10 私と精霊と唐揚げと
なにか、とても良くない夢を見た。
夢の神様の畜生め。夢の内容くらい、選択させてくれればいいのに。
絶対に許さないんだから!許さないだけで、別に何もしないけども!
目を開ける前から舌打ちをしたあたしは、続いて下半身に風が当たり、スースーしている事に気が付く。下半身というか、要するに陰部だ。言葉で説明するのが困難な箇所だ。
…あれっ?陰部が?大解放されているの?えっ?ちょっとまって?
「あ、ココさん起きた?なかなか起きなかったから、ちょっと心配したよ?」
あたしの顔のすぐ横から聞きなれた声が聞こえる。目を開けると、見慣れた髪の色。嗅ぎ慣れた匂い。守護人間が、あたしをおんぶして歩いていた。さすがはあたしの守護人間、気が利いたサービスをしてくれる。
だが、下半身は相変わらずスースーしている。認めたくなかったが、今、完全にノーパンだった。お気に入りの精霊下着を穿いていなかった。完全無防備の精霊陰部を無制限に大公開していた。
う、う、うわあああん!!
嘘だろう?なあ?嘘って言ってくれ!こんなあたしじゃ、もうお嫁にいけないよ!
「仕方ないじゃない、あんた、漏らしちゃったんだから…」
どうやら、この女児な身体能力のせいで、不覚を取ってしまったらしい。要はおねしょである。先ほど見た悪夢について思い出し、顔を青くしてブルッと体を震わせた。
おんぶから抱っこに体勢を変えられて、頭をナデナデされる。何かに怖がっている事が伝わっているらしい。さすがは守護人間である。気が利いたサービスを次々にしてくれる。
うん…まぁ、あんな、びっくり箱みたいでショッキングな悪夢を見てしまったら、おねしょしても…仕方ないよね?ナデナデに癒されながらそう思った。
「ん?何を言ってるの?悪夢じゃないよ?」
地面に降ろされ、あたしの口に突っ込まれる、おいしいみかん。このみかんは本当においしい。このみかんを現実で育成し、必ずやみかん長者に…なる…のだ…
あれっ?
周囲の風景を見て気が付く。ここは現実だ。それなのに、あの激うまなみかんがある。口の中の、めちゃくちゃおいしいみかんをもぐもぐしながら、優秀な精霊脳を使って考える。
精霊脳がはじき出した答えは簡潔であり、あたしの全身の穴という穴からは、恐怖のあまり、様々な汁が噴出した。これは全て精霊汁であり、ちっとも汚くなんかない。
精霊汁は飲めます!飲めますから!そんな目であたしを見ないで!
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私たちは、町を経由して、エルフの里に辿り着いた。
広大な田んぼの脇の道ではエルフのかわいい子供たちが、木にとまったセミを捕まえて、ゲラゲラと笑いながら品評後、魔法で焼いて食べている。
「あんた、4匹目じゃん!私、まだ2匹しか食べてないのに!」
「えっ、マジで?ごめんね。この幼虫さんは、お前にやろう」
「マジで!?ヒャッホーイ!!!もぐもぐっ!!!」
そのままお口に放り込み咀嚼するエルフ女児。この里ではよくある光景なのだが、町の人間たちはこのような実際のエルフの生態について、全く信じようとしない。
エルフたちは、美しく深い森の中で生まれ、大自然が発する霞を吸って、植物たちと共に生きている…というような迷信を信じる人間は本当に多い。現実のエルフは、子供の頃から畑の泥にまみれ、ギャハギャハ笑いながらセミを食って育つというのに…。
実家に到着すると、両親が外で何かを食っている。
魔法で起こした火で薪を燃やして油を熱し、衣をつけた具材を投入して揚げて作る、エルフの家庭では定番の料理。そう、セミの唐揚げだ。
「あれっ、もう帰ってきたの?セミ食べる?セミ!」
「セミは美味いぞ、なんてったって、捕まえてくればタダだ。これもタダだぞ!」
現実のエルフは大人になっても変わらない。そして私も変わらない。人間にセミの味の事を言うと吐きそうな顔をされるが、実際、幼虫から成虫まで普通においしく食べられるというのに…
父と母、私とココさんはセミの唐揚げを貪り食った。キャベツの千切りまで用意されていて、胸焼けの防止にもなる。エビのように香ばしい風味のセミの唐揚げは、エルフの育成に欠かせない栄養源だ。
エルフ酒も飲んだ。無限ワインとの飲み比べだ。どちらも非常においしく、癖になってしまう。エルフ酒の製法についてはエルフの秘伝なので、残念ながら詳しくお伝えすることが出来ないのだが、折角なのでほんの少しだけ公開してしまうと、よく腐っ…
「ん ゲ ぷ ぅ …」
私の秘密情報公開を邪魔するように盛大なげっぷを放ち、満腹女児精霊のココさんが腹鼓を打つ。パンツを穿いていないくせに堂々とした態度である。世間の精霊さんも、楊枝で歯の間に詰まった食品をかきだしたりしているのだろうか?
私は両親に、例の空間についての話をする。みかんと無限ワインを持ってきた事。子種おじさんの遺体が消えていた事。そして、最後に窓を破って突撃してきた、ヤバいおじさんの事。
ワインを飲み、セミを食べながら、やだっ!なにそれ気持ち悪い!という顔をした母親。
「行くのは、もうやめなさいね?」
「なあ…これ以外にも色々な果物があったんだろう?どうして全部、持ってこなかったんだ…?」
父親はココさんから受け取ったみかんを食べて、完全に放心した顔で言う。
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なんだかんだで、数年の時間が経った。私とココさんは、今でも冒険者を続けている。
植えられたみかんは果実を実らせ始め、食べたエルフたちが目の色を変えて、こぞって種を植えている。町に出回る日も近いだろう。
「むふふ、そうなると、みかんのロイヤリティーがあたしの手元に流れ込んできますねぇ…」
みかん商人のココさんが指でコインを模った円形を作りながらニンマリと笑う。彼女はもはや精霊ではない。みかん商人である。
しかし、実際に入ってくるお金なんて僅かだろう。入ってこないかもしれない。エルフ農家の無職たちは、皆、無職経験の結果としてなのか、貧乏性で、がめついのだ。
植えたみかんが、ココさんのみかんの種だと証明する何かがあるのかァ!?と脅されて、怯え震えて泣き寝入りするココさんの姿を想像してしまう。
ああっ…みかん商人のココさんは、理想の姿だけで終わってしまうのだろうか?
ある日の朝。町の冒険者ギルドに張り出される冒険者募集の張り紙群を見ていると、気になる募集を見つけた。新発見のダンジョンで、謎の転移罠にかかった仲間の救出という、わりとシンプルな募集である。
だが、派遣先は、どう見ても例のダンジョンだ。
実際にセミを食べたことは無いのですが、割とうまいという話は耳にします。
でもなあ…セミはさすがにちょっとなあ…




