21 私と精霊と邪教集団
何かの冗談で、仮装大会が始まったかのような光景が目の前に広がる。町の人たちは遠巻きに様子をうかがったり、建物の中から覗き見ている。
二人で呆然と眺めていると、困った顔で話し合いをしていた僧侶ちゃん達が私たちに気が付いて、こちらに向かって走りだした。
神の為、自らを犠牲にして、救えるもの全てを救う為に生きる僧侶ちゃんのコピーちゃん達が、目をキラキラさせながら走ってくる。大量の巨乳がぶるん!ぶるん!と揺れている光景は、その手のマニアなら飛びついてしまう所だろうが、マニアではない私たちは、その光景のヤバさに思わず逃げ出していた。
「ちょっとお待ちを!神は見ておられますよ!待ってぇ!」
「逃げる事を望まれるのですか!?しかし私は神のご意思に従い、追いかけます!」
「神のご加護があれば、あなたたちに追いつく事だって…!」
「神に誓います!敵意とかありません!お話だけでもぉっ…!」
「「「 神は、見ておられますぅ!!! 」」」
ものすごい数の僧侶ちゃん達から発される、いつも通りの神様上げ上げ発言の数々。
しかし彼女たちは、あの僧侶ちゃんのコピーである。全体的にぷにぷにしていて、胸が大きく、足が遅いのだ。
わりと余裕で逃げ切った私たちは、一体何が起こっているのかを考えた。あの罠空間から出てきたことは間違いないだろうが、今までそんな話を聞いたことが無い。本物の盗賊くんや僧侶ちゃんは一体どうしているのだろうか?
突然、後から声を掛けられる。
「驚かせてごめんなさい、私です。2号です。空間内部に異常が起こって、こちらに避難してきました」
そこには、僧侶ちゃんの姉さんのコピー達がいた。僧侶コピー達と比べて数は少ないが、それでもかなり沢山いる。
「こ、こんな人数が私に気が付かれずに、こんなに近くまで…!?」
守護精霊の筈ののココさんが、全く守護精霊としての役割を果たせず、悔しそうに言う。いいんだよココさん、あなたは脳まで筋肉女児のままで良いんだよ。私はココさんを抱き上げ、頭をナデナデした。
苦しそうに追いついてきて、息をゼーゼー言わせている僧侶コピーちゃん達を介抱する姉コピー達。話を聞くと、今、例の空間内部は、正体不明で訳の分からない何かの襲撃を受け、大混乱状態らしい。
その何者かは観測に引っかからず、突然空間内部に存在し始め、どういった手法でかは判らないが、周囲にいた姉コピーと妹コピーを自らと同化し、強大になっていったらしい。最初に取り込まれた者たちが、消失の間際に最大の警告を発しなければ、被害はもっと大きくなっていただろうとの事。
空間にいた人間を取り込む事は出来なかったようだが、傷つける事は出来るようで、ほぼ全員の避難は完了したが、何人かは軽い怪我を負ったらしく、病院で治療を受けているらしい。彼らが筋肉で鍛え上げられた屈強なボディビルダーで無かったら大変な事になっていたのかもしれない。
「私たちは、姉と妹合わせて、数百名が行方不明です。おそらく、全てではないでしょうが、あの何者かに取り込まれて…。消耗することは、とんでもないエネルギーの浪費です。この浪費を取り戻すのには、相当な時間がかかります…。」
姉コピーは悔しそうに語る。
「空間には、あのような外敵と戦うための、特殊な設備も用意されていました。しかし、それを使う間もなく…」
「とりあえずギルドに行って、現状の報告と、対策を考えてもらった方がいいやつじゃないかな、これ…人数も半端ないし…」
ココさんの進言に従って、私たちはギルドへの移動を開始しようとする。しかし…
「「「 どうして!?うまく進むことが出来ない…!? 」」」
ギルドに向かおうとするのは簡単なのだが、後に続くコピー集団を迷わさず連れていくというのが思った以上に困難だった。2号さんに総数を聞くと、正確な数字は判らないが、おそらく2500人くらい。という返事が返ってくる。
そのうち2400人くらいは僧侶ちゃんのコピーらしく、ぷにぷにで胸が大きく足が遅い。更に、町には、悪いやつも潜んでいるのだ。それも、頭の方も悪いやつ。
「ゲヘヘェ!これだけ居れば、一人くらい誘拐しても、バレないだろぉ…?」
「ああっ!?神は見ておられます!あなた様は、誘拐をしたいのですか?わかりました、協力いたしましょう!さあ、この清めた縄で、私を縛り上げてくださいませ!」
「えっ?誘拐ですか?それは犯罪です!神の目を誤魔化せるとでも思っていらっしゃるのですか?」
「「「 神は仰られました。罪を憎み即座に罰しなさいと。誘拐は罪です。罰さなければなりません! 」」」
このような展開で僧侶ちゃん達に袋叩きにされる犯罪者が出たり、僧侶ちゃんがおいしそうな売り物から目が離せなくなってしまったり、あとは僧侶ちゃんが単純に迷子になって泣いていたりするとか、それと僧侶ちゃんが…
そもそも2400人の僧侶ちゃんに『今からギルドに向かいます』『前の人について、よそ見をせずに歩きなさい』なんていう指令を行き渡らせ、守らせる事なんて、そう簡単にできる話ではないのだ。
そんなこんなで、20人強に1人くらいの配分で姉コピーを見張りに立たせないといけない。100名くらいしか居ない姉コピーに伝令を伝えるだけでも大変なのだ。
引率というのは案外と才能が必要な仕事だ。そしてその才能を誰一人として持ち合わせていなかった我々は、狭い道を通ろうとしたり、馬車道を横断しようとしたり…おいしいパンケーキの店がある通りを通ってしまったり…
結局、けが人多数、行方不明5名という尊い犠牲を出してしまったが、何とかギルドに辿り着いた我々を待ち受けていたのは、完全武装した冒険者たちと、蟻んこ一匹すら通さない意思を明確に放つ、がちがちのバリケードだった。
武装した兵士たちが、怯えた顔で拡声器に向かい、我々に語り掛ける。
「貴様らっ!!ぶぶぶぶ武器を捨てて、投降しろ!わ、我々が何をしたというんだね!?」
「あわわわ、ここはギルドだぞ!銀行じゃないぞ!わかってるの!?」
「ヒッ、お母ちゃん、お母ちゃん助けて…!」
そう、知っている筈の私達でさえ、最初は逃げ出してしまったような光景なのだ。目的が定かでない、同じ顔、同じ格好をした2500人の人間が向かってくる様は、恐怖の対象でしかないだろう。
ちなみに、この町の住人の数は盛っても5000人くらいらしく、その半数の2500人が暴徒化し、向かってくる状況というのを想定したギルドは存在しないだろう。このバリケードの存在だけでも驚きである。
「「「 神は見ておられます! 」」」
僧侶ちゃん達が一斉に叫ぶ。
「ひいいっ、しゅ、宗教か!?新興宗教の仕業なのか!?」
「邪教だっ!邪教集団だー!!」
「俺は悪くない!ああああーっ!!!」
取り乱し泣き叫ぶ冒険者たち。
「皆!逃げるな!我々にはこの切り札、最強の兵器があるではないか!」
ギルドの受付の奥でいつもふんぞり返っている、ギルド内部では割と偉いらしいおじさんが、拡声器に向かって叫ぶ。目の前に運び出された、布がかかった謎の物体に手をかけ、布をはぎ取る。そこにあったのは、以前に見かけたものを更に大型化したと思われるもの。
「精霊様から購入した、この大精霊砲さえあれば、我々は…勝てる!勝利の雄たけびをあげろぉーっ!」




