第13話 ヒーローになれなかった偽ヒーローが憧れる本物のヒーローが認める真のヒーロー
早朝、ミナは厨房に向かっていた。
ミナはロゼッタ付きのお手伝いさんであるので、本来なら朝食の準備をする必要はないのである。
それでも厨房に向かっているのは
(リリカ様とロゼッタ様のために、消化にいいお粥でも作りましょうか……)
昨日は夜遅くまで、屋敷の中がひっくり返らんとする大騒ぎだったのだ。
いや、実際はその騒ぎは現在進行形で起こって入るのだが。
(奥様……)
お屋敷の主であるランバートが遠方に出払って不在の間にその奥方であるルリアが倒れ、ロゼッタはその母から離れようとせずに今は母の寝ているベッドの横で座ったまま眠ってしまっている。
そして、その間にロゼッタの姉のリリカと兄のレオにも何かがあったようだ。
昨夜、厨房で水差しを洗おうとルリアの部屋を出たミナは、玄関近くで俯いたままのリリカを見つけた。
「リリカ様……?」
今度はリリカに覇気が無い。一体どうしたのか。
「リリカ様、お体に障ります。とりあえず今日のところはごゆっくりと……」
「……レオが……」
「……レオ様が、どうかされたのですか?」
「……レオが、レオが一人で薬草を探しに……」
「リリカ様、落ち着いてください!とりあえず、私室に戻りましょう。」
リリカを私室に連れて行き、温かいお茶を淹れると、やっとリリカは少し落ち着いた。
――反対に、ミナの方が気が動転したのだが。
「――レオ様が、薬草を探しに遠くまで行った……? こんな遅くに!? 一人で!?」
「フェンが一緒だけど、それでも……」
リリカはそこで言葉を詰まらせ、嗚咽と共にぽつりぽつりと語る。
「もし……レオに何かあったら……」
「レオ様なら大丈夫ですよ! だから、リリカ様も今日は寝ちゃいましょう!」
こう言いながらもミナは相当気が動転している。
ちょっと前に、リリカ、ロゼッタ、ミナ、そしてレオとフェンの5人?で「家族でも性格全然違うよね」みたいな話をしていた。
ちなみに、フェンが喋る事は既に屋敷内の常識となっていた。
フェンもレオも別に隠そうとはしないからだ。
その時、フェンがこんなたとえ話をしたのを思い出したのだ。
『もし溺れてる人を見つけたら、ロゼちゃんは助けてくれそうな人にお願いするかな?』
「何だか私が薄情な人みたいで納得いかないです」
ロゼッタが唇を尖らせて抗議するのをミナが宥める。
『リリちゃんは、船を借りて助けに行くんじゃないかな?』
「あら、悪くないわね」
お姉様の評価が無駄に高い!とロゼッタが抗議している。
微笑ましい姉妹の光景であったが、ミナは最後の1人の評価が聞いてみたくなった。
「じゃあ、レオ様はどうされるタイプなんですかね?」
『主はね……走るよ』
「「「走る?」」」
『主は、溺れてる人を見つけたら水の上を走って助けに行くよ、ね?』
「行かない!行かない!そんなの出来ないから!」
「「「あはは」」」
……
今、水の上走ってるじゃないですかぁぁぁぁ!!
リリカの前でなければ頭を掻きむしりたい衝動に駆られるほど動転したミナであった。
そんなこんなでリリカ、ロゼッタ、ミナの3人は寝不足なのであった。
それでも、お手伝いさんであるミナは早目に起き、使用人の洗面場で顔を洗っていた。
「お、ミナちゃん早起きだね」
「ハンクスさん、おはようございます。ちょっと昨晩はリリカ様と夜通しお話してまして……実は寝てないんですよ」
あはは、と笑うと、使用人洗面場に居た旦那様の執事のハンクスさんがちょっと真剣な顔になった。
「そういえば、昨晩レオ坊ちゃんが深夜に出掛けたみたいだったけど、リリカお嬢様の様子がおかしかったのは、ははぁ」
その場にたまたま居た庭師のトムさんも話に加わってきた。
「まあ、お三方は仲の良い姉弟ですからね、レオ様も何で出て行ったかオレっちには分からないですが、やはり戻られたらご家族に迎えられたいでしょうな」
「そうですね、では、リリカ様とロゼッタ様の軽食を用意しに行ってまいります」
と、洗面台から玄関の前を通り厨房に向かおうとしたときであった。
――コンコンコン
こんな早朝に、誰だろう…薬師さんが早めに来てくれたのかな?それとも旦那様?
……スタスタスタ、とミナは玄関に近寄ろうとして
{やった、起きててくれた}
小さくだが、確かに聞こえた。その声はいつもより疲労感を多分に含んではいたものの、ミナにとって馴染みのある声であった。
(レオ様!!)
思わず玄関を開こうとして、思いとどまる。
――そうだ、リリカ様に知らせなきゃ!!
ミナはものすごく軽やかな足取りでリリカの部屋に駆け出して行った。
「ん?」
庭師のトムが先ほど厨房に行ったはずのミナが厨房の逆方向に走っていくのを見て首を傾げる。
「うーん」
屋敷内の仕事が多いハンクスはミナの仕事ぶりはよく見ているが、そもそも屋敷内をあんなに一心不乱に走るミナなど初めて見る、何事かと。
――コンコンコン
トムとハンクスはその音を聞いた瞬間に悟り、恐らく全速力で駆けてくるであろうお嬢様方のため、玄関前から離れるのであった。
***
「リリカ様! 起きてください!!」
結局のところ、昨晩はそれほど眠れてないリリカはそう言われても体が泥のように重くて起き上がらないのである。
精神的に疲れているというのもあるのだろう。何があっても起き上がれない程度には……
「起きてください!! レオ様が戻られました!!」
「レオが⁉」
飛び起きた。
「そ、それで? 無事なの? 怪我とかしてなかった?」
「分かりません……最初にリリカ様がお迎えした方がレオ様も嬉しいだろうと」
「わ、分かったわ!!」
ドタドタドタッと駆けていくリリカの足音にびっくりしたのか、ロゼッタが何事かとルリアの部屋から出てくる。
「お姉様? ミナさん、お姉様、あんなに慌ててどうしたんですか?」
「おはようございます、ロゼッタ様。玄関に行ってみればわかりますよきっと」
「?? ちょっとだけ行ってみましょう」
***
――レオが無事に戻ってきた!!
こんなに早く戻ってくるとはさすがに思ってなかった。
どうしたのだろう、流石に大変だったのかな?
もしそうなら、今度こそ私を連れて行ってもらわないとね。
ロゼッタも連れて行きましょう!!
大丈夫、3人いれば絶対上手くいくから!!
だから――今度こそ一人で全部抱え込まないでよね!!
――バァン!!
玄関を思いきり開放し、満面の笑みでレオを迎えた……
「えっ!?」
その笑顔が一瞬で氷付いた。
そこに居たレオは、肌が真っ白になり血色がほとんど感じられず、唇が紫、目の下も黒く窪み、よくここまで無事に戻ってきた、と言いたくなるレベルで悪かった。
そして、所々服ごと切り裂かれてパックリと入った傷跡が体中に無数に見えた。
痛々しい傷がたくさんあり、顔色がものすごく悪くなった状態なのに、レオは必死に笑顔を作り
「ただいま、姉さん……」
こう言ったのだ。
リリカは思わずレオを抱きしめた。
――冷たい。
思わず涙が出る。
一体、どれだけ大変な事をすればこんなことになるのか…
そして自分は、ここまで大変な思いを覚悟してまで一人で旅立ったレオを信じ切れていなかった。
心のどこかで、自分が一緒に行けば余裕、程度の認識しかなかった。
「お、お兄様…?」
「レオ様⁉」
ロゼッタもミナもそう言ったきり、声すら出せなかった。
リリカに抱きしめられたレオがプルプルと体を震わせながらも、リリカに告げた。
それは体が弱ったレオには精いっぱいの声だっただろうが、殆ど声になっていなかった。
だが、リリカにははっきり聞こえた気がした。
(姉さんのヒーローになるって言ったのに、なれずにごめん……)
そう言うと、レオの体から力が抜ける。
――何が私のヒーローよ。あんた、何やったか分かってるの⁉
「貴方は、他の人の為に自分の命を懸ける事の出来る真のヒーローなのよ」
リリカも皆で笑顔になれるような世界になればいい、と思って動いてる、だがそれは
――結局、自分の為なのよ。
あんたが自分を否定しても、私がずっとあんたを肯定してあげるわ、真のヒーローだって、だけど。
リリカはレオをお姫様抱っこすると、こう誓った。
まずはあんたを助ける。これは、私の大切な家族に対しての我が儘よ!!
「ロゼッタ、しばらくお母さんをお願い! ミナ、どんな手を使ってもいい、今すぐ薬師叩き起こしてきて!! ハンクス、レオが寝る時に使えそうな温かい布団探してきて!! トム、手分けして、レオの部屋の暖房用の薪をたくさん持ってきて!」
「お姉様!」
「リリカ様!」
「「お嬢様!!」」
『あ、それならミナちゃん、これ受け取るといいよ』
フェンがミナに向かって布袋を放り投げる。
「おっとっと……これは?」
『主が魔獣7体倒して手に入れた戦利品だよ。薬師に見せたら気を失うほど喜ぶかも?』
「みんな、聞いたわね?」
リリカの発言で、その場に居た皆の背筋がピンと伸びる。
「我が母を救うために一人で魔獣に戦いを挑んだ真のヒーローを……私たちの大事な家族を、次は私たちが助ける番だ!!」




