第110話 愛と勇気と友達さ
――遥か上空
アリオンは上方に打ち上げられ、どんどんと高度を上げている。
いったいどこまで上昇するのだろう、とアリオンは思った。
辛うじて上昇速度が落ちているようなので、このまま空に延々と落ちていくような錯覚から来る恐怖心は治まってはいるものの、このまま落下したら地面に思いきり叩きつけられるのではないかと言う恐怖は段々と膨らんでいった。
つい先ほど、先に打ち上げられて落下を始めていたレイスとすれ違ったのだが、ものすごい速度で落下をしているのを見、驚いてそのまま視線を下に向けて……後悔した。
先ほどまであまりの大きさに恐怖を覚えていた大亀がもう、辛うじて点として見えるかどうかといった大きさに見えるのだ。
遥か上空、遠くを見渡せば王都も先程まで居た街も小さく見える。遠くに目を凝らせば、この前登った山も見えるようだ。
さらに、海の向こうまでうっすらと見える。これは絶景である。しかし、その光景をただ堪能するだけでは居られない。それは身の安全が確保されている時だけに許される特権なのである。
だが、そんな緊急事態でありながらも、アリオンはその周囲の光景を見て感動をしていた。海が、山が、空が、そして、いつも暮らしている街が、いつもと違う色に見えるのだ。
これはアリオンが遥か上空から見ているからそう思うだけなのか、それとも、本当に見る角度を変えれば色が変わるのか。それは分からない。
だが、アリオンからすれば新しい発見であった。いつもそこにあるもの、それが見る角度を変えるだけでこんなに見え方が変わるのかと感心した。
山登りの時の中腹から見た光景もそうだが、本から得た新しい知識でも最初は感動したものだが、本物を見るとさらに感動が上乗せされるようだ。
新しい世界を見る、それはこんなに自分を興奮させるものであったのか。
ふと、幼い頃を思い出す。自分は勉強という名目で本に接する機会が多かったものの、いつからか、本から知識を得るという事に感動を覚える事は無くなってしまった。
それこそ、物心つく頃からは本から感動を受けるような事は無かったかもしれない。
それに、子爵跡取りである自分は他の平民と違い、領外に出かける事も同年代の子供に比べて多かった。
だからこそ、自分が本の話、領外への旅の話をする度に目を輝かせて話を聞いてくる同じ年の女の子が最初はうっとおしかった。
「すごーい!! おもしろい!! ねーねー、もっといろんなことおしえて!!」
その時にしつこくアリオンに話をねだっていた女の子、セラは俺の何でもない話を聞いて、時に笑い、時に怒り、あの時はうっとおしいと思っていた。
だが、今になってこの空からの光景を見て思う。この、自分が見た事のない角度から見た世界はこんなにも美しくて、そして、こんなにもワクワクする。
セラは俺の本の話、旅の話を聞く度に目を輝かせて話を聞き、いつの間にか物語や本を書く仕事をしたいと言い始めた。
セラはきっと、俺の何でもない話からこんな綺麗な光景を見ていたのだろうと思うと羨ましくなった。
そして、その感動を皆に伝えたいと思い、物語を書きたいと言い出したのだろう。
セラは本の作家を夢見たキッカケを秘密と言っているが、自分が綺麗だと思ったその光景を、皆にも見て欲しいと思ったからこそ本を書きたいと言ってるのだろう。
「全く、俺なんかに影響されて将来の夢を語ってるんじゃねぇよ」
やがて上昇が止まり、間もなく落下していく事だろう。だけど、セラの事を考えると先ほどまでの怖さはあまり感じなくなっていた。アリオンはヤレヤレと言った感じで、でも弾むような嬉しそうな口調で独り言を発する。
「やれやれ、これじゃ、セラと一緒に本当に美しい世界を見て回るまで俺は倒れる訳にはいかねぇな」
その声は遥か上空でなおかつ小さな声で発せられたので、誰にも聞かれる事は無かった
「主、我には筒抜けなのだがな」
訳ではなかった。
「で、主。先程までものすごく怖がっていたが、我に身体を預けるか?」
先ほどまでアリオンが恐怖から震えていたため、ピカトリクスからそう提言される。先程までならアリオンは二つ返事でピカトリクスに身体を預けていただろう、だが今は
「親友が、仲間が俺を信じてくれてるんだ、俺が応えなきゃならないだろ、それに……」
……自分が惚れた相手が俺を通して美しい光景を見たと言うなら、俺は俺自身の手でもっと美しい光景を見せてやりたい。だからこそ、俺自身の手でやってやる。
「だから主、考えも我に筒抜けなのだぞ? 主の今の頭の中のセリフ、我が魔導書に魔法として追記してもよいか? というか、もう書き足した」
「おい……恥ずかしいからやめろ」
「魔法の種類としては……愛と勇気の魔法、といった所か。魔導書として未来永劫残してやるぞ。よかったな、主」
「くっ!! お前、帰ったらちょっとオハナシしような⁉」
「よかろう、まずはここから無事に帰ったらな。ところで、無事に帰る算段はあるのか?」
いつの間にかアリオンの身体は落下を始めていた。しかも超高高度からの落下である。速度もこれまで経験した事の無い速度である。だがアリオンは不敵に笑うような声色で答える。
「友の信頼と惚れた女の夢に応えるためにも、皆で無事に帰る以外の選択肢は無いな」
理由は無い。だが、皆無事に帰る事は決定事項だ、とでも言わんばかりの回答に、ピカトリクスもどこかご機嫌な感じで
「ホント、主は面白いな」
と返すのであった。




