43 私と精霊と幼き子
翌日、大家を呼んで、拠点を引き払う手続きをしていると、ギルドの連絡員がやってきて、是非あなた達に頼みたい仕事があるので、ギルドまで来てくれと言い出した。
大家に書類を全て引き渡し、荷物を全て魔法の果実袋にしまい込んでから、別に義務とか罰則とか無いんだけど、ついでだから顔を出すか、と思い、手土産にみかんを持ってギルドに立ち寄った。
すると、受付嬢が、ギルドマスターの部屋まで案内するという。ギルドマスターだなんて、これまで見たことも会った事も無い雲の上の存在だ。
私もココさんも緊張した。そんな天上人が私達のような平民にお会いになるだなんて、私達、気が付かないうちに何か失礼をしちゃったのかも?
あっ、もしかして、身分証の偽造や変装がバレちゃって、部屋に入ったら、今はもう存在しないあの暴力銀行の元警備員たちが待ち構えていて、私達を取り押さえて、ものすごく気持ちよくなって二度と逆らえなくなっちゃう危ない違法薬物を飲まされてしまうのでは!?
そんな事を考えているうちに、ギルドマスター部屋のドアが開かれる。中に居たのは、ギルドの偉い人とは思えないくらい上品そうな初老の女性だった。身に着けている品物の全てが魔法のかかった装備であり、どのような人物なのか見ただけでは判別がつかない。これがギルドマスターなのか…。
「はじめまして。ご活躍に感謝しております。例の村の件は聞いています。ギルドの調査班が調べていますが、逃げ出したギルド職員や村民に話を聞いたり、村周辺を調べた感じ、報告されている様々な現象は全て本当のようですね…」
割と普通の話から始まり、軽く雑談する。そろそろ本題が始まるかな?と思ったタイミングで、ギルドマスターが、後ろの棚に置いてあった籠を持ってきて、蓋を開いた。
先程から、少し声がしたので、もしかしたら…とは思っていた。籠の中のクッションの上で寝転がっていたのは、首が座ってるか座ってないかも怪しいくらい産まれたての、肌の黒い赤ちゃんだった。
とてもかわいい赤ちゃんだ。褒めるところしかない。ふにふに動く手足の小ささも、すごくキュート。思わず笑顔がこぼれてしまう。
蓋をあけられて驚いて目を覚ましたのか、籠をのぞき込む私とココさんとギルドマスターを見ている。澄んだ色の大きな目がクリクリと動き、お口からよだれが垂れる。「あー」とか「うー」とかしか言わないお年頃だ。
「この赤ちゃんについて、是非、貴方たちに話を聞きたいのです。この子を知っていますか?そして、この子の種族は、何だと思いますか?」
「えっ、いや…全く知らない子だけど…耳が尖ってて黒いから、ダークエルフかも?でも、黒の色はなんか違うし、耳の長さは少し短くて、あまりエルフっぽくないかも…?」
ココさんが分析する。私の目から見ても、この子はエルフには見えなかった。別種族とのハーフかもと思ったが、よく見ると、どの種族にも似ていない気がする。強いて言うならオーガ族が4分の1くらい入ってる人間の子。その旨を伝えると、ギルドマスターは困った顔で考え込んでしまった。
ちなみにココさんの言う『ダークエルフ』というのは、町では闇の力に堕ちたエルフであるかのように言われているが、実際は海で漁をして食いつなぎ、ほぼ一年中を船の上で生活している、日焼けしまくった肌のエルフ達を指している。肌の色が黒いだけで生態は私達と何も変わらない普通のエルフだ。殆どのダークエルフは、漁をする以外は無職である。
「私は、エルフの仲間かもと思ったのですが、違うのですね…この子は所属の冒険者達が見つけたのですが、ある場所で前触れもなく突然現れたらしく…とんでもないことに、最初、モンスターか!?と思ったそうですよ」
プンプン怒った顔のギルドマスターが続ける。
「この子が、単なる捨て子や迷い子なら良かったのですが…まず種族が分からない。捜索届も出ていない。そして、今、あなた達の子ではなく、あなた達も知らないという事が証明されました」
そう言うと、隠し持っていたらしい道具を机の上に置く。どうやら魔道具のウソ発見器のような物らしく、詳しい機能は良くわからないが、何やらピカピカ光っている。
ウソ発見器にかけられてしまっていた…!け、刑事ものっぽい…!軽くショックを受けながらも、赤ちゃんを観察する。しかし、これと言って目立った特徴なども無く、とにかくかわいい赤ちゃんだなあ、というくらいしか思う事はなかった。せめて、目がいっぱいあるとか、腕がたくさん生えてれば、化物の子ーっ!ってなるんだけど。
ギルドマスターが溜息をつきながら言う。
「この子が発見されたのは、あなたたちがついこの間まで居た、今は廃村になった村の中央広場なのですよ…」
そんな馬鹿な。村の広場といえば、村の真ん中にあった広場だ。何もない広場で、時々集会や体操に使うらしい広場。あの場所に赤ちゃんなんかが居たら、絶対に見逃さなかっただろう。いや、しかし、村に残されていた籠を全部開けてチェックしたわけではない。目の前にあるような籠もあったかもしれない。
赤ちゃんを抱っこしようとするココさん。はしゃぐ赤ちゃん。
「この子について調べられることは全て調べ終わりました。種族が分からない、発見場所の謎など色々と問題はありますが、この子はおそらく、普通のかわいらしい赤ちゃんである、と言えます。赤ちゃんは大人が守らなくてはなりません」
ココさんの代わりに赤ちゃんを抱っこし、ぷにぷにの顔をじっと見つめながら、ギルドマスターが続ける。
「そして、この赤ちゃんが生きていたという事は、ギルドとしては、あなた達があの村の事件で見逃してしまった案件となります。つまり、ここから先は、あなた達の罪滅ぼしとして、この子関係の仕事を任せたいのです」
「えっ?待ってよ、その子、本当にいなかったよ?あたしはこう見えても守護精霊だから、あの村に誰一人居なくなった事くらいは感覚で判ったんですけど」
やめておけばいいのに、ココさんが食い下がる。ギルドマスターが苦笑しながら逆に聞き返してくる。
「フフッ?何ですか、守護精霊って?」
「えっ………守護精霊…は………守護、まもる………」
「そうですか。じゃあ、この赤ちゃんを守ってあげてください!」
固まってしまうココさん。完全に忘れていたが、そういえば、ココさんが精霊である事自体がレアな話なのだ。まずは精霊についての説明から始めなくてはならなかったが、ココさんに付いているちっちゃな脳みそに、そんな事をペラペラ説明できるような便利な機能は無かった。ちなみに私にも無い。
そもそも、ギルドマスターは私達にこの赤ちゃんを押し付けるつもりで呼びつけたのだろう。よく見ると、目の下にはクマが出来、机の周辺には赤ちゃん育児用のグッズが並んでいる。初老の女性には辛くなってきていたのだ。
「さて。今回の2人に対するギルドからの命令は、この子を育児しつつ、この子の親兄弟、もしくはこの子を預かってくれる養母養父、もしくは養護施設なり教会なりを探し、この子が幸せに成長出来るようにする事です」
赤ちゃんが、ギルドマスターの鼻をぺたぺた触る。その手の感触を忘れないようにしているのか、目を閉じながらギルドマスターが言う。
「暫くの間の養育費として、定期的にある程度の金額を支給します。足りない分は罪滅ぼしとして、自分たちで出してください。必要ならば、ギルドからの紹介状も随時作成します。あなた達の身分の偽造や変装なども不問にしておきますし、警察がまだ泳がせているらしい犯罪者集団も刑務所に送りますから、安心してくださいね、有名な被害者さん」
うわっ、やっぱりバレてる!




