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17 私と精霊と無限増殖

「お…おねえちゃ…ん…?」


 僧侶ちゃんの口から出た言葉に、全員がハッと気が付く。そういえば、そうだった。我々は体を鍛えにこの空間に入ったわけではなかったのだ。


 この空間には洗脳の力があるらしく、肉体改造をものすごく好意的に捉えるようになってしまうらしい。実際、割とインドア派な私やココさんが、肉体を鍛える事にあれほど積極的になるだなんて、ありえないのだ。


 ありえないはずなのに、そんな自分は間違っていた!というやけに元気な考えが前面に飛び出てくる。さあ、運動を始めなくてはならない。お姉さんの事は、後でも大丈夫だろう。飛んで逃げたりしないのだから。


 筋肉を鍛える事で、人生のありとあらゆるネガティブはポジティブに生まれ変わる。さあ、みんなもマッスル!マッスル!


「おねえちゃん、私だよ!アイシェだよ!」


 僧侶ちゃんが名前を名乗った。さて、私がこの冒険譚を語るにあたり、ここまでココさんの名前以外を一切出さなかった事に、特別な理由があるわけではないのだが、私という主人公かつ語り手エルフの名前を公開する前に名乗ってしまったこの僧侶女子の事を、私は、許して良かったのだろうか?いっその事、私の記憶から排除して、居なかったことにしてしまえば、話が短くなって、聞いている皆も諸手を挙げて万歳!だったのではないだろうか?しかし、今となってはもう遅い。


「アイ…シェ…?うそ…」


 即座に否定しはじめるお姉さん。


「アイシェは、もっと…小さくて、すごく、とてもかわいい…私の妹。今日もおうちでおねしょしながら、お土産を待ってる」

「おねしょっ?仲間かっ?」


 おねしょという単語に敏感に反応する筋肉女児。


「おねえちゃん、私だよ!私がアイシェなの!外の世界ではもう10年経ってるんだよ!どうして帰ってきてくれなかったの?」

「どうして…って…?」


 と、そこまで言ってピタリと動きが止まるお姉さん。全く動かなくなり、皆で心配する。だが、心配している全員が腹筋運動器具から手を離せない。がしょん、がしょん、という音も止まらない。筋肉さえつけば、全ての悩み事が解決する筈だからだ。


 別の係員達が姿を現した。お姉さんと全く同じ格好で、担架を持ってきている。お姉さんを担架に乗せると、こちらを向いて、お姉さんと全く同じ顔で会釈をして去って行った。


 全員がお姉さんと同じ。みんなお姉さん軍団である。腰を抜かした僧侶ちゃんが叫ぶ。


「か、か、神よ、これは一体どういう事なのですかっ!?この試練を望まれているのでしょうか?」


 何が何だか分からなくなった僧侶ちゃんが狼狽えている。どうでもいい事だが、私はこの子の事をアイシェちゃんとか呼ばないから。


 お姉さんは、どのお姉さんに聞いてみても、10年前のお姉さんとしての記憶を持っており、ただし、そこから突っ込んだ話をしようとすると、ピタリと動きが止まってしまう。


 動かなくなったお姉さんが、担架に乗せられて運ばれていく場所まで尾行する。


 そこには怪しげな装置があった。上部には漏斗のようなものが付いており、下には排出口が付いている。幾つかのボタンが付いており、「新規」「修理」「廃棄」などと書かれている。何かの製造装置に見えるその装置に、上から放り込まれる動かなくなったお姉さん。


 係員らしいお姉さんが「修理」のボタンを押し、装置が動きはじめる。動かなくなったお姉さんが漏斗の下に吸い込まれていき、完全に姿を消したところで一旦停止し、装置の表面についている宝石のようなものがギラギラと光る。


 しばらくして動き出した装置の下からは、素っ裸のお姉さんが出力されてきた。恥ずかしいのか、胸と股間を隠しているが、尻が見えた。尻には159号という文字がある。


 検査役らしいお姉さんがお姉さんを調べ、お姉さんに服を着せていく。どうやら、お姉さんはこの装置で修理されたりしているらしい。お姉さん159号は復活した。一体、何体のお姉さんが居るのだ?


 これは、考えたくないが…お姉さん大量生産マシンなのではないだろうか?


「おお…おお…何という事でしょう、このような残酷な試練、わたくしに乗り越えられるのでしょうか!?神よ、お見守りください…!」


 僧侶ちゃんが腹筋マシンをがしょんがしょん言わせながら嘆き苦しむ。そして筋肉の限界を迎え、お姉さんに介抱され、おいしい飲み物を口に運んでもらっている。


 私はと言うと、別のお姉さんに背中をマッサージしてもらっていた。手際が最高によく、口に運ばれたプリンのようなものも大変おいしい。


「おいしいですか?それは、美容と健康に大変良い効果のある、アンチエイジングプリンです」

「アンチエイジングプリン!?私も食べたい!!」


 筋肉女児がよだれをたらしながら元気よく叫ぶ。お姉さんはココさんにもプリンを用意して食べさせている。なんとなく、この隙に!と、お尻を確認してみた所、2号と書かれていた。まだ若いのに、2号さんである。


 もしかして、番号が古いやつのほうが、コピーだか製造だかの精度が高いのではなかろうか?何の確信も無くそう思って質問をしてみると、これが大当たりだった。これまでのコピーお姉さんは停止してしまうような質問でも、何でもスラスラと答えてくれた。


 特に、お姉さんの実物である1号が生きているという情報は大きかった。ただ、10年前…この空間では1年前に、この空間に送り込まれてきたお姉さんは、なぜか重傷を負って瀕死の状態だったらしい。


 この空間の医療技術によって治療が進み、そろそろ退院も夢ではないという。自分たちがコピーされて働いている理由は、姉の入院に使われるエネルギーを稼ぐためであるらしい。


 空間で提供される全ての物を実現するにはエネルギーが必要で、この空間で何らかの事情で病院に入院した者は、大抵この方法を取るらしい。そのうち、現実の時間が多く過ぎ去ってしまい、帰る気を無くす者も多いとかなんとか…


「お、おねえちゃんに、会いたいです!」


 あっさり頷き、道案内を始める2号さん。喜ぶ僧侶ちゃん。筋トレをやめられないメンバー達。ただ、私は聞いてしまった。2号さんがぽつりと呟いた言葉を。


「私だって、おねえちゃんなんだけどなあ。会えてうれしいよ、アイシェ」

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