16 私と精霊と肉体改造
ドアを開けた向こうに広がっていたのは、今まで見たこともない不思議な施設だった。不思議な施設としか言いようがない。沢山の奇妙な器具があり、それを使って沢山の人が励ましあいながら汗を流している。
人数は、見えるだけで、ざっと見繕って100人くらい。
「う、うおおっ?これ、金魚運動っ!金魚運動だっ!やりたーい!」
ココさんが金魚運動をする器具の前で喜びの声を上げる。ココさんが運動をしたがっている…?ちなみにこれは、寝転がって台の上に足を乗せると、台が左右に動き、まるで水中で金魚が尾ひれを動かすような運動が誰でも簡単に出来てしまうダイエット器具だ。
ただし、ココさんには器具が大きすぎる。何とか使おうとするが、無理だった。しかし、そうこうしていると、現れた係員のような人が、目の前の器具をココさんサイズに調整交換して去っていく。
「いやったー!金魚運動だー!ねえ、見て見て!私、金魚になっちゃってるぅー!」
腰から下をふりふりしはじめ満面の笑顔のココさんを見て、私は、うちの里でやっている、無職舞踏によって守護精霊という存在と出会わせ、運命を共にする者を作る、目的が謎の習慣について、不可思議とか超自然的な儀式ではなく、完全に村の無職達の趣味でやっているだけなんだな…と確信した。
気が付けば、私以外の3名は皆、器具を使い、とても良い笑顔で運動を始めていた。
「こ、これは、すごいですっ!神よ!見ておられますか!気になっていた二の腕が、ぎゅんぎゅん引き締まります!」
僧侶ちゃん2は台の上でおもりのついた棒を上げたり降ろしたり。
「これさえあれば、どこまでも好きなペースで走り込むことが出来る!僕は、こういう訓練がしたかったんだ!」
盗賊くんは、その場を動かずに走れるやつに乗って、どこまでも走っていた。
これはいったいどういう事なのだろうか?と周囲を見渡すと、入ってきたドアには、以前の空間と同じ場所に説明書がついていた。結構な長文である。これを読んだ人はどのくらい居るのだろうか?まぁ、みんな記憶をなくして帰ってくるのだけど…
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説明書
いらっしゃいませ。
この部屋は 不完全版・肉体改造の部屋 です。( 考案中 )
利用料は( 現在相談中 )と、お安くなっております!
1人1人違う、肉体改造をする欲求…それら全てに完璧に答える為に、
我々が研究した設備、器具、治療、様々なテクニックを提供します。
※当施設には洗脳効果があります。効き目は人それぞれですが、
多かれ少なかれ肉体改造をしたくてたまらなくなるでしょう。
当空間の時間進行速度は 無制限 です。この空間では歳をとりません。
満足するまで肉体改造をお楽しみください。( 開発中 )
基本肉体改造メニュー ( ←クリックすると開きます )
※現実世界では空間での時間の 10倍 の速度で時間進行します。
エルフさまがご利用になる際は、30日ほどを目安に肉体改造です!
脱出方法:あなたの肉体改造欲求が満たされる事で、脱出可能に。
クリア者用の特典( 開発中 )
※現在、この空間で過ごした記憶は、
空間維持のエネルギーとして変換される為
消去されます。対処法を発見し、修正する方針( 開発中 )
( 隠し )クリア者用メッセージ( 開発中 )(開発者向け)
自由に出入りが可能になります。記憶の消去は行われません。
試しに付けた現実が10倍で時間が進むやつも、一時的に停止します。
ただし、当空間で歳をとらなくなる設定も停止されます。
(この空間は( 開発中 )です。ご了承ください)
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うおお…。前の空間とは打って変わって長文な説明書だが、内容は割と怖い事も書いてある。この空間で1日トレーニングすると、現実では10日経ってしまうらしい。文章のあちらこちらに開発中のマークが付いているのも不安にさせられる。クリックとは一体何だろうか?
そして、この文章を読んで解った事は他にもある。この空間は、おそらく罠ではない。いつの時代の物かはわからないが、完全に肉体改造を目的とした施設だ。前の空間も実は罠ではなかったのではなかろうか?
そして、エルフの皆さま、という文章。明らかにエルフである私たちが使う事を前提としている。前の空間も私たちにしてみれば大した問題になる空間ではなかったが、今回のこれもおそらくは…と考える私の手には、ダンベルのようなものが握られており、上げたり下げたりを繰り返している。
驚いた。無意識に、運動を始めてしまっている!?それも、嫌々ではない。自分から進んで運動をしたくてたまらない。筋肉を鍛えさせてくれ!
満面の笑顔で勝手に運動を始めた私の体の横に、ススッ…とやってきて、応援を始める女性。なんと、2ではない僧侶ちゃんである。
「神は見ておられますっ!あなたの腕が鍛え上げられるところっ!ああっ、エルフ様、みんな、あなた方も来てしまったのですね…!」
僧侶ちゃんは喋りながらも、腹筋に奇妙な器具を押し当てて、取っ手を引っ張ったり押したりを繰り返している。あれって、もしかして腹筋を鍛える器具なのだろうか?いいな、私もやりたい!やらせろー!やらせろー!
そう思うと、手に持っていたダンベルは現れた係員に回収され、僧侶ちゃんと同じ器具を与えられる。試してみると、これは…効くっ!私の腹筋が鍛えられていくっ!
「あっ!ズルい!それ、私もやってみたかったんだよね!やりたーい!」
金魚女児の手にも女児の大きさに適合した器具が手渡される。流れで僧侶ちゃん2、盗賊くんにも手渡される。
5人の手に揃った、同じ健康器具。太陽光のような光の下で、みんなで揃っての運動が始まる。がしょん、がしょん、がしょん…。5人の顔には汗が流れ、皆、大変に良い笑顔を浮かべていた。
も、もう駄目だ、筋肉が張り詰めて…これ以上はっ…と思うタイミングで、完璧なタイミングで現れた係員による休憩接待が入り、全身をマッサージされ、お口には爽やかな飲み物が与えられる。筋肉の疲労はすぐに取れ、次の運動を始めることが出来る。
「はぁ~っ、マッスル!マッスル!筋肉を鍛えて筋肉女児になるぞっ!」
ココさんの口から、守護精霊の文字が一言も入っていない目標が飛び出す。しかし、その時の私も、キレキレの筋肉エルフになる事に疑いを持っていなかった。筋肉エルフにわたしはなるぞ!
5人の仲良し運動は、僧侶ちゃんが、係員の顔を見て、姉さんだ、と気が付くその瞬間まで続いた。正確に言うと、気が付いても続いた。




