38 私と精霊と喋る生き物
予想外の臨時高収入の結果、気が付けばギルド支部内に冒険者が全然いなくなってしまった。現在、ギルド職員の他は、私とココさんと、村出身者で村を守ることに使命感を感じているおじさん数名と、聖エルフ教信者の冒険者、妖精さんを妖精様と呼んで忠誠を誓ったセクシーダンス冒険者しかいない。
それにしても、セクシーダンス冒険者の恋人すら居ないのはどうなのだろうか…?と思い、それとなく聞いてみた所、妖精様に比べたらあんな男は不要であると気が付いてしまい、きっぱり別れたと言い出した。
妖精さんに負けた男が、知らず知らずのうちに消えてしまっていた…。
居なくなった冒険者達の替わりに、リザードマンやオーク、その他モンスター各陣営が入り込んできていて、目に映る光景は、まさに異世界!という感じ。ちなみに村の防衛は、リザードマン達が居る限りは大丈夫そうだった。彼らの働きは素晴らしく、他種族達も配下にしている。
「我々はそもそも軍人だ。このような防衛活動は日常そのものだ」
「人々に感謝され、兵站にも何の問題がない。」
「帰り方が分かったとしても、ここで暮らし続けるという手もある」
彼らにとって、今の暮らしは身分に合わないレベルで良いらしく、出てくる不満は故郷への帰り方が分からない事くらい。
逆に、オーク達は予想外の働きの悪さを見せた。彼らも確かに強いのだが、とにかく誰かに叩かれたい、殴られたい、豚のように扱われたい!いや、扱いだけでなくむしろ存在が豚!俺は豚です!という、私のようなエルフには理解できない気持ちが強い個体が多い。
相手が圧倒的弱者ならば問題ないのだが、少しでも強い相手だと、突然武器を投げ捨てて「殴ってえええっ!」とか言いながら突撃し始めてしまったり、地面にごろんと寝転がって「踏んでえええっ!」と叫びだしたりしてしまうのだ。
しかも、言葉が通じ合ってしまう。相手はオーク達の本質に気が付いて、ものすごく嫌そうな顔をしていたりする。まぁ、それでも一匹も死なないのは本当にすごいのだが…。
「エルフさん…スラっとした細くて長い足、そんなエルフ足で、オラを…豚を蹴り飛ばしてけろ?一発だけ!なあ、一発だけでいいから!」
「今日もちっちゃくてかわいい精霊さん、なあ、オラの顔を見てけろ…な、なあ、オラの顔を見て、嫌な顔をして睨みつけながら「豚」って言ってほしいんだな…」
彼らの近くに居ると、行動力のあるオークが寄ってきて、変な事を口走りはじめるのが割と苦痛だ。彼らは次第に、村の外で、汗を流しながら農作業を行う事が日常になっていく。
「やだ、食べないで、やだあっ!食べないで!やっ!やっ!熱いっ!食べ ジュ ァ ァ …」
「一生懸命育ったんです!やっと成虫になって、まだ、卵も産んでないのに!どうしてこんな ジュ ゥ ゥ ゥ …」
「許して!許して!いい声でいっぱい鳴きますから!いっぱい鳴き ジュ ォ ォ ォ …」
酒場にセミの鳴き声が響き続ける。私が注文したセミの唐揚げを揚げる際に、どうしても具材が立ててしまう音だ。
酒場のお姉さんはもう慣れてしまったようで、いつも通りの笑顔で料理を運んでくる。私も勿論この程度なら平気で食べるのだが、セミの断末魔を聞いたココさんの瞳からは光が消え失せ、殆ど食べなくなってしまった。
今、ココさんが食べているのは、蜂蜜のかかった揚げたてドーナッツだ。揚げてる油は同じなんじゃない?あと、この村の周辺なら、蜂も蜂の子も喋るんだろうね…と言ってしまいそうになったが、グッと我慢した。
「ご主人!ご主人!ここは、美味しいものが沢山ある店だよね!なんでもしますから、美味しいごはんをください!美味しいごはんをください!美味しいごはんをください!」
店の外ではギルド職員の飼い犬がぐるぐる回りながら騒いでいる。店の中でギルド職員は酒を飲みながら頭を抱えていた。
「あの子の事は大好きなんです。食事も一日3回あげています。でも、一日中、口を開けば、なんでもしますからごはんをください!ごはんをください!って言うんですよ…昨日なんか、寝言で言ってまして…」
ごはんの事以外を殆ど何も考えていない犬だと『勝手に思っている』のと『言葉が伝わり実際にそうであった』というのでは話が大分違うのであろう。
「ご主人!ご主人!さあ、見てください!チンチンです!ご主人が大好きな、チンチンです!さあ、誉めてください!チンチン!チンチンですよ!そして、ごはんをください!ごはんをください!」
全く自制せずに食事の催促を続ける犬。顔を真っ赤にして頭を抱えるギルド職員。
妖精さんの謎の技術によって、村周辺の全ての生き物の間で言葉が通じ合うようになってから10日程が経過し、動物や鳥や虫の生の声が聞こえるのはさすがにちょっと…という村民の村離れが加速し始め、村長が泣きつき、セクシーダンスを踊って妖精さんを呼び、言葉が通じ合うのは人っぽい生き物同士だけにしてくれないか?とお願いすることになった。




