12 私と精霊とペットの首輪
とりあえず戦士さん、僧侶ちゃん、盗賊くんの3名に首輪を装着した。と、いうのも、出入りが自由なのは私たちだけだからだ。彼らを出入りさせるには、子種おじさんが持ち込んでいたモンスターのように『ペット』として扱わなければならないという考えからの行動だ。
首輪に紐をつけて、3本の紐を私が持てば、はい!この通り、準備は万端です。
「すごいすごい!どう見ても女王様みたいだよ!」
ココさんが直球の攻撃を仕掛けてくる。私だってちょっと気まずいし恥ずかしいんだよ!少し腹が立ったので、禿げた戦士さんの紐をココさんに渡した。
そう、これが精霊女王誕生の瞬間である。言葉にするとかっこいい気がしてしまうが、現実では、ぱっと見どっちがペットなのか分からない状態だ。
「神は、我々の事を、常に見ておられます。他者に、このような姿を望まれるのならば、望まれるがままに、あられのない姿を示すべきなのです。神にっ!見てもらう為にもっ…」
僧侶ちゃんがお顔を真っ赤にしながら言い放つ。少し前から薄々勘づいていたが、この僧侶ちゃんの頭は少し危険なのではなかろうか?
あらかじめ、この先の事を話す。ドアを開けて空間に踏み入れたら、いつ襲われても不思議ではない事。メンバーを助けたら、即座に帰還する事。仮に子種おじさんに遭遇してしまった場合、交渉を試みるが、基本は全力で倒す事。
ダンジョンに足を踏み入れると、全員が指輪から溢れ出た光に包み込まれ、例の選択肢の空間に転移した。
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クリア者用メニュー
貴方が 孕んだ/孕ませた のは みかん
自由に出入りできます
以上
1・ダンジョンに戻る
2・空間に入る
3・ダンジョン入り口に戻る
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「おお、これが…」
「神よ…!試練をお与えになられるのですね…!」
ここでうだうだしていても仕方がない。2番を選び、ドアを開けた。
しかし、そこに待っていたものは、私たちが過ごした、あの快適な空間、居心地の良い部屋ではなかった。異様な臭いのする風が吹き込んでくる。
元の色が分からないレベルに汚れ、破壊され、廃屋と化した部屋の、廃品となった家具の陰で身を寄せ合って震える、痩せた女子3名。おそらく救出対象だ。
破壊されて空いた大穴から見えるのは、木も草も無い荒野で、異常に巨大な子種おじさんが、謎の叫びを上げながら、ズシン、ズシンと歩く姿だった。見た目はもう完全に巨人だ。巨人に無数の手が生え、頭部のあちこちに無数の目玉が付いている。
これは、無理ではないだろうか。話し合いも、戦いも。
女子3名に首輪と紐をつける。女王様でも何でもいい。早く逃げなければ殺されてしまう!現状を把握できないほど弱った3名だったが、急に現れた知らないエルフが唐突に変態プレイを始めたことに驚き、きゃあきゃあと抵抗する。ああ、もう、これだから女子は!私も女子だけど!
そう思った瞬間、何かが飛んできた。転移用のドアは、大きな土の塊に押しつぶされ、見えなくなってしまう。偶然なのか?狙ったのか?とにかく、これではすぐに現実に逃げることが出来ない。
覚悟を決めたように、戦士が叫ぶ。戦いは始まってしまった。
こうなってしまったら仕方がない。私だって、数年前とは違う。もう冒険者の卵ではない。少なくとも冒険者の雛である。剣に魔力を込め、戦闘の準備をする。僧侶ちゃんは、支援の奇跡を起こそうとしている。盗賊くんは何かボールのようなものを握りしめている。何なのかは知らないが、考えている場合じゃない、全力で戦わなければ、ココさんの命も危ないのだ!
巨大子種おじさんの無数の手には、先ほど飛んできた土の塊が握られている。頭部の無数の目が全てこちらを見つめており、その顔が歓喜に満ちているように感じる。くっ、こんな化け物と戦う羽目になるだなんて…せめて、装備をもう少し…
「精霊砲っ!」
突然、ココさんの声が聞こえたと同時に、目の前が真っ白になり、ものすごい爆音が聞こえたような聞こえなくなったような…ものすごい量の煙がゆっくり消えていき、キーンとした耳が聞こえるようになってくる。
先ほどまでは無かった砲台がぶっ壊れて火を噴いているのが見える。
近くにはココさんが倒れていた。あれ…色が違う。全身真っ黒である。真っ黒ココさんが息を吹き返し、開けた目玉をクリクリさせながら言った。
「おもらしの屈辱から数年…毎日こつこつ、この日の為に…作っておいた…精霊砲の…大勝利!」
外を見ると、子種おじさんの全身がバラバラになって吹き飛んでいた。
「ココさん…あんた、こんなヤバい兵器、どうやって…」
よく見ると、私も、周囲の皆も、全員の全身が真っ黒である。
「みかんを売ったお金で作ってるうちに、どんどん強力になっちゃって…言ったら使わせてもらえないかもなあ…って…」
みかんを運ぶときに使っていた魔法の採取袋に入れると、重さも大きさも全く感じなくなるらしい。いや、そんな事よりも、この砲撃って、大量の火薬を使ってるよ?この精霊は本当に精霊なの!?
掘り出したドアは開き、全員を現実に引き戻す。
3人は僧侶の治癒やココさんのみかんで正気を取り戻した。転移罠に引っかかった当日から、あの空間はあのような惨状だったらしい。携帯していた食料や水は無くなり、魔法使いの作り出す僅かな水を舐め、リーダーの持っていた菓子や砂糖などで命をつないでいたらしい。
子種おじさんだと思われる巨人については、訳の分からないことを叫んでいる化け物としか認識しておらず、発見されると追いかけてくるため、その度に盗賊の隠蔽スキルで身を隠し続ける事二ヶ月程。心も体もボロボロで、ほぼ限界だった頃合いで、助けが来たという。
「本当に、本当に助かった。まだ震えが止まらなくてすまない。心からお礼を言わせてもらうよ」
「謝礼は、数倍支払う!皆が止めても、私は止めない!」
「リーダーとして、仲間を助けてくれたこと。私を助けてくれたこと。すべてに感謝している。有難う。私の店に来てくれたら、何度でも、何でも食わせてやる。是非来てくれ!」
そんな言葉を交わしあう真っ黒な一団。
しかし、子種おじさんも元々はあの罠に引っかかった被害者である。たとえ、人間をやめ、あのような姿になってしまっていても、外に出たかったのではないだろうか。冥福を祈らねば…そう思いながら、数年前とは別格のコンクリート魔法でダンジョンを封鎖する。
こんなこともあろうかと、この日の為に習得しておいた土木建築用の魔法だった。
報酬を受け取った私たちは、町に新しく借りた住処に戻る。庭にはみかんが植えてあり、まだまだ少しだが実をつけている。
「あ、あのぉ…」
振り向くと、僧侶ちゃんと盗賊くんが付いてきていた。




