第14話 ヒーローの思い、ヒーローへの思い
――上も下も、左も右も分からない
ただ、自分が立ってる事だけは分かる。
……なんだここは、死後の世界……じゃないよな。
俺は死後の世界など行った事はないはずだ、なのに、何故ここが死後の世界じゃないと断言できるのか不思議だった。
まあ、実際は死後の世界に行った事があるのだが、レオはその記憶を消してもらっているから思い出せはしない。
ふと目の前に、5歳ほどの男の子が立っていた。
目はたれ目で、何となくマイペースなほんわかした空気を感じさせる子だ。
俺は直感的に察した、この子供は……いや、こいつは……
少年はにこやかな笑顔のまま話しかける。
「初めまして?お久しぶり?うーん、何て挨拶すればいいのかな?」
少年が第一声から困った感じでえへへと苦笑いしている。
「あー、そういうのいいから。まあ、変な感じだけど……よう!僕!」
俺がそう砕けて言うと、少年もニコニコしながら返してくれる。
「じゃあ僕も……やあ、俺!」
ああ、やっぱりこれは、夢の中なんだな、とレオは納得した。
別に幼い頃の自分と今の自分が別人になったわけではない。何も変わってないはずだった。
だけれども、その2人には明確に分けられた違いがあった。
――変身能力があるかどうか。
変身能力が2人を分けた、なんてことはない。恐らく、俺は俺のためだけに、幼い頃の僕にきちっと向き合いたいと思ったのだろう。だからこれは、俺の都合のいい夢の中……。
そして俺は、その少年時代のレオに頭を下げた。
「スマン、僕のお姉ちゃんとの約束、守れなかった!」
言って思った。自分は結局、俺と僕のためだけに姉さんを利用しようとしていたのか、と。
「お姉ちゃんの笑顔を守る」
そう言ったのは、この目の前の、まだ力も無い、変身能力なんて持つことも知らなかった頃の僕だったのだ。
子供の戯言と笑うのもいいだろう。世間を知らぬガキと罵るのも勝手だ、だが……
――少なくとも、この俺は知っている、僕は世間知らずで無鉄砲だったが、本気でそう思っていた事を
だから、それを守れなかった俺への説教役として俺は僕を夢の中に呼んだのかもしれない。
多分、皆は俺の事を許してくれる。怒る人もいるだろうけど、最終的には許してくれるだろう。
――それじゃ駄目なんだ。
自分をちゃんと怒ってくれる人、罰してくれる人、それを考えたら、一人思い浮かんだのだ。
戦う力もないのに人を守ると決心した僕、こいつなら……
そして、僕に今度は堂々と会えるよう。俺は精進しないといけない。
僕はキョトンとしてレオを見ていたが
「いいよ、許す」
あっさりと許しやがった。
もしかして、僕は俺の考えを見透かして、甘えるなと言っているのか……?
しかし、僕はペロッと舌を出し、イタズラっ子のように言い放った。
「だって、フェンが一旦帰宅しようと言ったときに拒否したの、僕だもん」
「……は?」
「だって、せっかく格好よく出てきたのに、帰るとか恥ずかしいし……だから防寒対策がおろそかになったんだけど、まさか倒れるまで頑張るとは……。いや、僕は俺だから分かってはいたけど本当に倒れるとは。」
「今俺が死にかけてるの、お前のせいかー!!」
「そう、僕がやったのだ! だけど、僕は俺だから、結局は自業自得だね、はっはっは。」
「はっはっは、じゃねぇよもう」
確かに、あの時点で1回防寒具を持っていく選択肢も頭に浮かばなかったかと言えば嘘にはなる。
だけど、あの時心からそれだけは拒絶したのだ。
それがまさか自分のせいだなんて……いや、それは当たり前か。
「いや、実際、俺は凄いと思うよ。変身能力を使って絶望的な状況をひっくり返したもん」
「そうか? 俺は力が無くても守ると言った僕の勇気の方がすごいと思うぞ……」
……
「やめようか、なんか僕、自分で自分を持ち上げてるみたいで気恥ずかしくなってきた」
「ああ……俺もなんか、尻のあたりがムズムズしてきた」
「ああ、それ多分、フェンが寝てる俺のお尻をスリスリしてるよ」
「あんの駄犬、戻ったらしばく!!」
「嘘だよ」
「嘘かい!! あいつならやりかねないんだから、変な嘘つくなよ」
「ははっ」
……なんだか、変な空気が吹っ飛んだわ。
「さて俺はもうそろそろ起きる時間だと思うよ。またね」
「おいおい、早いな! まだまともに話してないぞ?」
「だって、僕は俺を怒るためだけに呼ばれた存在だからね。だけど、怒る必要もないよ。だって。僕の家族を助けたのは事実だからね」
僕はニコニコとしながら、こう締めくくった
「俺は、これからもヒーローとして身近な人を助けてあげてよ。そして、その身近に居る人の中にお姉ちゃんを入れててくれればそれでいいよ。」
これを発言してるのは僕であって、ひいては俺だ、だから本心なのは分かってる。
だが、一方で姉さんを守りたいってのが根底にあるのも分かってる、だって、俺は僕だから。
「ばーか、僕のお姉ちゃんがそんなので守られるようなお姉ちゃんかよ」
そのまま俺は僕の頭をポンポンと叩き
「その時が来たら、力を貸せ。今回みたいにカッコつけて失敗するような事じゃなく、みじめでもカッコ悪くてもいいから、全力を貸せ」
そして、頭をポンポンと叩いていた手で僕の頭をワシャワシャと乱暴に撫で
「そしたら、俺も全力を貸す。守るのは俺じゃない、2人でやるんだ。」
僕は何も答えない。
これで夢の中の会話は終わりのようだ、俺はそのまま、空にすっと吸い込まれてていくようだ。
……その時、僕が俺を見上げてニッコリと笑って言った。
「そうだ。俺にお願いしたいことがあるんだけど、アレお願いしてもいいかな?」
アレ? なんだ?
「アレだよ、お姉ちゃんと約束した、ア レ !」
レオは思い出した、そして、サッーと青ざめる
「あ、いや、あれは流石に」
「|よ ろ し く ね !⦅・ ・ ・ ・ ・ ・⦆」
「ちょ、ちょーっと話合いを……いやー! まだ起きたくないでござるー!!」
***
レオは目を覚ました。
そして、徐々に目の焦点が合い、目に入れたものが見えてきた。
見知った天井、見知った家具、見知ったベッド、そして、見知った2メートルくらいの狼が顔をベロベロ嘗めていた。
……レオと狼の目が合った。
……狼もレオも動きを止める……
ほんの数秒か、それとももっと長い時間か、互いに見つめ合った後……
……ベロベロベロベロ
「おい、なんかデジャビュを感じるぞこれ」
『主、デジャビュを感じるなんて、これはもう運命かな』
「なーにが運命だこら」
フェンは元々、家の中に居る時は子犬の姿で居る事が多い。
それなのにレオに対し、大狼の姿で前やったことと同じことを繰り返してるのだ。
――絶対、狙ってやってるよなこれ。
とはいえ、レオはフェンとバカ騒ぎをする気にもなれなかったようだ。
レオは寝ているベッドの脇に、見知った顔が3人仲良く寝ているのだった。
姉さん、ロゼッタ、ミナさん、いつもの3人だった。
『ちゃんと部屋で休みなよ、って言ったんだけどね、主が心配だったんだってさ』
フェンがいつの間にかいつもの子犬サイズに戻っていた。
「まあ、母さんのところではなく俺のところに詰めてるってことは、母さんは治ったってことでいいのか?」
『うん、主の薬草のおかげで薬が出来て、すぐに完治したよ』
「よかった、俺のやったことは無駄にはならなかったのか、なら……俺も早く良くなるためにも、今はまた寝る!!」
『主、まだ体調は万全じゃないの?』
「ああ、まだ流石に体の先端の感覚が変な感で、頭もボーっっとしている」
『そうか、なら仕方ないかな』
レオはそのまま身体を横に向け眠りにつこうとする。
――レオは知る由もなかったが、背中を向けたところに居たフェンがその時ものすごく、いたずらっ子のような、悪い顔をして笑っていた
『主、主~聞きたいことがあるんだけど~?』
微妙にねちっこい感じで聞いてくるフェン。いつものレオなら警戒して構えるのだが、病気で弱っており、寝る直前のレオは無防備なまま答えた。
「ふぁー……なんだ、フェン」
『前、僕に3回惚れ直すって言ってたよね!何?主、僕に惚れてるのかな⁉』
フェンもレオの事が心配だったあの時はからかう気も起きなかったが、治ってきた今なら話は別だった。
さて、主の慌てふためく様を見てやろう、なんてイタズラっ子な気分でフェンは聞いてみたのだ。
「なんだ……そんなことか……」
レオはうつらうつらしている。
今はあまり恥ずかしがらないだろうから、元気になった主をその言葉でしばらくからかって遊ぼう、なんて思っているフェンであったが
「何かしら、互いに魅かれ合ってるから相棒なんだろ……?」
なんて言うものだから、そんな気も吹き飛んだ。
「スー…スー…」
レオはもう夢の中に入り込んでしまったようだ。
フェンはレオの掛布団を直してやり
『全く、手間のかかる主だね』
と少しうれしそうに言いながら、レオの横で丸くなって眠りについたのであった。




