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嫌いな主  作者: 小田桐
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ファーストコンタクト


「今日から私をご主人さまとお呼びなさい」

 戸惑う俺を見下ろして夕月は言った。この娘はなにを考えているのだろうか。

「あなたは私に買われたのよ。ひざまずくのが礼儀じゃないの?」

「ご主人さまがそれを望むなら」

 俺はひざまずいた、下を向いているから夕月には気づかれてはいないだろ。この時の俺が泣いていたことに。

「忠誠の証として足を舐めなさい」

 俺は言われるがままに夕月の足に口づけをした。心が壊れた・・・・・。


「そんなこと言ってません。嘘はやめてください・・・・・」

 こんな出会いなら夕月を嫌いになってはいなかっただろ、軽蔑をすることはあっても。でも現実の夕月は違っていた。



 想像していたよりも小さくて可愛らしい女の子だった。ストレートの髪を後ろで縛っている姿は女らしいってよりも、幼さを強調してるように見える。

「初めまして、水鏡夕月です」

 俺が仕えることになった主は中学生の女の子。考えてみたら自分の弟よりも年下の子供に仕えることになるのか。

「こちらこそ、よろしくお願いしますね」

 これは仕事なので感情を出さずに一応は笑顔で返答することにしている。この家の人の説明によると夕月は13歳の中学2年生、俺にとって5つ年下のこの娘に色々と指示をされたり、こき使われたりするのかと思うと少々気が重くなる。まぁ、仕事だと思って割り切るからいいけどね。

「えーと、なんて呼んだらいいのかな?」

 オドオドしたように困っている。そういえば、挨拶したときも目を合わせてなかったかな。これも事前に説明を受けていたが極度の人見知りで引っ込み思案だと言う。自分の意見を言うことができる立場にいるのに言わないようなウジウジしたタイプは俺は嫌いだ。

「お嬢様?ご主人様?夕月さん?」

 そういえば家政婦のおばさんは夕月のことをお嬢様と言ってたかな。運転手のおじさんは夕月さんって言っていたような気がした。

「えーと、呼び捨てでかまわないです」

 ん〜、別に仕事として接しないなら多分呼び捨てで呼んでいるだろうな。もしくはちゃん付けで。だけど、そういう訳にいかないよな、少なくても屋敷の中では。

「君が望むならそれでも良いんだけど、さすがに人前ではそういうわけにいかないから、夕月さんでいいかな?」

「ええ、それでいいです」

 依然として夕月は俺と目を合わせようとしない。誰に対してもそうらしいから、特別俺が嫌われている訳でもないだろう。

「それと、私を呼ぶときは呼び捨てでもかまいませんので」

 そして俺は付け加えた。別に自分の呼び名なんてどうでもいいし。

「っえ、でも・・・」

「夕月さんの友達になりたいと思っているので。友達を呼ぶときは呼び捨てとかあだ名で呼んでいるでしょ?できたらそういう関係になりたいと思ってます」

 相手をリラックスさせるために思ってもないことを口にしていた。もし、本当の友達に俺は中学生の女の子のお世話をすることになったと伝えたらどういう反応をするだろうと考え苦笑する。きっと、からかわれるか同情されるかのどっちかだろうから。

「よろしくお願いしますね」

 最大級の笑顔で俺は言った。最初のこの話を聞いたときに夕月がもう少し大人なら、甘い展開を期待していたが目の前にいる小さくて胸もない幼児体型の童顔な女の子にそれを期待するのも無理だと思った。なら、せめて社長が最初に言っていたように友達になろうと心に決めた。もし、奇跡的に俺たちの相性が良いのなら。


 与えられた部屋が思ったよりも豪華だった。洗濯機や台所用品は必要としないために与えられた部屋を丸ごと自分の部屋として使うことができる。待遇は悪くないらしい。

「欲しい物が合ったら何でも言ってくれていいよ。使わなくなった物でよかったら君にあげるから」

 そう言ってくれたのは夕月の兄の京司だった。京司さんは俺よりの年上の大学生、俺が行きたいと憧れている大学に通っている。そういう家庭環境に普通なら嫉妬などの負の感情を持つべきところだが、人の良さそうな彼にそう言う感情をもてなかった。

「そんな、悪いですよ。気持ちだけで十分です、ありがとうございますね」

 俺の主のお兄さんは妹の友達として歓迎してくれてるのだろうか?居候になる俺の部屋の片付けを一緒に手伝ってくれていた。

「ユヅとはもう逢ったの?」

「ええ、でも思いっきり警戒されていました」

「そうだろ。おふくろが死んでからはあいつは俺か親父にしか心を開いていないからな」

「それならどうして私が?」

 ずっと疑問に覚えていた。どうして、普通の仕事をせずに待遇の良い住み込みの世話役をすることになったのだろうかと。

「親父が言ってただろ?君とユヅは友達になれるからだって」

「でも、わからないじゃないですか」

「まぁ、それとね。君みたく目的と期限がある人なら最後までやり通せると思ってね。良い意味でも悪い意味でも君はユズと外をつなぐきっかけになれるはずだから」

 手を動かしながらも口も動かす京司さん。テキパキと作業をこなす姿はさすがに一流企業の御曹司って感じがする。

「期待に添えるかどうかわからないですが頑張ってみますね」

「そうだね、少ししか期待しないことにするよ」

 彼は笑いながら答えた。妹は苦手なタイプだったが、その兄とは仲良くやっていけるかもしれないと思うと少しは気が楽になった。

 その日は部屋を片付けたり、屋敷の説明を受けてるだけで一日が終わった。



「あの〜。朝ですよ。起きてください」

 ダブルベッドの広さとフカフカな布団、低反発の寝心地の良い枕が俺の眠りの世界から手放さない。

「まだ早いって」

 無意識のうちに布団を握りしめ頭まで隠れる。無理矢理布団を引っ張ろうとしているんだろう、布団を引かれてる感覚はあるが腕力で俺に適わないらしい。

「おねがいしますよ」

 何だか泣きそうな声だった。ふと自分のおかれた状況を思い出し掴んでいた布団を離した。

「キャン!!」

 なんだか子犬が驚いたような悲鳴をあげて夕月が俺の布団を握ったままひっくり返った。初日から寝坊をしてしまったと思いつつすました顔で「おはようございます」と挨拶する。

「理央さん、おはようございます」

 立ち上がった夕月は一応は俺の方を向いているが目は見てくれていない。

「理央でいいですよ。もしかして、みんなもう起きてます?」

「父と兄はもう出かけてます」

 そう言われて枕元に置いてある携帯を手に持った。ディスプレーには「8:00」と表示されている。夕月を改めて見るとすでに学校の制服に着替えていた。

「すぐに着替えますので居間で待っててください」

 俺は夕月を部屋から追い出して、速攻に着替えた。会社勤めという訳ではないのでスーツにネクタイではなく普通の私服にだ。

「えーと、学校に行くのに送っていった方がいいのかな?」

 すでに学校に行く準備ができてる夕月に声をかける。

「いえ、別に一人で行けますから」

 そか・・・・・

「朝食はテーブルの上に用意してあるのでどうぞ。もう少ししたら篠塚さんが来ますのでそれまでテレビでも見て休んでいてください」

 ん〜、これって俺たちの立場が逆な気がする。ちなみに篠塚さんというのは家政婦のおばちゃんの名前だ。

「ああ、ありがとう」

 夕月はそれだけを言い残すと荷物を持って玄関に向かった。学校に行くのだろう、俺は玄関で靴を履いてる夕月に声をかける。

「夕月さん」

「なに?」

 初日から失態を見せた俺には懐いては居ないことは解るが、こちらが解るほどに不機嫌な声で返事をしてくれる。それでも俺はなるべく丁寧な声で次につづる言葉を口にした。

「いってらっしゃい、気をつけてね」

 夕月は少し迷ったがこっちを向いて答えてくれる。

「いってきます」

 夕月が出て行って一人になった居間で食事を取りながら弟も今頃学校に行ってるんだろうなと考えた。うちはここほど裕福ではなかったので親が大学に行かせることが出来るのは一人だった。不幸にも俺も弟も公立の大学に行けるほどの学力を持っていた、でも弟のほうが優秀だと俺は気づいていた。だから、俺は高校を卒業して就職を決めた。

 でも、学生になることを諦めきれなかったから学費を自分で稼いで大学に行こうと決めている。大学に行ってなにを学ぶかは決めていないが、まだ遊んでいたい年頃。今から2年間働いて、2年分を取り返すほど遊ぼうと決めている。そのために水鏡家のいや、夕月に仕えることにしたのだから。


「お嬢様はお花が好きで優しい方なんですよ」

 リビングに座り家政婦の篠塚さんと世間話をしていた。俺が知りたいことは夕月のことだ。

「奥様がいらっしゃった時はお嬢様は活発でしたけど、病気で亡くなられてからというモノ引きこもりがちになられ誰かとお話しすることも少なくなったんですよ」

「そうだったんですか」

「ええ、だからリオさんがお嬢様の心を開いていただけるとどんなに良いことか」

「努力してみます」

 そう言う話を聞くと夕月に同情してしまう。うちは両親とも健在だから夕月の気持ちはわからないが幼いときに親が死ぬってことは辛いことだろうと検討はつく。

「さて、わたしはお夕食の支度をして帰りますね」

 篠塚さんはそう言うと台所に籠もって料理を始めた。なにか手伝えることはありますか?と訪ねるが何もないと言われると困ってしまう。夕月が帰ってくるのは15時ぐらい、まだ1時間ほど余裕がある。

 篠塚さんが仕事を終えて帰ると入れ替わるように夕月が帰ってきた。

「おかえりなさいませ」

 玄関まで行って夕月を出迎える。さすがに三つ指をついたりはしないが。

「ただいま」

 夕月はそれだけ言うと部屋に閉じこもってしまった。出会ってまだ1日目なので何を離したら良いか解らずに京司さんが帰ってくるまでお互いに自室に籠もったままだった。



 こんな日が何日も続いた。俺と夕月は友達になるどころか余計にぎくしゃくしていった。彼女が俺に心を開かないのは解る、だけど、それと比例するように俺も彼女を苦手だと思い、そして嫌いになっていった。

 中学生と友達になるのは無理があったんだとずっと考えていた。


2人の出会いを書いてみました。これからどうなっていくか見守ってもらえたら幸いです

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