第99話 銀貨1枚の絆
街での戦いが終わって、そして朝を迎え、昼前。
イザークは墓の前で黙とうをしている。その墓は先ほど完成したばかりの……老婆の墓であった。
昼過ぎには自分もここを発つことになるため、今のうちに、墓参りをしておきたいと言うのもあった。
――次はいつ戻ってくるか分からないが、お袋に恥じないよう生きてやる、だから、見ててくれ。
イザークはそのまま黙とうをやめ、その場を去ろうとして……ふと思い出した。
ポケットに手を突っ込み、そこから1枚の銀貨を取り出す。
「そういえば、お袋と最初に出会った時は、この銀貨1枚だけの繋がりだったんだなぁ」
最初は銀貨1枚の借り、であったものが、いつの間にか銀貨1枚の絆に変わっていたのは面白い話だ。
老婆――イザークのお袋は最後まで、銀貨を返せ、などという事は無かった。やはりあれはイザークを無理やりにでも近くに置いておくための口実だったんだろう、と今になって思うが……。
そうだな……今、返すか……
「受けた恩、返すぜ。乱暴な渡し方になるのは……俺とばーさんの間柄としては、ご愛敬ってやつだ」
そう言うと、銀貨を1枚、ピンと指で弾く。
その銀貨はフワッとした山なりの軌道を描き、老婆の墓の前に落ちるだろうと思われた。
(天国に届かないだろうが、まあ、俺なりのケジメってやつだな)
銀貨1枚では足りないほどいろんなものをもらったし、銀貨1枚、返そうが返すまいが誰も何も言わないだろう。だがイザークにとってはある意味、決別の意味がある行動。
銀貨は山なりの軌道の頂点を過ぎ、そのまま落下に転じようとするその時……
――ビュゥゥゥ!!
老婆の墓の方から突風が吹いたかと思うと
――チャリン
と、銀貨が着地をした……イザークの足許に。
唖然とその銀貨を見つめ、そして次に老婆の墓を見つめ、そして……何だか分からないが、イザークはおかしくなって、笑ってしまった。
「そんなのいらん!!」と突き返されたのか、または「餞別だ!!」と叩きつけられたのか……もしかしたら「子供が親に遠慮するんじゃないよ!!」と半分怒ったのか。
この素直でない返し方もまた、イザークから見たお袋の行動そのままなのだ。
イザークはその銀貨を拾うと、そのまま墓を見る事無しに踵を返す。今の出来事だけでイザークはお袋を思い出してしまい、泣いてしまいそうだったのだ。
「俺が面白い土産話をたくさん持って行ってやるから、待っててくれよ、お袋」
『はん!! お断りだね!! あんたは地獄行きだろうから、あんたを待つには地獄で待たなきゃならないからね!! そんなのごめんだよ!!』
イザークは老婆のそんなボヤキが聞こえた気がしたが、それは本当に天国からイザークに向かって言われたのか、それともイザークの中の老婆がそう言ったのか、最後までイザークは分からなかった。
***
「待たせたな、出発するか」
オッサンが老婆――育ての母の墓参りから戻ってきた。俺達はそのまま王都に戻る事で話はついている。理由はいくつもあるが、まずそれよりも……
「イザークさん、申し訳ない!!」
墓参りから戻ったオッサンに、先輩が頭を下げる。先輩はちょっとした旅行を企画したつもりが、もしかしたらその旅行がきっかけとなり今回の襲撃事件を引き起こしたのではないか、と思っている節がある。
なんだかんだで責任感が強い先輩だ。幼少期から伯爵家跡取りたれ、と育てられた事も由来しているのかもしれない。
今回の襲撃事件、何名かの犠牲が出てしまった。変身という人智を超えた能力を持ったがため、先輩も心のどこかで「全てを救ってやる」みたいな思い込みを持ってしまっていたのだろう。そして、その結果として犠牲者が出てしまった。
「レイスの坊ちゃんよ。俺やお袋の事なら気にするな。それに、俺はあの街で暮らしてたから知ってる。あの街には、人に自分の命を握らせるような軟弱者はいねぇよ」
オッサンがそう言うが、先輩は納得していないようだ。だからオッサンは先輩の方に両手を起き、続けて言う。
「坊ちゃん、もし申し訳ないと思うのなら、亡くなった人の分まで懸命に生きろ!! 変に思い悩むな。それこそ、亡くなった人への冒涜だと思うぞ」
傍から聞いている俺からも、その言葉には何か実感のようなものが感じられる。その言葉に先輩も何か感じるものがあったのか
「分かりました!! 僕は、懸命に生きます!!」
と返答するのであった。オッサンはその言葉を聞きニコッとしてから
「さあ、王都に帰ろうか!! レオがあの調子だからな、さっさと家で休ませてやろう」
「いい話かな、と思ったのに。何でそこで俺をからかうのさ?」
俺は馬車で横になりながら抗議の声を挙げるが……声を張ったらお腹のあたりがズキッと痛む。
そう、あまりに全身が痛すぎて、起き上がるのも触られるのも苦痛である、その上
「レオ様、ほら、おとなしくしてください」
今はミナさんに膝枕をしてもらってる状態だ。というのも、背中は背中で重症ではないものの火傷があり、背中に薬は塗っているが寝るにも横向きか、うつ伏せでなければならない。
だから膝枕というよりも、俺の体を横向きに固定する役目、みたいなものだ。
男としては嬉しいような、事務的に対応されてるようで悲しいような……
「むー、私もレオちゃん膝枕したかった!!」
「そうだそうだ、僕とキャルちゃんを仲間外れにするなんて、主、ひどいかな!!」
キャロルちゃんとフェンがむくれるが、二人には足りないものがある……膝枕した時の、高さだ!!
「意地悪なレオちゃんなんて、ツンツン!!」
「!!」
キャロルちゃんに突かれた場所から激痛が走る。
「僕もウサ晴らしだ!! ツンツン!!」
「!! や、やめ!!」
キャロルちゃんに加えフェンからもツンツンされ、痛みからか体中から悪い汗が出ている。
「キャロル!! レオが困ってるでしょ? やめなさい」
「フェンちゃんも、お兄様をちゃんと休ませてあげてください」
ミラとロゼッタに窘められ、2人は大人しく俺への攻撃をやめる。
「よし、弟くんにはゆっくり休んでもらいながら、王都に向かいましょうか。あんな大変な戦いなんてもう無いから、弟くんは休んでていいのよ?」
シャーロットさんがそう言ってくれるのが心に染みる……お言葉に甘えて俺は目を閉じるのだった。
「なあ、セラ。今の王女様の発言って……」
「これが物語だったら、もう一波乱ある証拠だったりするよね……」
目を閉じると聴覚が敏感になるのか、アリオンとセラがそんなやり取りを小声でしていたのが聞こえたが……俺はそのまま、夢の中に落ちていった。




