第117話 種
銀狼杯へのエントリーを済ませて数日後、俺は薬師連盟の本部に呼び出され薬師連盟本部へと足を運んでいた。
ちなみに、俺が銀狼杯にエントリーしたことにより、フェンは終始ご機嫌になっていた。
「えっと、いんたす? のやり方って、これでいいのかな?」
エントリーを済ませ、その事を最初にフェンに教えてやろうとおもったのだが、直接言葉にして伝えるのも何だか気恥ずかしくて、俺はエントリーの証拠の出場者登録の木札の写真を送るだけにしておいたのだが……
「主~~!!」
その後のフェンの甘えっぷりは今までのフェンをも凌ぐレベルであった。
元々甘えん坊であったが、事あるごとに俺に引っ付こうとするのだ。
ソファに座れば俺の横にぴったりとくっつくように、椅子に座ってれば俺の膝の上に座るかのように座るのだ。正直、ここまでべったりとくっついてくるとは思わなかった。
一度自分が見捨てられるような感覚を味わった後だからこそ、いつもより激しいスキンシップをしてきているのだろうか。
家の中でフェンが常にそんな状態だったので、姉さんとロゼッタは最初こそ冷たい目でその光景を見ていたが、慣れてしまったのか最終的には「仕方ないなぁ」といった、理解をしたような呆れたような目で見るようになっていた……いや、それはそれでダメだろ。
ミナさんからは「フェンちゃん、レオ様。外では控えてくださいね」と念を押されたが。
話が逸れるので、それは今は置いておこう。
先日、薬師連盟の方から呼び出しを受けたので俺はここに来たのだ。
「あ、レオ様!! お待ちしておりました!!」
俺が薬師連盟の建物に入ってすぐ、俺にそう声を掛けてくれた人が居る。
ルーディル領で薬師をしていた、母さんを治療してくれ、フロウ草の種の処分を相談した時に紹介状を書いてくれたあの人である。
「ご無沙汰してます。今日は出張か何かで来てるんですか?」
ルーディル領は交通網が貧弱なため、距離的に近くとも王都に出るのは結構大変なのである。まさか地元の知り合いを王都で見る事になるとは。
「いえ、私は先日から、王都担当の課長になったんですよ。これも、レオ様のおかげです」
王都担当の課長がどれくらいの立場なのかは分からないが、少なくとも片田舎の一介の薬師と比べると、立場は上なのだろうか。
そう考えると、異例の昇格といったところか。
「おめでとうございます。しかし、何でまた…」
俺が希少な薬草や種を持ち込んだ事も関係しているのかもしれないが、結局あの薬草は他の地域から採取してきただけの代物。たった1回2回の大商いだけで昇格するほどなのか?
そう不思議に思っていると、薬師さんは小声で俺に耳打ちをしてきた。
「ここだけの話ですが、ルーディル領ではここ最近、植物の育成速度、大きさ及びその栄養価が他の地域よりも高い水準で育つようになってまして……領土の一画を、薬草畑として連盟が借り受ける事になったのですよ」
……そういえば、フェンが言ってたな。ルーディル領に土の精霊が定住して、植物が育ちやすくなるとか。
「つまり、ルーディル家からの恩恵が大きいからお得意様を捕まえた薬師さんは特例で昇進した、と」
商人ではないとはいえ、成果を出せばプラスになるのだなぁ。
「元々、ルーディル領は交通の問題さえ解決すれば王都からそれほど離れているというわけではありませんからね。交通問題さえ解決して、領土も広がればそれこそ、公爵クラスの領主様も羨むレベルの土地だと思います。そして、その繋がりを作っていただいたレオ様方の専属の薬師として、私が指名されたわけです」
なるほど。とはいえ薬師に頼るとなると、相応に体調に不安を覚えた時だと相場が決まっているため、知ってる人が対応してくれると思うだけでも安心感は段違いだろう。
……特に、精神力が落ちている、なんて知り合いでもない薬師さんには相談しても何言ってるんだと門前払いされてもおかしくない、それくらい曖昧なものであるのだ。
身体の不調について気軽に相談できるようになったのならありがたい。
「おっと、長々と立ち話をしてしまい申し訳ありません。すぐに応接室までご案内いたします」
***
「……今、何とおっしゃいました?」
応接間、重役と晴れて俺達の専属薬師となった薬師さんが俺の対面に座って居るが、重役の発言が理解出来ず、俺は聞き返す事となってしまった。
いや、俺の反応はおかしくない。何故なら、俺と向かって座って居る薬師さんですら、ちょっと驚いた表情をしているからだ。
「レオ様からいただいたフロウ草の種、こちらによって、我ら連盟の薬草研究は格段に進みました。その研究が進んだ事による恩恵等を加味し、種の買い取り価格を大金貨2,500枚とさせていただければと」
前に大金貨180枚をもらった時ですら度肝を抜かれたのに、さらにその10倍以上の値段を提示されてしまい、俺は喜ぶよりも驚きと困惑の方が大きかった。
弱ったぞ、まさかそこまでとは思わなかった。大金貨2,500枚ともなれば、持ち運びが困難なレベルだろう。嵩張るのと、重量で。
それに、流石に俺個人がそんなにお金を持ってるとなると、そのお金のせいで変な連中に目を付けられるかもしれない。これが領地経営の上で手に入れるとかならまだしも、俺のお小遣いとなるのは流石に……
「即金でその総額をお支払いいただけるわけではないでしょう? 流石に嵩張り過ぎますし」
「流石の御慧眼です。今日お渡しできるのは500枚といったところです」
それでも多いわ。
「かまいません、私の方もそんなに大量に持ち帰る準備をしておりません……個人で持つには少々、額が大きすぎる気もしますし」
500枚でも個人の、しかも高等学院の学生が持つには多すぎるだろというツッコミは無しだ。
「あ、そうだ。ついでと言ってはあれですが、ご相談いただきたい事が……」
俺は、精神力が弱っている事、そして、その影響で魔法力が下がっている事を相談してみた。何か治療が出来るのなら、その情報をもらえればと思ったのだ。
正直、俺の精神力の回復方法が分かればそれは、大金貨2,000枚程度放棄しても構わないと思えるのだ。
だが、俺の話を聞いた重役と薬師の顔を見るに芳しい回答は得られなさそうだ。
「精神の回復、ですか……徐々に精神が蝕まれるというのは聞いたことはありますが、急速に精神が摩耗すると言うのは聞いたことはありませんね……ましてやそれを急速に回復する方法など……」
実際に患者に直に接してきたはずの薬師さんが事実上のお手上げ宣言をしたようなものだ。まあ、そんな手法があったら儲けものだな、程度に思ってたから、無いなら薙いで仕方ない。
そんな中、重役が言いたくなさそうに、口を開いた。
「有る事には有ります、ですが……オススメはしません」
それこそ、親の仇を目の前にしてなにも出来ず、土下座をして命乞いする時に出すような怒りと屈辱を感じた人が出す声である。
「……理由をお伺いしても?」
「実際、レオ様よりいただいたフロウ草の種、これには非常に高い向魔力の成分と、向精神の成分が含まれております。我ら薬師連盟はこの種から、向魔力の成分と向精神力の成分の分離に成功しております」
つまり、種からは魔力回復の薬と精神回復の薬を作る事が可能になっているわけだ、それであるのにオススメしないとは。
「ですが抽出した向精神成分には非常に高い中毒性があり、さらにこの薬を続けて摂取すると……精神が向上し過ぎて、逆に精神が破綻する可能性が高いです。そして、この中毒性と向精神の部成分の分離については、どうしてもニーズが無いため研究は後回しになります……」
つまり、下がった精神力を回復したいなら、時間をかけてゆっくり回復させるか、危険な薬品の中毒になる事を覚悟で薬を飲むか選べという事か。
そんな危険な種を持ち込んだ俺に何故、薬師連盟は大金を払う気になったのか。
「そんな危険な物とは思いませんでした。ですが、何故薬師連盟はそんな種を持ち込んだ私を評価してくださってるんですか?」
「向魔法の成分が薬草と比べても段違いに高いため、魔力の欠乏等の薬を作るのに非常に効率的に作れるのです……それこそ、種を定期的に摂取すると魔法が使えなかった人でも中級、場合によっては上級魔法を使えるようになるレベルで魔力を身に着ける事が可能です」
「つまり、魔法使いになりたかったけどなれなかったような人からすると、喉から手が出るほどのモノであると」
「そういう事です、そして、もし魔法使いになる事を夢見て種を摂取するような人が現れた場合、その人は中毒性から過剰摂取し、やがては精神的に死に至ります……魔法を使えるだけの他人の操り人形となってしまうのです。薬師として、そのような人が大量に発生する前にその危険性をお知らせいただいた点も含め、レオ様にお支払いする金額を算定させていただきました」
他人の操り人形のように感情を出さない魔法使い、そう言われて何だか引っかかるところはあるものの、今はそれは置いておこう。
精神力を回復する手段はある、その手段も命がけになるとの事で、薬からのアプローチは考えないようにした方がよさそうだ。
とりあえず、目下は過剰な大金貨の処分方法について考える事としよう。




