を誓い合い、その時点で夢から覚める。
お父様が出てきた場合は、戦う事の出来る方々と協力し、多大な犠牲を払いながらも怪物を撃退する。
どちらも最善の結末では無いが、まだ希望の持てる結末なのである。
裏を返せば、それだけロゼッタは自分の能力が低いと感じており、他人に頼り切りなのだという事を嫌でも突きつられるのであった。
そんな夢の中、登場するだけで大当たり、な人物が2人居た。
まず1人目、彼女の姉、リリカお姉様。
ロゼッタはお姉様がどれだけすごい人かを理解している。
魔法も、中等部を卒業するまでの間に初級魔法を使いこなせればいいところ、中級魔法まで使いこなし、高等学院では既に上級魔法すらも使いこなしていると聞いた。
まさに魔法に愛された申し子、それがロゼッタの自慢のお姉様であった。
そして、お姉様が王都の高等学院に進学するまでの間は殆ど一緒に居たくらい、お姉様を敬愛している。
夢の中でお姉様はそのまま多彩な魔法を駆使し、街に被害を与える事なく、怪物を撃破してみせるのだ。
ただ、惜しむらくはお姉様が今は離れて暮らしている事であろうか。
物理的に離れておりなかなか会えないせいか、夢の中での登場回数は数えるほどしかなかった。
そして、もう一人の大当たり、レオお兄様。
正直、レオお兄様が出て来た時のその夢の結末はよくわからないのだ。
私をかばって怪物を見据え、私に背中を向けながらただ一言、お兄様は私にこう言う。
「ロゼッタ、俺を信じろ」
お兄様がこの言葉を言った直後に目を覚ますのだ。
悪い夢を見ていたはずなのにいい意味でドキドキして、すごく幸せな気分で起きることが出来る。そしてその後に少し胸がチクッとして、切なくなるのであった。
お姉様か私のフィアンセとなるべく他家より引き取られ、一緒に生活をしているお兄様。
お兄様はそんな事情で家族から離れて暮らしているというのに、そんな事は全く気にされてないご様子で、私とも普通の兄妹として接してくださっている。
幼い頃からロゼッタは兄の事は兄として敬愛している。だが、幼心に「将来結婚する相手」を決められたようで、幼少の頃はフィアンセ候補としてはなかなか認識できなかった。
さらに、お兄様は決して何かの才能が特出している人とは言えなかった。魔法も、普通の人よりは明らかに上だが、お姉様と比較すると何段か下。
最近は剣術も覚えるという事で使用人の中で剣術の心得がある人が時々お兄様に指導をされている。だが、その使用人の評価では「剣術は年相応」とのこと。
劣ってるわけではない、上達も早い、だが如何せん、習い始めるのが遅すぎた。
ゆくゆくは上位に食い込むこともあるだろうが、少なくともあと数年は「呑み込みは早い方」程度の評価だろうと思われた。
だからこそ、お兄様が出てきた時の夢の結末が分からないのかもしれない、とロゼッタは思う。
お兄様の魔法がすごいのであれば、魔法で解決した夢を見るのだろう、
お兄様の剣術がすごいのであれば、お兄様は剣術で怪物を倒してくれるのであろう。
そのどちらでもない、となると、ロゼッタの想像の範囲外なのだ。
だが、それでもお兄様はすごい、という考えはどこかにあった。
最初にそれを語っていたのはお姉様。
お姉様が私の贈った誕生日プレゼントを邪険に扱った事をお詫びにこられて、仲直りした後の事である。
お姉様とお兄様が喧嘩をしたという事を聞いた時だ。
フィアンセ候補と喧嘩するって、下手したら家を追い出されるのではないか、と思った。お兄様は一体何を考えているのかと思ったのだが、その話の続きがさらに意味がわからなかった。
お姉様は無制限で魔法使ったというのに、お兄様は素手で戦いを挑み、お姉様に勝って見せたそうだ。
本来の戦いなら初級魔法の使い手であっても、近接攻撃だけの人員で当たる場合は3人以上で当たれ、というのがこの世界の常識とされている。
お兄様は「あれはいいところ引き分け。姉さんが勝利を譲ってくれた」とか言ってたけど、そもそも勝負にならずに負けるのが常識なのだ。
引き分け、なんて結末も普通はない。
そして、数年前にお母様の体調が悪かった時。
あの時はお母様が心配である、というところが大きかったので、気が付いたらお兄様も瀕死になってた、という印象しかなかったが。
後で聞いたところ、お兄様はお母様の体調を治すため、危険な所にしか存在しなかった入手困難な薬草を採取してきたというのだ。
その内容を面白く語ったフェンちゃんが言うには『色々脚色してるかな?でも、主が怪物を倒したのは事実かな』との事。
ちなみに、その時のお兄様の活躍をフェンちゃんが面白おかしく語った話は通称「希望の英雄」と名前を変えて、いつの間にかお母様が物語として国中に広めていた。
姫様への命を賭した情熱的な愛が幅広い層の女性に好まれ、今やこのお話を知らない女性はいないとまで言われるほどのおとぎ話となっていた。
それどころかなんと、英雄の勇気ある行動が若い男性層にも受けたとか、男性からのプロポーズの定番として「君だけの希望の英雄になる」といったセリフが流行ってるとかいう話もあるようだ。
なお、妻帯者の中年以上の男性には不評なようで。
なんでも「嫁から散々、希望の英雄と比較されるのがつらい」とか「娘が悪い男にそうプロポーズされてうちに男を連れてきた場合、自分がその希望を叩き潰す役をしなきゃいけない」等おっしゃってるそうで。
物語として国中に広まるような活躍をしたお兄様が何のために頑張ったのか、そして、お姉様が王都に行く直前にお兄様がお渡ししてた物の意味を分からない訳はない。
――ああ、お兄様はお姉様を選んだのですね。
ロゼッタは、まだフィアンセ候補として土俵に上がる前から、負けが決定したのだと理解した。
ただ、まだ2年前ならそれほどでもなかったのだが、年を追うごとに勝負もさせてもらえなかった絶望感の方が大きく感じるようになってきたのである。
――もちろん、お兄様が正式にお義兄様として家族になることは喜ばしいのですが。
「ロゼッタ、俺を信じろ」
夢の中のお兄様のその言葉を反芻し、胸が熱くなると同時に、現実ではその言葉が自分だけに向けられることが無いであろう事を理解してしまっている。
――お兄様が夢に出てきてくださる時は、とても幸せで、とても安心できて、そして、とても悲しいのです。




