第12話 ヒーローになれなかった偽ヒーローが憧れる本物のヒーロー
――コンコンコン
玄関のノッカーを使ってノックする。
時刻としては深夜から早朝に切り替わる時間帯である。早番のお手伝いさんなんかが起きてくれてればドアを開けてもらえるかな?
誰も起きてなかったら――
既に芯まで冷え切ってる体、体に力が入らないほど体力も奪われている。
まだ外は寒い。俺はこの中でさらに数時間耐えることが出来るとは思えなかった。
散々恰好つけて戦場に向かった男が翌日、自宅の玄関前に倒れて凍えてる、なんと締まらない結末であろうか。
――頼む、誰か、起きててくれ!!
正直、雪山に居た時よりも、真冬の寒空の中高速移動して体を冷やした時よりも、今が一番ドキドキした。
すると、中から玄関に向かてスタスタと歩いてくる足音が聞こえてきた。
「やった、起きててくれた」
あまりの嬉しさに、つい声が出てしまった。だが、これで「玄関先で凍死するヒーロー」という結末は回避出来たのだ。
この喜びは、真冬の深夜に薄着で、時速200キロくらいで走る動物の背に2時間くらい乗って、標高2000メートル級の雪山に登ってそこで3時間くらい過ごした人しか分からないよなぁ。
……タッタッタッ
「あ、あれ?」
さっき俺を喜ばせてくれた玄関に近づいてくる足音は、駆けるように玄関から離れていく。
ねえ、ちょっと、やめてよ。
俺の心はナイーブなんだよ、いじめないでよ。
よくよく耳を澄ませてみれば、屋敷内を動く足音がいくつか聞こえる。
――コンコンコン
もう一度ノックする。
その複数の足音は明らかにノックに反応するように、一瞬ピタッと止まったが……次の瞬間、普通に歩き出した。
え?なに?みんななんで無視するの?
俺は絶望に打ちひしがれ、ドアの前から数歩後ろにさがり、そのままよろめいて尻もちをついた。
もう、立ち上がる気力もない……
そのまま膝を抱えるように座り込み、顔を伏せた
「流石に疲れた……もう動けない……」
ボソッと言うが、こういう時に限ってフェンからの減らず口もなりを潜めていた。
いつもの小型の犬の姿に戻り、心配そうに頭を俺に擦り付けている。
――やめろよ、いつものように減らず口叩いてくれよ。余計にみじめじゃないか。
そんな調子でどれくらい座り込んでただろうか。
実際は一瞬だったのかもしれないし、数時間かもしれない。
――ドタドタドタッ
バタン!!
勢いよく玄関が開け放たれたのでそちらを見ると、そこには姉さんが居た。
――そう、俺が何か困った時、悲しい時、辛かった時、こうやって俺が開けられなかった扉を容易く開けて、温かく迎え入れてくれたのは、いつも姉さんだったのだ。
なんだか、小さい子供の頃の懐かしい思い出がどんどん思い浮かんでくる。
小さな頃はよく姉さんの後ろについていってたっけ。
大体は優しくて、たまに厳しくて、時々は憎らしくて……
それでも、気が付いた時には周囲の人をいとも簡単に笑顔に変えてる姉さんを、素直にすごいと思った。
人を笑顔に変える事が出来る、それが本物のヒーローなのだと思った。
――そうか。俺が理想のヒーローとしてイメージして、憧れたのが、姉さんだったってわけか。
困ってる人がいたら助けずにはいられない性分で、その困った人に寄り添い、時に怒り、時に泣き、時に笑い合う。
そうして、その人と最後まで諦めずに問題を解決する、それが姉さんだった。
そして最後には皆で笑い合う、そんな姉さんに素直に憧れた。
――だけど、俺は同時に焦りも感じていたのかもしれない。
姉さんと対等でいたい。姉さんに認められたい。姉さんの力になりたい。
――姉さんが困っているなら、笑顔にしたい。
その結果が「希望になる」だの「信じろ」だの言う命令だなんて、我ながら情けない。
ほら、現に今、見て見ろよ、俺。
もう目がかすんでよく見えないけど、耳もよく聞こえないけど、これだけは分かる。
――姉さん、俺を抱きかかえて泣いてるじゃないか。
やっぱり、俺は人の笑顔の一つも守る事の出来ない偽ヒーローなのだろうな。
皆を笑顔にしてきた姉さんに憧れるとか、烏滸がましいにもほどがある。
だけど、それなら……
俺は寒さで凍り付く顔を無理やり笑顔にし、姉さんに話しかけた。
「ただいま、姉さん」
いや、話しかけて声が出たのかすら分からない。唸っただけかもしれない。
だけど、人を笑顔に出来ないのなら、せめて自分だけでも最後は笑顔で……
――散々、信じろだの、希望になるだの言っておきながら、現実はこれか……
もう喋る力も残ってない。
それでも、俺は最後の力をふり絞り、こう言ったと思う。
「姉さんのヒーローになるって言ったのに、なれずにごめん……」
声となって届いたのかは分からない。そもそも、そんな事を言ったのかどうかすら分からない。
そして、そのままレオの意識は暗闇へと沈んでいった。




