36 私と精霊と自動翻訳
「実験、成功…!」
私の守護精霊ココさんが、地面に見事に開いたクレーターを見て興奮した顔でピョンピョン飛び跳ねて喜んでいる。
突然現れた、これまで見たことがないくらい強いオークの亜種らしき魔物が、冒険者を蹴散らした後、何故か村の外に巣を作り出したと聞いて、急にやる気を出したココさんが取り出した新兵器が、スイッチを入れると10秒で猛烈な爆発を起こし、ものすごい勢いで周囲を焼き尽くす!という爆弾だった。
「これをぶちこんで、派手にばくはつさせれば、あたしたちの勝ち!」
守護精霊…いや、もはや兵器商人となったココさんが、この爆弾について語る際の嬉しそうな笑顔が忘れられない。
巣に近づいて兵器を投げ入れるのはいいけど、10秒で爆発から逃げ切れるの?と尋ねると、10秒あれば大丈夫なはず!というココさんらしい曖昧な回答が返ってきていた。
実は、エルフには透明マントとスタン・ガンの他に、もう一つとびっきり賛否両論な自衛アイテムがある。所持者が作動させると、傷ついていない体に戻すために、3分程時間を戻した上で、故郷の里に強制転移させるという、強力すぎて過保護にも程があるマジックアイテムだ。
元々は、変態に攫われて酷いことをされてしまう児童エルフを救出するための苦肉の策として作られたらしい。問題は、このアイテムを使う前に丸裸にされてしまった場合、使いようが無い事だ。
エルフでも持っていない、持たない人が多い好みが分かれるアイテムだが、私は大事に過保護にされたいので、これをしっかり所持している為、正直なところ死ぬような目に遭うことについてあまり心配はしていない。
しかし、これ、ココさんには効かない。エルフにしか効かないアイテムなので、彼女の命を救うには、私が逃げるのを頑張るしかないのだ。
ココさんが死んでしまったら、私も死んでしまうだろうからという事もあるが、以前に一度、絆が切れた時に何も無かった事を考えると、実はそんなことは無いんじゃないかとも思う。ただ、もう、単純にココさんを守りたいという気持ちがあった。
とりあえずオーク亜種の肉を回収した方が良いと思い、クレーター周辺を見回すが、彼らの死骸は何処にも転がっていなかった。ココさん曰く、爆発に巻き込まれて粉々に吹き飛んだのだろう、との事。
私、豚の生姜焼きが食べたかったのに…。それに、怪我をした冒険者たちが『食って復讐』を果たせずに悲しい顔になってしまう。依頼料だけでは安い仕事なので、出来れば獲物を売りさばきたいという感情もあった。
そこに突然、赤い光が走る。急いでココさんを捕まえて透明マントで自衛しながら周囲を確認すると、先程まで何も居なかったはずの場所に、そいつらが居た。
爬虫類のような顔に、人体っぽい体が付いた、かなりしっかりと武装している集団。これまで村を襲ってきたリザードマンとは明らかに違う、上位の存在だと思われる。
群れの者たちは、私達の存在を見抜いているようで、少し動いてもぴったりと視線が離れない。ふと気が付けば、周囲を彼らに取り囲まれている。これはマズい。数も多い。近すぎてココさんの兵器でゴリ押しすることも出来ない。
だけど、どうあっても、この子を守らないと!と、ココさんに視線を落とした時、私は異様なものを目にしてしまう。
いつのまにか衣服を脱いで半裸になったココさんが、猛スピードでセクシーダンスを踊っているのだ。あっ…ココさん、怖すぎて、頭の具合が…?リザードマンたちも、何?何?これから食べる餌が踊ってる?という顔で見ている気がする。
「ココ!今日の踊りも最高だ!股間のあたりのシワが良いね!」
突然、リザードマンの円陣をかき分けて乱入してくる妖精さん。驚いたリザードマンたちが妖精さんに向かって何かを言っているが、言葉が分からない。
「妖精さん助けて!私達をギルド支部に飛ばして!」
「これでいいかな?」
一瞬で目の前の光景が切り替わり、私達は村の中のギルド支部内に飛ばされていた。リザードマン達も一緒に。
「うっ!!うわあああっ!?」
大騒ぎになるギルド内。無理もない。私の内心も大騒ぎだ。
リザードマン達も混乱していたが、武器を手に周囲に襲い掛かったりはしていない。睨み合いが始まるが、リザードマン達のリーダーと思われる、とびきり派手な色の鎧を身に着けた者が前に出てきて、何事か語り出した。
「ギャア…ギャア…ギャ、ギャア?ギャギャ…」
「何を言ってるのか、全く分からないね…」
「彼らの言葉を知りたいのか?セクシーダンスのエネルギーはまだ余っている。遠慮せず、妖精さんに頼んでくれ」
そう言うと、妖精さんは、何をどうやったのか空中に裂け目を作り、そこに筋肉ムキムキの手を突っ込む。なにやらかき回した後、「終わった」と言って手を引っ張り出すと、裂け目も自動的に閉じた。
「この村のある空間の設定を弄って、全ての生き物同士の言葉は自動で翻訳され、誰とでも会話が通じ合うようにしたよ。話し合える事は大事だからね」
どうだい?という顔で語る筋肉妖精。高めの身長で見降ろされて語られると、たとえ彼の行動の結果でカオスな事になっていたとしても、文句を言えない感じになってしまう。
「なんと…貴方はもしや、伝説に名高い妖精殿であるか?」
す、すごい!リザードマンが喋ってる!?
「ご主人?ご主人?ご飯をください!ご飯をください!なんでもします!なんでもしますから!」
えっ?ギルド職員が飼っている犬も喋っている!
駆け込んできた男が興奮した顔で叫ぶ。
「お、おいお前ら!聞いてくれ!馬が!俺たちの馬が、ペラペラ喋ってるんだよ!えっ?うわっ?リザードマン!?なんで!?」
馬まで喋っているらしい。
妖精さんの謎の技術で、村の周辺では全ての生物同士で言葉が通じ合うようになったらしいのだが、まさか、魚や虫まで喋るようになるとは…。
リザードマン達との話で、彼らは非常に理性的であり、職業軍人として訓練中に部隊丸ごと突然赤い光に包み込まれたかと思うと、先ほどのクレーターの近くに転移したらしい事が分かった。
転移直後、頭の中に「村を滅ぼせ」という言葉が浮かんだらしい。何故滅ぼすのか分からないし、そんな言葉に従う義理は無いので無視し、その後も別に何もないらしいのだが、気持ちが悪い話だ。
彼らの住んでいた世界にも人種は居たが、猿のような生き物で、私とココさんを見つけた際、明らかに猿とは違う高い知性に驚き、現状を知るためにも対話を試みようとしていたという。
なんとなく話が見えてきた。彼らは、別世界からこちらの世界に運び込まれた転移者らしい。元の世界に戻る方法は不明。敵対する気なんて毛頭ないらしい。
更に分かってしまった事がある。ココさんが粉々に爆殺しためちゃくちゃ強いオーク達も、自分たちからは襲い掛かってこず、冒険者を殺さず、けが人を無償で引き渡してきたらしい。彼らも…もしかしたら…。




