01 私と精霊の旅立ち
私は、冒険者になった。
両親は冒険者になる事に反対した。友人も先輩も先生も、近所のおじさんおばさんまで、皆が反対した。「大怪我をするよ!」「誘拐されるぞ!」「死にますよ!」と。確かに冒険者の行方不明や死亡率は高いのだけど、皆が揃って言い始めると、流石に不安な気持ちになってくる。
守護精霊のココさんに至っては、ちっちゃなお顔を真っ赤にしながら「あんたが死ぬとあたしも死ぬんだから!やめてお願い!」と必死の懇願だ。
だが、その時の私には冒険が必要だった。具体的な理由を言うのはちょっと恥ずかしいのだけど、誰にも遠慮せず自由に使えるお金が欲しかったのだ。
人生、お金が全てではない。という事くらいは判っている。でも、お金さえあれば、あれもこれも何でも我慢せずに、どんどんバンバン好きに買える。実のところ、この世ではお金で解決できない事を探すほうが難しいのではなかろうか?お金の持つ無限の力に私は魅了されまくっていた。お金って本当にスゴい!そしてその時の私には、お金で買い求める事ができる手に入れたいものがあった。
女として産まれた者が、結構な割合で欲しがる罪なやつ。理想の自分に大変身できる、それを身に付けたときの周囲の視線の事を考えるとドキドキなアイテム…ピカピカでキラキラしてる、流行のおしゃれな服。おしゃれなアクセサリー。おしゃれなお家!
そう。私は、おしゃれな自分になるために冒険し、お金を稼ぐのだ。そんな簡単にいくものか!と思われるだろうが、比較的難易度が低く初心者向けと言われている迷宮であっても、意外に稼げてしまう事が、冒険初心者向けの講習会で実証済みである。
「ええっ?お仕事の実績が稼げて、お金も稼げて、おしゃれ度も稼げるなんて!やらない手はないと思う!やろう!」
最初は嫌がっていたココさんだが、おしゃれの為であると知ると、俄然やる気に満ちた顔である。
残念な事に、何度目かの初心者向け講習会ではケガ人が出た。初心者向けモンスターといえばスライムだが、このスライム、身体に張り付かれると意外に痛いのだ。そして、そのケガ人は何をどうしたらそうなるのか、顔に張り付かれてしまっていた。周囲の初心者冒険者たちがオロオロする中、仲間の初心者冒険者が駆け寄って急いでスライムを剥がす。しかし…
「ヒッ…やだっ!顔の皮がぺろっと …オ、オゲェーッ!ぐえぼぼぼぼぼぼっ!!」
事故を見てしまったココさんの悲鳴と、激しい嘔吐の音が今でも脳内で再現できる。意外に思われるかもしれないが、守護精霊も嘔吐するのである。ケガ人の溶けて剥がれた悲惨な顔は、居合わせた僧侶の回復魔法でわりとあっさり綺麗に回復した。
少しの危険で、大きなおしゃれ。
初心者冒険者になった私は、ココさんを引き連れて、初心者向け迷宮の探索に明け暮れていた。だが、こういった場所は隅から隅まで探索されつくされており、モンスターが収集しているアイテムですら滅多にお目にかかれない。
それでも冒険で経験を積み、ほんのりレベルも上がり、ほんのりおしゃれになった冒険者な私と、ほんのりおしゃれ精霊のココさんは、私達とても強くなったよね!と勘違いし、やめておけばいいのに町から割と離れた場所にあるらしい、人気がないダンジョンにチャレンジする気になってしまった。
このダンジョンに人気がない理由は色々あるのだが、足を運ぶ時間と手間を考えると、ほとんどの場合は町でバイトをした方がお金が稼げるであろう…という、割と現実的な理由が大きい。
それでも私はこのダンジョンで稼いでみせる。大丈夫、このダンジョンは広くて未到達区域が多数存在する…という噂を耳にしているし、宝箱もまだまだ大量に眠っている…という噂も耳にしている。
今にしてみれば、そんな事を思っていた私の耳を引っ張って、阿呆な事を今すぐやめて、故郷に戻って心機一転こつこつ仕事をしなさい。と言いたくなる。農業だって意外に稼げるし、立派に食べていけるのだから。
「このダンジョンは稼げると思う!だって人がいないんだから、モンスターだって狩り放題!守護精霊の直感を信じて!あたしたち、もっともっと、おしゃれになれるはずじゃん!?」
と、いうような守護精霊さんのありがたいお言葉が下される。それにしても、この精霊は一体何を守護しているのだろうか。精霊はおしゃれに敏感なのか?そもそも、このほんの少し人間の女児より小さい程度の女児は、本当に精霊なのだろうか?
せめて仲間を募集するべきだった。しかし、私は人とのコミュニケーションが苦手なのだ。コミュ障なのだ。誰か人に会う時にはお土産の持参を欠かせない。それに、まだ人数が必要になる困難な冒険をしている気は全くなかったのだ。すべては自分達のおしゃれの為の冒険で、危険が待ち構えているだなんてほんのりとしか考えていなかった。
ちなみに私が町でバイトをしない理由は、私の種族がエルフだという事が大きい。別に何の変哲もない、ごく普通の一般市民だし見た目は人間基準からすると皆そこそこに良い筈なのだが、エルフで女だというだけで荒くれ達からエロい目で見られ、わりと面倒な目に遭う事があり、面倒を避けて雇う側が雇用を渋るのだ。
お陰様で里には農作業を生業とする、数多くの農家エルフたちが生息しており、ちょっとびっくりするくらい広大な畑が広がっている。失礼な事に町では『無職畑』と呼ばれていた。立派な農家なのに失礼極まりない話である。
そんなこんなで私と精霊を名乗る何かの二人の力を合わせ、はっきり言ってしまうと勘でたどり着いたダンジョンの入り口は、ちょっと険しい山の中の自然に隠れて、普通ではなかなか発見できない場所にあった。具体的には、ココさんが用を足しにやぶの中に入っていかなければ見つけることは出来なかった。
おそらく、この怪しげなダンジョンは、町で耳にしていた物件ではなく、別の何か…だったのではないだろうか。しかし物欲が振り切れた状態の私達は、迷わずそのダンジョンに足を踏み入れてしまった。
数歩進んだところで入り口は即座に閉まり、逃げ出せないようになってしまう。この時点で色々とアウトなのだが、逃げ出そうと思って見た事も無い奇妙で珍妙な構造をした通路を歩き回り、完全に道に迷い、性的すぎて描写を躊躇われるいやらしいモンスターに散々追い回された挙句、偶然見つけた宝箱をせっかくだからと開けようとして罠に引っかかり、気が付いた時にはこの謎の部屋で寝ていたのだ。
最初、自分が何処に居るのかも判らず、警戒を緩める事は出来なかった。他の人が居るような気配はない。横でぐうぐう寝ているココさんを確認後、周囲を見渡すと、一人暮らし用くらいの部屋に、生活用品は一通り揃っているような環境。そして周囲に調和していない、奇妙な形状の謎のドアがあった。
窓から外を見ると、見たことのない草木が生えており、やけに綺麗な水が溜まっている池がある。晴れていると思われる空に太陽は無く、地面は土のような石のような謎の材質。一目見るだけで、ここが通常の世界ではない、異常な場所だと解ってしまう。
迷わず謎ドアに向かい、ドアノブを捻ったり、押したり引いたりしてみたが、開く気配がない。良く見ると、ドアには『説明書』と書かれた紙が貼ってあった。
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説明書
・この空間より自由に出る事は出来ない
・この空間からは『孕む』もしくは『孕ませる』ことで脱出できるようになる
・この空間にあるものは自由に使って良い
以上
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状況が掴めてくると、これはマズい、という現実が見えてくる。話には聞いたことがあるが、実物を見るのは初めてだ。これは、条件を満たさなければ脱出できない厄介な罠だ。
孕む?孕ませる?守護精霊のココさんとは同性だし、そもそも繁殖できない。私は独り身で、彼氏いない歴が年齢と同じで、勿論、そういった恥ずかしい経験はないし、繁殖行為なんてまだ早い!と確信している。
しかしそうなると、この出るに出られない恥ずかしい空間で、何をどうすれば良いのか?誰か男が入ってくるのを待てばよいのか?そんな、見ず知らずの男と、私が?そんな…そんなけしからん事が?
それに、ココさんはどうすれば良いのか?精霊って妊娠するのか?ココさんならば、大きくなったら人の子でも余裕で妊娠しそうな気がするけど…?
私なりに考えに考えたが、答えが出ない事に変わりはなく、とりあえず足元の精霊女児を起こすべく座り込んで、ほっぺたをむにむにとつまんだり、小さな体をゆらゆらと揺らした。
小説を書くのは初めてです。
少しずつ慣れていこうと思います。
何卒よろしくお願いします。