冬の夜
雪が降ってきた、俺は手のひらを雪を受け止める。冷たい感覚を残し水となって消えていった。
「静かだなぁ」
真央や水鏡の人たちも今は居ない。それが少し寂しい気がする。
「がんばるか!」
決心をした俺は自分が宿泊するホテルに戻った。
「あなたは私の前から居なくなるつもりだったんですか・・・・・・・」
そこまで大げさな事じゃないさ。ただ、遠くに行きたかっただけだよ。4年ほど・・・
吉報を持ってきたのは真央だった。吉報とは俺の合格通知、だけど誰にも教えていなかった、俺が遠くの大学を受けたことは。
「わざわざ、ここまで来ることもないだろ?」
水鏡家のリビングに社長、京司さん、夕月そして真央が座っていた。俺にとっては吉報でも他のメンバーにとっては寝耳に水だったらしい。
「だって、この大学ってどこにあるかわかってるの?」
「そりゃ、学校名を見れば誰だってわかるだろ?」
俺が受けた大学はかなり遠方にある所だった、ここから通うことはもちろん出来ない。片道3時間をかけて通学する生徒はいないだろう。
「芦屋くんは誰にも言わずに受験をしたのかい?」
兄弟の言い争いを制したのは社長だった。京司さんと夕月はただ見守っているだけ、俺の受験がこんな大事になるとは予想外だった。
「えぇ、まぁ」
曖昧な返事しかできない。だけど、俺がなにをしようが俺の勝手じゃないか。
「理央はこの大学にいきたいのか?」
「まぁ、行きたいとは思っているんですが」
「兄貴はそんな大事なことを誰にも言ってないの?」
なんか、俺が悪いことをしたみたいじゃないか。
「別に騒ぎ立てることもないだろ、もちろんいつかは大学には行くつもりだしそこを受験したのは通いたいからだよ。だけど、なにも来年に行くとは言っていないだろ。わざわざここに持ってこなくてもメールや電話で言えば済む話だったじゃないか?」
「だけど・・・」
それでも食い下がろうとする弟。おまえには本心を話しても良いと思ってるが、それはここで話すべきじゃない。
「まぁ、その話はこれで終わりでいいじゃないですか?」
空気を変えるためにおどけて言ってみせ、紅茶を一気に飲み干した。
「真央、続きは今度家に帰ったときだ。駅まで送ってやるから今日は帰れ、うちの事情を俺の職場に持ち込むな」
そう言って俺は立ち上がって、真央に上着を渡した。それでも何かを言いたそうな真央を急かして玄関に連れて行く。
「送っていくぞ」
京司さんがそう言ってくれるが真央と話すことがある。
「いえ、たまには弟と話しながら歩きます」
支度を終えた真央が丁寧に挨拶をして屋敷を後にした。
「来年かな、もう一度受験して合格するつもりだ。今年はその練習」
「なら、再来年に兄貴はあの大学にいくの?」
「ああ、さすがに来年行っても生活ができないしな。親に負担はかけたくないし」
学費を払って、生活費などを考えるとバイトだけはまだきつかった。免許をとったり遊びに行ったりしていたのは災いしたのだろう。無理をすればやれないことはなかったが、4年間バイト付けの生活をするよりはもう一年働いてから余裕のある生活をしていきたい。
「その話は夕月ちゃんにはしたの?」
「いや、してない。彼女は関係ないさ。来年、高校にあがったらきっと俺の役目は終わりだよ」
「でも、夕月ちゃん。寂しがると思うよ」
「大丈夫だ、きっと新しい友達も出来て楽しくやっていくさ」
「いや、そんなことじゃなくてさ」
真央が何を言いたいのかはわかっていた。夕月は俺に懐いている、もちろんいろんな意味でだ。だけど、それは夕月の環境が特殊だからだと思っている。きっと、これから友達ができたら同年代の男の子にも興味を持つだろう、それに俺はロリコンじゃないし。
「それに、今年のうちにあそこに合格出来たんだ。来年はもっと勉強したらもう少し上の大学に通えるかもしれないじゃん。おまえだって勉強しないと俺に抜かれるぞ」
「別に僕は兄貴と競ってるつもりないし」
そうだよな、おまえと俺は競い合ったり争ったりしないんだよね。兄弟って身近なライバルって言うけど俺たちはライバルにもなれないほど仲が良すぎていた。
「来週帰ったら親父たちに話すから合格通知は黙ってろよ。それにホントのことを言うと誰も知らない場所で自分自身の力で生きてみたいんだよ。それが無謀だとしてもさ」
「それなら今だって自分の力で生きてるじゃん?」
「そうだけどさ、でも今までのことを忘れてみたくなることだってあるだろ?結局は家族に支えられて、そして水鏡家で良くしてもらって生きてきてるんだ」
「そんなこと言ったら、誰だって1人で生きてるわけじゃないよ」
「まぁ、もう決めたんだ。来年は無理でもその次で行ってみせるさ。真央、応援してくれよ」
「わかった、兄貴が決めたなら何も言わないよ。だけど、夕月ちゃんに寂しい思いはさせないであげてね」
「ずいぶん、夕月が気になるんだな?惚れたのか?」
「莫迦、妹が悲しむ姿を見たくない兄心だよ」
その言葉を夕月が聞いたら喜ぶと思うぜ、夕月だっておまえのことを兄のように慕って居るんだから。
「さて、気をつけて帰れよ」
改札で弟を見送るとコンビニでタバコとマッチを買った。今は久々にタバコを吸いたい気分だった。
マッチで吸うタバコは特別だと思う。何も知らない人はライターでつけてもマッチでつけても一緒だろうと言うけどマッチを擦ったときのリンの焦げた臭いを俺は好きだった。
「知ってる?未成年ってタバコ吸っちゃダメなんだよ」
「中学生も喫煙所に来ちゃダメだって知ってた?」
タバコを吸ってると夕月が俺の隣に来ていた。
「リオくんは遠くに行っちゃうの?」
「さっきの話か?言っただろ、来年大学に行くつもりはないって」
「でも、その次の年で行っちゃうんでしょ?」
「そんなのわからないさ。来年、合格するとは限らないだろ」
もう一本火をつける。夕月に一本勧めるが彼女はいらないって答えた。まぁ、吸うって言われても困るけどね。
「リオくんが居なくなると私はひとりぼっちになっちゃうよ」
「大丈夫だ。ゆづきに友達が出来なかったらそのときは俺がずっと一緒にいてやるから」
「友達が出来てもどこかに行かないでよ」
「俺を困らせるなよ。休みとかには帰ってくるんだし、別に消えていなくなるわけじゃないんだから」
「それでもイヤ」
「わがままを言うなって」
こんなところで言い争いを続けるのもイヤだったので、夕月をつれて外に出た。物語ならここでなんだかの言い争いや和解などがあるかもしれない、だけど俺たちの現実は中途半端なままで終わることになる。お互いにそれ以上は何も言わずに家に帰った、社長や京司さんも何か言いたいことがあったんだろうが特に何も言ったりはしなかった。
結局は人生や進路を決めるのは自分自身。だけど、社長や京司さんは俺に選択肢を用意をしてくれた。それはまた別の話。