35 俺と映像と変化するモンスター
俺の監禁生活は続いている。今日は、試しに鍋物を食べてみた。今日の料理も実にうまい。大根に染みた味が絶品で、非常に満足し満腹になったが、それでも俺の心は不安でいっぱいだ。映像に映ったあの女児は、間違いなく、俺を殺したことがある。
エルフと女児が外に出てきた所にモンスター達を呼び出し、わざと筋力強化をかけまくり、知能を落として襲わせてみたが、殆どのモンスターは女児が放つ結構な威力の謎の攻撃で簡単に倒されてしまう。エルフの魔法攻撃が加わると完全に勝ち目がない。
女児が映像を通り越して、こちらに攻め入ってこない事は判っている。おそらく、あちら側からは、こちらを認識できていない。
つまり、俺が何もしなければ。この映像を無視し、この部屋で幸せに自堕落に暮らす事だけを考えていれば。向こうがこちらに気が付く可能性もほぼ無くなり、あの女児に再び何かをされる恐れもない。
今日はビーフシチューを食べてみた。しっかり煮込まれた具材にとろとろのスープが絡まって、一口頬張る度に幸せが体内に沁み込んでくる。今回も実にうまい。野菜ジュースを飲みながら、俺は幸福感を噛みしめていた。
しかし、この狭い部屋ではどうしてもあの映像が目に入ってしまう。そして、この沢山の目のせいで、エルフと女児が映し出されるのを見逃したりなんかしない。
この部屋から出たいとは思わないので、村を滅ぼす必要はない。しかし、あの女児だけは、理由もはっきり思い出せないのに、俺はどうしても許すことが出来なかった。
風呂に入りながら考える。この部屋からあの村に出来る事は、あのボタンでモンスター達を呼び出す事くらいだ。声での呼びかけなどは一切できない。
だが、現状の呼び出しボタンで呼び出せるモンスターでは、あまりにも弱い。オークを強化しても、あの二人組には勝てそうもなかった。勝てそうも無いというか、勝負に全く良いところが無く完全に負け、血抜きをされて解体され、豚肉として持ち帰られていた。
現状では対抗する手段が無く、俺は風呂上がりに床に寝転がって考えていた。ふと、上を見上げると、机の裏側に魔法陣と、その中央に手形のくぼみを見つけた。
何だ、これ?くぼみに手を当ててみると、ひんやりとした感触が体の中に浸透してくる。次の瞬間、手からほんの少し、何だか分からない何かを抜き取られたような感覚を覚え、驚いて手を離す。
身体に異変は無いようだし、気分が悪くなったりもしていないが、確かに何か、大切なものを抜かれた。
今のは、一体何だ?と思う間もなく、映像の下部に表示されていたモンスター呼び出しパワーを示す棒の上に、濃い赤色の別の棒が表示されている。そして、その赤色と同じ色に、周囲のモンスター呼び出しボタンが光っている。
何か変化が起きたことは分かるのだが、説明が足りなすぎる。文句をつぶやきながら、試しにとりあえずお気に入りのオークボタンを押してみる。
赤いバーの減り方は以前の物と同じなのだが、言葉にできない何かが違う。何か、やってはいけないことをやっている感覚に囚われる。
映像内に現れたのは、おそらくはオーク達なのだが、見るからに別物に進化したモンスターだった。全員が通常のオークとは違う凶悪な戦闘力を持つ事が映像越しにも伝わってくる。
だが、彼らは村に突撃せず、村を観察していた。
近くを見回っていた冒険者たちが襲い掛かるも、驚くことに、完膚なきまでにオーク達が勝利した。冒険者たちは倒れ、逃げ出した者もいる。オーク達は特に追撃せず、倒れた冒険者を囲い、村の外でブヒブヒと声を上げているようだ。
助けたければ、村から出て来い、と挑発しているのだろうか?
それほど時間をかけずに、村から冒険者たちが湧き出してくる。現状を把握しているようで、皆、結構な重装備だ。しかし、あのオーク達に勝てるだろうか…?
オーク達は何事か話し合い、倒れている冒険者を蹴飛ばし、村から出てきた連中の方に転がして、少し距離をとって様子を見ている。怪訝そうな顔で回収しようとしている冒険者達をブヒブヒ笑いながら攻撃するつもりか?と思ったが、腕を組んで何をするわけでもない。
オーク達が、冒険者を、殺そうとしていない?
気が付けば、再び戦闘が始まっている。やはり冒険者たちに勝ち目は無く、オーク達は彼らを適当に痛めつけて村へ追い返している。そして、再び村を観察し始めた。
これは一体、何をやっているのだ?こいつら、村を滅ぼすのが目的なのでは?
他のボタンを押してみると、やはり強化されたモンスターが出現した。だが、驚くことに、そのモンスター達はオークにあっさりと倒され、食料にされてしまった。他のモンスターは仲間ですらないのか。
オーク達は村の外に簡単な拠点を作り始めている。こいつらは一体何がしたいのか…?
映像の中に、エルフと女児が現れた。透明になるマントを使っているようだが、あんなレベルのもので本当に周囲には見えなくなっているのだろうか?女児の手には奇妙な形をした見たことのない何かが握られていて、それを見ているだけで強く不安を感じる。
こそこそと、しかし一直線にオークの拠点に到達すると、エルフが女児の持った何かに魔法をかけた。相変わらず綺麗な魔法陣を描いて、魔力を込めている。おそらくは認識阻害の魔法だと思われた。女児はその物体をオークの拠点に投げ入れ、エルフは女児を抱え、走って村の中に逃げ込んだ。
そのタイミングで映像が真っ白く染まる。何が起こったのか全く分からずにいると、映像が回復してくる。立ち上った煙が消えると、拠点だった場所には巨大なクレーターが出来、オーク達の姿は全く見当たらなかった。




